インタビュー
2023年9月15日 17時00分
HJノベルス『異世界のんびり開拓記 -平凡サラリーマン、万能自在のビルド&クラフトスキルで、気ままなスローライフ開拓始めます!-』(HJ小説大賞2020後期受賞作品)シリーズの作者、タライ和治さんにお話を伺いました。
――小説を書こうと思ったきっかけは?
もともと文字や文章を書くことは好きで、以前に仕事としてフリーライターをやっていました。ただ自分の思い描いているものを形にできる機会も少なく、しばらく経ってフリーライターも辞めてしまいました。距離を取ってしばらくしたときに、いい機会だから新しい趣味として小説を書いてみようかな、と思ったことがきっかけですね。最初はどこに出すわけでもなく短編とかを書いていましたが、折角書くならしっかりしたものを書こうと小説投稿サイトを利用して長編を書くようになりました。
――いつ頃から小説を書かれていますか?
小説は3,4年前ですね。先ほど話したライターをやっていたのは10年以上前になります。小説を書き始めるタイミングは丁度仕事を辞めていた時期で、自宅でじっとしているのも暇だなと思っていました(笑) その時に何か表現をアウトプットしたほうが自分のためにもなるかなと思って執筆を始めました。
――『異世界のんびり開拓記』(以降イセタク)の受賞はHJ大賞2020後期でしたね。 書き始めてすぐの受賞でしたか?
執筆を始めて1年~1年半くらいでの受賞でした。他のコンテストにも出していたのですが、その時はまだ『イセタク』も執筆途中でして、ちょうど一段落するところまで書き切れたタイミングでHJ大賞に応募できました。他の作品も書いていたのですが、見事にエタってしまったので、そういう意味では、ちゃんと人に読んでもらえる作品として、初めてきちんとまとまったのが『イセタク』ということになりますね。
――作品を執筆する上でテーマやコンセプトなどどのように作っていますか?
まず自分が書きたいもの、読みたいものを考えます。そこが決まったら次に作品の軸になる部分を考え、頭の中で勝手に妄想を膨らませる感じです。そうすると頭の中で次々と物語が展開されていくので、それを文字に起こしていくイメージです。
――書きたいものと読みたいものはどちらの方が比率としては多いですか?
結構インプットから影響を受けるタイプなので、書きたいと読みたいが両立していると思います。例えば戦記物を読んでいれば戦記物を書きたくなるといった感じで、いまハマっているテーマやジャンルを書きたくなるのかもしれません。その中で形になりそうなものがあれば、頭の中で膨らませていき作品に落とし込んでいきます。『イセタク』を執筆していたころは『マインクラフト』ばかりやっていたので、その影響は大ですね(笑)
――執筆をするうえで心がけていることはありますか?
昔の経験がそうさせるのかもしれませんが、誰が読んでもわかりやすい、理解してもらいやすいように心がけて執筆しています。情景をイメージしやすい・させやすい文面になるようにしているつもりです。少し話が逸れてしまいますが、私の心の中の師匠が伊集院光さんなんですよ。
――『伊集院光の深夜の馬鹿力』(TBSラジオ)ですか?
馬鹿力です(笑) 昔からラジオリスナーで、伊集院さんがお話の中で、一見さんが聞いても話を理解しやすいように話しているということを仰っていました。それはきっと文章を読むうえでも重要だなと考えていて、心の中で根付いていると思います。そのため、文字を起こす上で知らず知らずのうちに自分では気を付けているんじゃないかなと。意識は伊集院さんに学び、ライターの頃の実践値がそれをより上達させてくれたのかもしれません。
またWeb小説の話になりますが、今連載している作品も通勤・通学の合間にも読みやすいように1話あたり5分以内で読める文字量に収めています。最近はいろんなところでWeb小説を読んでいる人を見ることが増えた気がしています。特に年齢関係なくスマートフォンで読んでいますので、少ない時間でも読みやすい量を意識しています。
――少ない文字数に収める、またその文字量で次のエピソードも読みたくなる繋ぎ方を考えるととても難しいように感じます。
そこは訓練が必要かもしれませんね。ライターの仕事は何千字にまとめろというミッションが常に課されるので、叩き込まれました。また、この期日までに仕上げてくださいや、この期日までにこういった方向性にしてくれというようなオーダーもあり、組み立て方で方向性の設定や文字量の調整が出来るということも学びました。自分なりではありますが、アクセントと言いますか、文章にトッピングを加えるようなところは鍛えられていた気がします。
――コンテストに応募するにあたり気を付けていたことはありますか?
文章が長くなるので、冗長にならないように気を付けていました。言葉の取捨といいますか、必ずつけなければいけない言葉はもちろんつけるんですが、ここはいらないなって感じたら完全に外したりしましたね。別のシーンではちょっと遊んで、盛っても良いのかなといったところの判断をしつつ、テンポの良さが一番で間延びしないように気を付けています。あとはどうやったら楽しんでもらえるかという部分は意識の中に一番強く置いていたので、こういう風に書いたら楽しんでくれる人はいるだろうという風に意識していました。
――自分がどう書きたいかではなく、どう楽しんでもらえるかという点に重きをおいていたんですね。
短編だと書きたいことだけを書いて終わりということも多いんですけれど、長編になると読んでくれる人を考えなければいけなくなるので、書くにあたっては読者さんのことを第一に考えて書いていましたね。
――書籍化して変わったことはありますか?
あんまりないですね、周りはすごい褒めてくれました(笑) 執筆に取り組むスタンスとしては変わりありません。どうしたら楽しんでもらえるかなという根本は変わっていないので、ますます精進しなければいけないなと思っています。あとは折角ご縁が合って拾っていただいたので、皆さまに感謝してなるべく商業的な成功をみんなで収めたいなと思います(笑)
――小説投稿サイトを選ぶ基準はありますか?
今はノベルアップ+を含めた3サイトで投稿しています。そのうち一番大きいサイトは引き上げても良いのかなと考えています。そのサイトはちょっとユーザー層が自作とあっていないのかなと感じています。サイトによって流れやムーブメントがあると思っていて、その大手サイトは女性読者が増えてきている気がするのでその点で自作とは合わないのかなと。広く知ってもらえるという点では引き続き3サイト使っても良いのかもしれませんけどね。
――その3サイトを選んだ理由はありますか?
大手2つのサイトは、読んでもらえる機会が多いかな、と考えて選んでみました。読んでもらえる可能性があるという点でメリットはありますが、とはいえ、ただ読んでもらえるというだけでは寂しいので、それだけだとモチベーションが上がりにくい部分もあります。僕個人もそうですし人から聞いても共通しているのですが、やっぱり感想というのがモチベーションになっていると思います。その点においてノベルアップ+での感想を送るハードルは低く、Web小説の投稿を始めたいと相談を受けるとおすすめしています。作家・読者・運営の距離感がとても良いバランスだと思いますね。また、もう一つのサイトは男性向けの作品が主流になってきているように感じるので、サイトごとの特色でどこが向いているかが分かれるのかなと思います。
――大手サイトは読んでもらえる機会が多いという点がメリットとお話がありましたが、ノベルアップ+でも連載しているという点はタライさんにとって読んでもらう機会よりも感想・応援の方がモチベーションに繋がるということですか?
そうですね、あくまで元ライターとしての自負心という意味でですが、自分のなかでは読んでもらえて当然のものをお出ししているつもりなので、あとはどんなリアクションが返ってくるかというところにかかってきているのかなという感じです。
――読んでもらえて当然というのは、テクニック的なものでしょうか?
いえ、『イセタク』については、これで読まれなかったら、もう自分は才能・文才が無いくらいのスタンスでいました。テーマとしてとっつきやすく、作品としても世間一般の流行とか普遍的な好みからは外れていないだろうという分析を立てていたので、これで読まれなかったらもうないなと。本当に独りよがりな意見だとは思いますが、分析はある程度していたので、多少の勝算を立てていました。
――それは長編コンテストに参加するから立てたものでしょうか?
そうですね。パッケージとして売り出すことを考えて、自分の中ではある程度イメージが見えてから書いていたので、どこかのコンテストで引っかかってくれたらいいなと思って書いていました。
――先ほどお話し頂いた、書きたいもの・読みたいものの中から時代に合っているものを選ぶイメージですか?
自分の中で書きたいもの・読みたいものと言っても、書いたから読んでもらえるというわけでは無いので、自分の中でテーマなりを選択して候補を立てていく感じですね。やっぱり書籍化して商流に乗せるとなると面白いだけでは選ばれないこともあると考えているので、いま人気があるジャンルやテーマなどを意識すると違う結果に繋がることもあると思っています。もちろん自分が好きなものを書いて受賞する人もいますが、それは一握りの天才なんじゃないかなと感じます。もちろん良し悪しの話ではありませんので、そういった作戦を立てて書籍化まで行けた事例として受け取ってもらいたいなと思います。
――『イセタク』ができた経緯を教えてください。
先程『マインクラフト』の話をしましたが、異世界にクラフトゲームの概念を持ち込んだ作品って無いなと思ったことがきっかけです。『ディスカバリーチャンネル』という番組の中でエド・スタッフォードという冒険家がいるんですけれど、秘境生活をやっているんですよ。水も食料も火も服も持たず、どんな過酷な状況でも生き抜いていけるかという検証をする内容で、そういうものとクラフト要素を組み合わせると面白くなるんじゃないかと思いました。自分の中で異世界ものというとバトルがあったり洞窟探索があったり派手な演出がつきものだと思っているんですけれど、別にそういうものがなくて、みんなでのびのび開拓だけを楽しむ作品があっても良いのかなというのが根本にありました。そんな感じで主人公はモノづくりのスペシャリストではあるけれど戦闘センスはゼロにして、みんなで協力しながら開拓生活を行うスタンスの作品を書きたいなということで『イセタク』が生まれました。
――冒険やアクション、ダンジョン探索といったイベントを用意しなくても良いだろうという取捨選択だったんですね。
僕ももういい年なんで、読んでて疲れる小説がちょっと敷居が高く感じられるようになってきまして(笑)
もうあんまりハラハラしたくないんですよね。そうすると読んでて癒される作品を読みたくなるんですけれど、そう考えるとこういった気持ちを柱にすれば既存の作品とは一線を画せるなと思いました。また、逆にそういった要素が無いことが売りになるとも思っていて、特色として出していければいいなと思っていました。
――ジャンルは違いますが、『ゆるキャン△』(芳文社)などもそういったテーマ性を持っているように思います。
そうですね、そういったハラハラしない異世界日常的なものにしたかったイメージです。ただ書籍化すると主人公がちょっぴり優柔不断ではないか、というご意見もいただきまして、やっぱり主人公は完全無欠のほうが良かったのかなと思いました。主人公には不完全さを持たせたかったんですが、主体性がないというふうに思われてしまい難しいなと感じました。僕の周りの話を聞くと大人の男性からは、確かにそういう感想もあるんですよね。逆に小中学生のお子さんを持つご家庭の子供たちは喜んで読んでくれているというような感じらしいです。のびのび自由に冒険をさせられるよう、書籍版の後半はWeb版からテコ入れをしていて、リーダーシップを発揮するような展開も入れています。
――『イセタク』の5巻では移民の話などがあり、多様性の話を意識的に書かれている印象です。そういったテーマを選んだ理由はありますか?
今の時代の潮流的に、書かなければいけないかな、と考えていたところはあります。特にこの物語の主人公のタスクは、「皆が自由で、それぞれの個性をのびのびと発揮できる世界」を作ろうと心掛けているわけですから、そういったテーマを入れるのは、自然なことに感じられたんですよね。個人的な話ですが、僕には同性愛者の友人も結構いて、そういう個人的なバックグラウンドがあったこともあります。人によって環境や考えは違うでしょうが、少なくとも僕には「いろんな人がいて、いろんな価値観が許容される世界」こそが本当に自由で心地よい場所ではないのか? という思いがあるんです。だからこそ、お気楽な異世界ものであろうとも、そこは避けて通れないというか、ちゃんと書いておきたいテーマだったんですよ。ただそれでも、移民問題やジェンダーといったテーマは多様な意見があるため扱いが難しいので、エンターテインメントとしてのバランスについては、常に悩みながら書いていますね。
――そういったテーマを扱わずにはいられないというのはタライさんの独自性だと思っています。書籍化にあたり、そういった部分をどのように表現するかという点で編集者と意見交換をされていたと伺っています。
4巻まではわりとやんわり来ているんですが、9月19日に発売される第5巻ではそういったテーマもしっかり触れていて、差別といった内容も出てきます。Web版で触れていた点をあえて書籍版ではやらないのもどうかと思い、編集さんと一緒に考えて書きたい内容を書かせていただきました。ただもちろん『イセタク』を楽しく読んでもらうという点を一番に心がけていますので、偏見なく読んでもらえたらなと思います。
――真面目なテーマにも触れつつ楽しい展開が用意されているんですね。
そうですね!夏祭りがあったり、セクシーマンドラゴラを育てるといった楽しいイベントもあります(笑) そして一番の見どころは今まで受け身だった主人公のタスクくんの変化ですかね。彼がちゃんと自覚をもって、領主としてしっかり成長していく姿が垣間見れる一冊になっていますので、ぜひお手に取っていただきたいと思います。
――食べ物や動物ネタが多い『イセタク』ですが、タライさんもこの二つの要素はお好きなのでしょうか?
好きというか執着ですね。食べ物に関しては料理とかお菓子作りが趣味というか特技で、好きなものを表現するってやっぱり強いんですよね。例えば料理描写であればより細かく書くこともできるんですが、ただ細かすぎるのも違うなという気はしているので、あえてバランスを見てざっくりと書いています。あとは猫や鳥が出てくるんですが動物の中でもその二つは特に好きですね。『イセタク』でも真っ先に登場するのが主人公と猫人族のアイラというヒロインです。猫好きなところが作品にも影響していると思います。
――スローライフもの以外の作品にチャレンジするとしたら、どんな作品ですか?
次はオンラインものを書くと決めています。こういった場で話しておくと逃げられないので言い切っておきます(笑) 突如電子世界に現れたバグを退治するアンノウンハンターというような構想を練っています。もしくは流行りのダンジョン配信ものを書きます。僕が書き始めるころに流行が終わっていないと良いのですが…(笑)
――最後にノベプラで活動する作家さんと『イセタク』の読者さんにそれぞれ一言ずつお願いいたします。
そんな偉そうなことは言えませんが(笑) 作家の皆さんへは「自分の性癖を書こう!」ですね。自分の性癖は誰かの性癖なので臆せず書いて欲しいと思います。
また『イセタク』の読者さんへは、いつもお読みいただいて本当にありがとうございます。おかげさまで第5巻まで出すことができまして、これは皆さんのご支援あってのことだと思っています。Web版と違い書籍版はもっと濃縮した感じになっていますし、イシバシヨウスケ先生のイラストが入るとまた違った味わいになっていると思いますので、ぜひこの一風変わった異世界開拓ストーリーを、直接お手に取ってお楽しみいただければと思います。
HJノベルスから9月19日に『異世界のんびり開拓記 5 -平凡サラリーマン、万能自在のビルド&クラフトスキルで、気ままなスローライフ開拓始めます!-』が発売!
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