「あの公女さまは魔法が使えないらしい」 「|清浄《アクアキュア》も、|清風《アトモスフェア》も使えないんでしょ?」 「そんな下級の家庭魔法も使えないなんて、本当に貴族なの?」 今日もそんな声が聴こえる。 宮廷侍女の面々は貴族としての矜持も高くてお仕事をする分には完璧にこなすけれども、こういうところはちょっとね。 そんなふうにも思いながら今日も今日とて雑巾を持ってあちらこちらを掃除してまわっている彼女はこの国エリアルシュタイン公国の大公の息女。 魔力の多寡が貴族の地位をも裏付ける、そんな魔力至上主義のこの国で、残念ながら貴族失格とも言われるレベル、魔力ゼロで産まれてきたエリカティーナは、それでも一応は大公の娘として本来なら敬われる立場だった筈なのに。 そんな敬意はもう周囲の誰にも、どこにも残ってはいなかった。 エリカティーナは公女としてここ聖女宮の祭主を務めていた。 といっても。 実際の祭祀では祝詞を唱えるのも儀式を執り行うのも神に祈るのもみんな本職の神職の方がやられるから、エリカティーナとしては御簾の後ろでしゃんと座っているだけではある。 まあいわゆる「お飾り」、だ。 それでも。 最初のうちはまだ良かった。 七つの時に大公に指名され祭主の職に就いた時には、「あなた様はそこにいらっしゃるだけで良いのです」とか、「いてくださるだけで聖女宮の格が上がります」とか、下にも置かないもてなしぶりで扱われ。 まあそれもそれで彼女にとっては肩身の狭いものではあったのだけれど。 だからか。 ——魔力が無くたって何か役に立てることがあるはず! そう考えせめてと下働きのものに混じってそこいらの掃除をするようになったのは。 でも、それが逆に悪い方に働いてしまった。 「公女様が魔法を使えないって、本当だったみたい」 「お掃除なんて簡単な生活魔法でできるでしょ?」 「貴族なのに、手を汚して掃除をするなんておかしいわ」 そんなふうな陰口が聴こえてきて。 ——そっか。貴族は手を使ってお掃除しないのか。 そうエリカティーナが認識した頃にはもう遅かった。 瞬く間に広まった、 『失格公女』『お飾り公女』 の噂。 それでもまだ、ここ聖女宮で働いている今はまだマシだ。 子供の頃、まだ王宮で過ごしていたころに比べたら。
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