絶海の孤島を領土とする人口三万人あまりの小国家「神聖ロセウォヴァ王国」。 島を取り囲む複雑で危険な海流にさえぎられて、建国以来 他国との交流がほとんどないまま 古式ゆかしい神儀に頼りながら、独自の発展を遂げてきた。 世界の果ての人外境ともいえる国である。 かつては共和制の民主国家で、聖職者からなる「枢貴院(すうきいん)」の上級神官と 農工商それぞれの「会議所(ギルド)」の長が共に評議会に参集して国をよく統治していた。 しかし、およそ百年ほど前から、人間の女性の子宮のみに寄生する不治の死病「プロクネ熱」が猛威をふるいはじめると、 またたく間に広がり、地上の女性のほとんどが死滅した。 他国との交流がなかったこの国にも、渡り鳥の飛来によって忌まわしい伝染病のウイルスが撒き散らされ、 国中の女性が次々に感染し、死んでいった。 女性の死滅は、子孫の絶滅…すなわち国家の滅亡につながる。 民衆はパニックになり、各地で暴動が勃発した。 暴徒と化した男たちは殺し合い、死病の感染をまぬがれた女性たちを奪い合い凌辱した。 枢貴院は、ただちに国中の女性を「神殿」に集めて保護し、おかかえの騎士団が容赦なく暴徒どもを粛清した。 この粛清はギルドとの協議のないまま上級神官らの独断で執行されたために、 のちに「暗黒の時代」と呼ばれたこの時期、枢貴院とギルドの関係には決定的な亀裂が生じた。 こうして、病禍にともなう暴動と政治的な混乱により共和国としての体裁を保てなくなったこの国は、 ついには島に生き残った唯一の女性となってしまった少女を「女王」と定め、 絶対君主制の「王国」に生まれ変わった。 かくして、戒律の厳格化による粛清統治により、王国は平穏を取り戻した。 神聖ロセウォヴァ王国では、女王が国の全権をすべからく掌握する。 アグリア女王は、もともと枢貴院に属する神殿の巫女であり、 満月の夜ごと神殿で行われる神がかりな儀式は、有史以前より、国政の行方を定める重要な指針だった。 この島国のただ1人の女性となってしまった「女王」は、 同時に、神聖不可侵の存在たる絶対無二の「巫女」でもあるがため、生殖行為は禁忌であり、 王家に子孫を残すことができないというジレンマをはらんでいる。
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