心の内をのぞいてみせる、奇妙な男に私は出会った。 かつて別れた恋人が亡くなった、その知らせを受けて訪れた、恋人の故郷の島で。 シルクハットをかぶった、奇妙な男は言い当てた、私が島を訪れた理由を。 「見つかるとよろしいですな。『空白を埋める言葉』」 私は空白を抱えていた、かつての恋人が死んだと聞いても、何の感情も湧かなかった。空白だけが居座る胸の内を埋める何か、『空白を埋める言葉』を探して、恋人の故郷へと来たのだった。 そして奇妙な男は、その旅に同行を申し出る。ハザマダ ブンガクと名乗るその男は。 「お探しのもの見つかるように、このブンガクがお供します。お嫌なら、ま、結構ですが。ただしゆめゆめ忘れぬように、人は誰しも一人とて、文学からは逃れ得ぬこと。それはまるで自身の影から、いやいやまさに自身から、決して逃れ得ぬように。えぇ、決して」 ブンガクはひざまずくように、うやうやしく礼をしながらそう言った。シルクハットを取りもせずに。 喪失と空白と、小さな島と。心と言葉をめぐる、小さな旅が始まる。
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