芽吹く春。初雪の積もった湿原から顔を出す溝蕎麦《みぞそば》のように薄い濃淡で描かれていて、触れたら手に吸い付くような肌。長い睫毛《まつげ》と、桃花色をさらに薄くしたような唇が、肺の奥底を締め付けた。 一斉を風靡したアイドル花神楽美月(ハナカグラミツキ)が同じクラスに転校してきた。彼女はスキャンダルによって、無期限の謹慎中。こともあろうか、彼女と同じ敷地で過ごすことになってしまった倉美月春夜(クラミツキシュンヤ)は、元ダンサー。絶大な人気を誇っていたのに、ある病気により世間から姿を消すことに。互いに惹かれ合う二人は、もう戻ることなんてできない。 訪れた刹那の出会いに、霹靂のごとく脳裏に焼き付く美月を忘れることができなかった。銀杏舞い散る深い蒼天の色に、染まる心は覆い尽くされ、割れてしまいそうな薄い初氷の恋心に春夜は嘆息する。 春夜とミツキは絡み合う互いの心を解くことができないほど、互いを求め合う。しかし、そんな折に、春夜に再び病魔が襲いかかる。彼に寄り添うと決めたミツキは、今取るべき最善の行動を考える。そうして、巡る季節に春夜を支え、愛し、再び春が訪れることを願った。 冬になれば、旅立たなくてはならない春夜に、ミツキは祈った。必ず帰ってきてほしい、と。己のスキャンダルのために命を張った行動をする春夜を、今度は自分が守りたい。ミツキの願いはやがて……。 巡る季節で春夜とミツキに注がれる悲しみ。生と死。出会いと別れ。桜散る春の息吹とともに降り積もる雪。心に積もる三月の雪は、悲しみを拭えるのか。