人捜し専門の探偵事務所「MSS」。渡辺由貴はそこの所長ではあるが、主な仕事は依頼人との直接交渉である。事務所の宣伝・依頼の選定・実際の人捜し・その他諸々の業務は、由貴の大学以来の親友・吉野拓己が一手に引き受けている。ことに人捜しは得意中の得意で、由貴が資料を渡せば瞬く間に見つけ出してしまう。しかし、そんな吉野は所員ではなく、依頼人の前にも決して現れることはない。 「MSS」を開いてから四年目のある日、失踪した自分の恋人を捜してほしいという依頼人が事務所を訪れる。彼女はその男と結婚の約束までしていたが、一月ほど前、突然姿を消してしまった。携帯番号は使えなくなっていて、住んでいたアパートももぬけの殻となっていた。さらに、男は定職を持たないフリーターで、依頼人にかなりの金額を借りており、依頼人に教えた実家の住所はまるででたらめだったという。 それだけで、薄々予想はついていた由貴だが、吉野に調べてもらえば案の定、男は別の市で依頼人とは別の女と付き合っていた。結婚をエサに依頼人から金を吸い上げつづけていたこの男は、これ以上はごまかしきれないと悟るや、夜逃げのように去っていったのだ。 後日、由貴は憂鬱な気分で依頼人に調査結果を伝えるが、案に反して、依頼人は騙されていたことがわかってすっきりしたと晴れやかに笑う。感謝の言葉さえ述べて帰っていくが、依頼人を騙していた男が許せない由貴はどうしても納得がいかない。 そんな由貴を見透かしたように、吉野はタブレット型端末の中から甘く囁く。 ――言えよ。俺にどうしてもらいたい? 大学時代から、由貴の望みなら何でも叶えたがる吉野。だが、その吉野はこの世に存在するはずのない吉野でもあった。 ※「バディ」での参加作品です。 ※表紙のロゴは遠野まさみ様(@masami_h1115)に作成していただきました。ありがとうございました。
読了目安時間:1時間9分
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