結婚3年の記念日。僕の仕事が終わり次第、専業主婦である由希子と記念日ディナーに出かける予定だった。 なのに化粧に手間取ってすぐには出られない、5分待ってくれと言う。 周りにいいように使われる僕の人生はくだらない。 「あと5分だけ待って」「一生のお願い」が口癖の、時間にルーズな妻。「残業代つかないけど、あと5分やっていってよ」と搾取する会社。 僕が自由に使うはずだった時間、僕が生きるはずだった時間を、集めて捨ててある<ロスタイムの埋め立て地>がどこかにあるはずだ。 そう考えた僕が赴いたのは、とある山際の土地。霧が晴れ始めたとき、前方の地面に信じられない物が現れた。 それは、緻密に組み立てられたプラモデル。妻や会社に自由な時間を搾取されてこなかった理想的な“僕”が、余暇を使って作り上げたのだ。 それは、取得を夢みていた総合無線通信士の免状。自分の時間を有効に使い切った場合の“僕”が合格してのけたというのか。 それは、手垢にまみれた20キログラムのダンベル。使いこなせるようになるまで、どれほどの時間を“僕”は費やしたのだろう。 僕の生きなかった時間を生きた“僕”が、輝いていることを示す代物ばかりだった。 同時に思い知らされる。この充実した“僕”は、僕であって僕ではない。どの物体も決して今の僕にその身を触らせようとはしなかった。 うなだれた僕の前に、一枚の紙切れが舞い降りてきた。今度は、“僕”のどんな栄光の跡を垣間見せるというのか。 おそるおそる覗き込んだ僕は、文字列の一行目に度肝を抜かれた。
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