『こたつ、温まっています』 大都会。そそり立つ超高層ビルの森とアスファルトの大地で覆われた世界から、一歩奥へ踏み込んだ路地の裏。 人々の雑踏や喧騒から切り離されたその場所に、そんな珍妙な看板を掲げる喫茶店があった。 「あら。いらっしゃいませ。ここに人間が来るのはずいぶん久しぶりね。どうぞ、ごゆっくりなさって?」 くすくす。と、楽しげに微笑む妙齢の店主がそう言えば、人形のように整った見目の少女が瞬き一つせず席に案内してくれる。 案内されるまま、洒落たカウンター席に腰を下ろし、ぐるり。と、店内を見回せば。窓際の日向席でまどろむ有田焼の狸が髭を揺らし、奥の席からは、きゃっきゃとはしゃぐ子ども達の声だけが聞こえてきた。 不思議な場所には間違いない。だが、どういう訳か、不気味ではなく心地よい。 落ち着いた雰囲気の調度品のせいだろうか。それとも、穏やかに歌う古いレコードのせいだろうか。 その訳を、揺れる髪からコーヒー豆の香りを漂わせる店主に聞いてみる。そうすると、店主は人差し指を口に当て、悪戯っぽく微笑んだ。 「実は……。ここは、幻獣たちが集まる喫茶店なんですよ?」 どうぞ、ゆっくりなさってください。ここでの時間は、あなた達の時計よりもゆっくりと過ぎていくのですから。
読了目安時間:2時間10分
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