「ひょえ〜〜〜!」 卵から何かが飛び出し、らしくない声が口から漏れる。ボウルの中には黄身と白身。いたって日常。 老眼はまだでしょ。それともあの蚊が飛ぶ目の病気? いや、気のせい気のせい。 二つ目の卵を割る。瞬間、何かが宙を泳いだ。それは薄れる前にチラッとこちらを見た。ような気がする。 アイツが起きないから、オムレツ作ろうって休みの朝。目玉焼きを教えたら、アタシより上手でカワイくない。三つ目割ったら、ヒュルル〜。微かな音を立てて床に落ち、ポヨン、と弾んでその何かは……消えた。 二人前のオムレツに卵は三つ。けど、アタシは気が気じゃない。六個入りの卵パック。すべてこうなら、スーパーヤフハチに文句を言ってやる。アタシは卵をピンポン玉のごとくつかんだ。 四つ目、澱んだものが床に流れていった。 五つ目、それはヨロヨロとボウルのそばに落ちた。 最後の一個を手にする。もうとまらない金メダリストの妙技。その時、頭の中に声が響いた。 ……ワラナイデ ハア! 頭の中で凄む。卵をどうしようとアタシの勝手ダァ。 ……オネガイ 振り上げた手を止め、指でコワゴワとつかんだ。 マジ? 通信? の末わかったことは、どうやらそいつには産まれるまで卵が必要らしい。 メンドくさ。犬猫はおろか、子どもだって持ちたくない。それがカレシとこじれる原因の一つで、今いる奴とはそんな突っ込んだ話はしていない。 このまま冷蔵庫に入れっぱなしにして忘れよう。 だけど、とアタシは思った。アイツがもし目玉焼きを作ろうとしたら? 寝ぐせのままのアイツは皿いっぱいのオムレツを無邪気に食べた。卵は全部使った。 目玉焼き焼いてあげたのに〜と言われ、アタシはアリエナイ右目でアイツを見る。何かが透けて見えた。 いいヤツじゃん、コイツ。 アタシの右目にはユーレイのアカンボが住んでいる。もしかしたら世界がちょっと変わったかもしれない。
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