私は食事の途中だった。 ワイン瓶片手に螺旋階段を上る、室内を目にした途端、視界が一気に開き覚醒する高揚感、耳鳴りも不自然に自然に脳から耳へ伝わる事が無くなり、足取りも軽い。飾り気の無い木製のテーブルに、下の倉庫のワインセラーから持ち出した赤を置く。 切り込みに刃先を滑らせ、親指の腹で挟み、捻りながらキャップシールを切り離す。ナイフの腹に付いているコルクスクリューを引き起こし、上から刺してコルクに円を描きながら押し込む。 ナイフの柄にあるフックをボトルの口に引っ掛け、テコの原理で持ち手を上に引き上げる、七分程出たコルクを手で回しながら抜き取り、そのままボトルを口につけた。 アントシアニン、レスベラトロール、タンニン、カテキン、アルコール。 それらが口を伝って喉を熱くさせる、そのまま胃へと向かい、体内へ、それらはやがて分解、消化される事だろう。 椅子に座ると、皿にある焦げ目の多い細切れの肉を箸で取り、頬張る。 私は目の前にあるステンレス製のグラスを手に取ると、横に倒してテーブル上で転がしながら中を覗き込こんだ。グラスに映りこむ曲線を描き歪む、ぼやけた私の顔、辺りの景色と一体となって身震いする。 先日購入したグラス、じっと曲線を楽しむ、この質素なフォルムがたまらない。 「……!」 思わず情けない声が出る。 いや、正確には声は出してはいない、ぐにゃりと曲がる。 そのグラスの曲線が、景色が、渦を巻いて私へと向かって来る、辺りが私の口内へと吸い込まれていく。古ぼけた淡い青のキャビネットも、木製のテーブルも、ガラス窓の付いたアルミ製の扉も、薄茶色に変色した壁紙も天井も、コルク、箸、皿、ナイフ、何もかもが質感を無くし、曲がり、うねる、それが一つの渦となって全てが入り込んでくる。 やがて色は消え、音も消え、真っ白な世界が広がった。 背もたれを無くした体は、後ろに倒れ、地面があれば腰から着地するはずだったが、その間もなく意識が遠のいていく。
読了目安時間:2時間8分
この作品を読む