お金で買われてほどかれて~社長と事務員のじれ甘婚約~

読了目安時間:9分

3-3.あなただから捧げます

 雪生(ゆきな)は珍しくカクテルを飲んでいた。美土里(みどり)がスタッフに紹介したのは開放的なスペインバルということもあって、ワインにフルーツを漬けた酒、サングリアを頼んだのだ。店員から勧められたからでもある。いつも飲む酒より強めだが、確かに美味しい。  原たちも肉を中心にした料理を味わいながら、テーブル席ではしゃいでいた。日頃のストレスを発散するように。二階の席は貸し切りになっているため、余計かしましい。  明るいクラシックが流れる店内。雪生は原たちと少し離れて真殿(まどの)浅川(あさかわ)と共にもう一つの机を囲んでいた。本当は美土里も一緒に来店する予定だったが、野暮用があるとかで遅れて合流するようだ。 (……気まずい。どうしよう)  浅川と真殿は無言だった。横の席と比べて、まるでお通夜のような雰囲気だと思う。  真殿とはあまり話したことがないし、浅川とは昼間に美土里との姿を見られた気恥ずかしさから、声をかけづらかった。真殿は酒が強いのか、先程からワインを遠慮なく頼み続けている。一方の浅川はといえば、黙々と自家製のソーセージを食べていた。 「ま、真殿さんってお酒、強かったんですね」 「そうでもないで~す。でも、社長の奢りでしょ? 頼まないと損だなって思って」  勇気を出して話しかけてみると、あっけらかんとした返答をされて、思わず苦笑する。魚介のサラダをつまみつつ、ワインを減らす真殿は横に座る浅川をねめつけた。 「浅川さん、なんでお酒飲んでないんですか~? ノリ悪いなぁ、もうっ」 「……酔い潰れたスタッフを送るのが、オレの役割だからだ。それに酒は、飲めない」 「もしかして、下戸というやつなんでしょうか?」 「ああ」 「なんだ~、つまんな~い」  悪酔いしていると思しき真殿の言葉に、しかし浅川は動じない。大きな体をすぼめるように縮こまり、ソファの隅っこで食事を続けている。 「都さんもワイン、飲みましょうよ~」 「わ、私もお酒は苦手なので。これ一杯くらいで……」 「そう言わずにぃ。あっ、甘いカクテルならどうです? もう一杯くらいいけるでしょ」  確かにサングリアはもう、空だ。それを見てか、真殿が店員を呼びつけ勝手にカクテルを注文しはじめた。雪生に止める暇はなかった。  こっそり嘆息して、早く美土里が来ないか、ドアの方を見下ろす。カウンター席にも人は入っていて、なかなか繁盛している店のようだ。美土里の来訪を待ちながら、チェダーチーズを一口食べた。空きっ腹では酒が回るのが早くなることくらい、知っている。  クリスピーのピザに手を伸ばしたとき、店員がカクテルを持ってきてくれた。琥珀にも似た色をした酒を、一口飲んでみる。紅茶のような味がして、驚くほどに飲みやすい。 「これ、美味しいですね」 「でしょ~。ところで浅川さん、社長、いつ来るんですかぁ?」 「そろそろだと思うが」 「お待たせ、皆……ってもう盛り上がってるね、随分」  浅川が時計を確認したと同時に、美土里が二階に上がってきた。手には艶やかな紙袋がある。 「社長、遅いですよ。もうお先にいただいてます」 「ごめんごめん。皆に配るアロマの調合をしてたから」 「わぁ、アロマだぁ。社長のアロマって凄くいい香りですよねぇ~」  原や真殿が立ち上がり、美土里の元へと集う。美土里もにこやかな顔を作り、スタッフへとアロマの瓶を渡していた。真殿なんてあからさまで、アプローチをしかけるように美土里の体へボディタッチをしている始末だ。 (……いいもん。私のは特別だもん)  それを見て、どこかふわふわとした頭の中、思う。複雑な気持ちだ。その分、酒を飲む手が進む。ピザを食べ、カクテルを味わう。もう一杯だけのはずが、ヤケ酒というわけでもないが二杯目まで空にしてしまった。  酒のおかげか、少し気分が晴れる。皆の明るい笑い声に心が弾んだ。もう一杯、同じものを注文した直後、アロマを配り終えた美土里が自分の横に腰かけた。 「(みやこ)くん、大丈夫? 顔が真っ赤だけど」 「ふふ、心配性ですね、社長。私は酔ってませんよ?」  自然と笑みが浮かんで止まらない。美味しい料理にカクテル。雰囲気とあいまってか、とても気分がよかった。こちらを見ていた美土里が惚けた顔を作り、少しうつむく。 「その顔は反則だ。絶対酔ってるよ……」 「酔ってません。社長も何か、飲みますか?」 「いや、やめておく……運転するから……」  どうして美土里は顔をうつむかせているのだろう。理由がわからず、ちょっと拗ねた。スタッフがアロマの話で盛り上がっている中、こっそりシャツの袖を引っ張ってみる。 「どうしてうつむいてるんですか? 私、変な顔してます?」 「そんな笑顔は卑怯だよ……これでも我慢してるのに。もしかして試されてる? 僕は今、なんだ、試されているのか」 「変な社長。ね、変ですよね、浅川さん」 「……コメントを差し控えてもいいだろうか」  浅川は明後日の方を見るように、視線を逸らした。変なの、と呟いて、店員が持ってきてくれたカクテルをまた飲みはじめる。 「都くん、それ、ロングアイランドだよね。そんな強いのは控えた方がいいと思うけど」 「美味しいですよ。確かに少し強いですけど、私、酔ってないから平気です」 「……持ち帰っちゃうよ、それ以上飲むと」 「料理をですか? タッパー、貸してくれるんでしょうか、ここのお店」  美土里が額に手を当て、天井を見上げた。何かあるのかと思って雪生も見てみたが、何もない。美土里の大きなため息に、ただ目をまたたかせた。 「あーっ、真殿さんが潰れた! 浅川さん、出番!」  原の声がして、隣に視線を移せば、ソファに突っ伏している真殿が見えた。浅川が無言で立ち上がる。大丈夫か、と尋ねているようだが、真殿の呂律は回っていない。 「浅川、皆を送ってあげて。店に迷惑かけるわけにはいかないからね。今日はここら辺でお開きにしよう」 「残念、もっと飲みたかったんですけど」 「また今度、飲み会は開くよ。そのときに酒を控えながら楽しもう」 「なら、四人はオレが送っていく。原、それでいいか。お前の家は最後になるが」 「オッケー。気にしないで……雪生ちゃんは?」 「僕が送るよ。都くんには仕事の話があるからね。明日は店が休みだし、皆、ちゃんと明後日から出られるよう準備をしておいて」  仕事の話、と聞いて首を傾げた。マッサージのことだろうか。『グレイス』の件かもしれない。いぶかしむ自分をよそに、美土里が一階に降りていく。精算するためだろう。  スタッフもそれぞれ下に降りていき、雪生が最後に店を出た。少し冷たい風が、熱くなった体に心地よい。  皆で美土里へ礼を言い、別れる。原たちが真殿に肩を貸しつつ、浅川のバンに乗るのを見送った。 「僕たちも行こうか、雪生くん」 「お仕事の話、するんですよね?」 「いや、それは君を送る口実だから。それに渡したいものがあるし、とりあえず車に乗ってくれるかな」 「わかりました」  アルコールのせいか、緊張がすっかりほぐれている。美土里と二人きり、そのことも気にならず、むしろ楽しくて仕方ない。  助手席を開けてくれた美土里に頭を下げ、車に乗りこむ。運転席に座った美土里の横顔を、じっと見つめた。  美土里が手にしていた紙袋を開く。そこには長い箱が入っていた。 「雪生くん、これ、僕からのプレゼント」 「プレゼント? アロマ……じゃないんですね」 「開けてみて。気に入ってくれればいいけど」  青い箱を手渡され、ラッピングのリボンを丁寧にほどく。中には、大ぶりの丸いトップがついたペンダントが入っていた。シルバー製で、深緑の宝石がついたそれは見るからに高価だ。 「これ……」 「アロマペンダントなんだけどね。中にはまだ、何も入れてない。僕が言うまで開けないでいてほしいな」 「こ、こんな高そうなもの、いただくわけには」 「雪生くんに持っていてもらいたいんだ。だめかな?」  美土里からアロマ以外で何かをもらうのは、これがはじめてだ。でも、高級そうな贈り物を受け取ることに気が引ける。 「私、何もお返しできませんよ?」 「いつも頑張ってくれてるから、それで十分。それとも気に入らない?」 「そんなことないです。美土里さんの目と同じ色の宝石ですし……」 「じゃあ、受け取ってくれるかな」  微笑む美土里を見て、酒精のものとは違う火照りが全身を熱くさせた。心臓の鼓動も早くなる。ペンダントに視線を落とし、それからまた、美土里のことを見つめた。 「どうかした?」 「……あの、まだちゃんと言ってないなって思いまして」  目線が合う。そう、まだ自分の思いを伝えていない。深呼吸し、自然のまま微笑んだ。 「美土里さん。私、美土里さんのことが好きです」  素直に言葉が口をついて出た。美土里が、あ、と小さく声を漏らす。 「嘘じゃあ、ないよね?」 「はい。本当に好きです」 「いつから僕のこと、好きになってくれたんだい」 「それは、そ、その……最初は多分、はじめて会ったときから、です」 「僕のどこが好き?」 「え、ええと」  子供っぽく笑うところ。真剣なまなざし。長い指に優しい手。不真面目なときもあるが、真摯に仕事へ向き合う姿勢と知識。思いつくばかりの言葉が頭の中で流れる。全部、好きだ。美土里の全部に惹かれ、それは次第に甘い疼きになっていた。  肌に触れる美土里の手を、いつの間にか、自分のものにしたいと思うようになったのはいつのことだろう。マッサージを受けるたび、そしてキスをされるたびに反発が消え失せ、自然と美土里の気持ちと向き合えていた気がした。  こり固めていたはずの思いがほぐされ、柔らかい心地よさとなって心身を満たす。 「全部……全部です。私、美土里さんのこと、全部……」  少し震えた声で告げる自分の頬を、美土里が身を乗り出し、そっと撫でてきた。暖かな手が気持ちよくて、手の甲に怖々と触れてみる。 「君の気持ちが聞けてよかった。凄く、嬉しいよ」 「美土里さん……」  恥じらいながら、静かに目を閉じる。美土里からの命令でもお願いでもなく、自らキスをせがむように。シートが軋み、美土里が顔を近付けてくるのがわかった。  唇同士が触れ合う。優しい口付けに、脳天が痺れた。体中が悦びに震える。もっと、と思った瞬間、顔が離れていく。目を開けると、苦笑いを浮かべた美土里の顔があった。 「これ以上すると我慢の限界が来るかな。君に触れるたび、理性が飛びそうだ」 「……飛ばして下さい」 「雪生くん?」  離れようとした美土里のシャツを掴んで、子供のようにねだる。 「私……美土里さんが、ほしいです」 「……僕だって君を抱きたくてたまらないよ。本当に理性、飛ばしていいのかい?」 「はい。キスだけじゃ、嫌です」  我ながら大胆だと思うのだが、本心だった。それを聞いた美土里は、神妙にうなずく。 「これから僕の家に行くよ。戻れないからね、雪生くん」  うなずく代わりに、微笑みを深めた。戻ろうとなんて思わない。もっと深く、強く愛されたい。アルコールはいつの間にか消え去り、それでも頑なだった心の扉が開いている。  ――その日、雪生は美土里に純潔を捧げた。好きだと自覚した男性に優しく、甘く、体を開かれる悦び。それは、ただただ愛おしいと思える時間だった。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


読者のおすすめ作品

もっと見る

  • メルヘン・ヴェルト ~世界に童話を~

    魔法 × 銃 × 剣! となっております

    31,000

    1,380


    2021年6月11日更新

    世界は焼かれたーー ☆ 某ラノベ賞での二次選考突破作品をより良くなるよう書き直しつつ投稿します。 良くなっているーーはず!

    読了目安時間:1時間14分

    この作品を読む

  • Against 〈human〉:『想像/創造』世界の神を墜とす恋色の蝶

    神と戦いが日常に在る異世界日ノ本戦記!

    14,500

    0


    2021年4月26日更新

    「人々の想像で〈人〉が生まれ地獄ができた。貴女はこのままでは終わる救世を拒むの?」 想像したものが現実となる。その力の源である万能粒子を人々は『テイル』と呼んだ。――人々はそれを力として使い戦争を起こすに至ってしまった。 人々は地獄と化した世界を救う救世主を求め創造した。人間と同じ見た目でありながら、頭脳、身体能力、万能粒子への適合度が高い〈現神人《あらがみひと》〉、通称〈人〉。人間を強大な力で戦争の世界から救ったが、上位存在の知性体として人間を支配、管理するようになった。 日ノ本も戦乱の世。12の〈人〉の一族が島国を十二分し、思想の違いから争いあっていた。 この物語は、1人の少女の恋と旅立ち、絶望と時代の終わりまでの戦いを書く。 ※更新や最新情報はTwitterをチェック!→https://twitter.com/TT_againsthuman Ⅰ 『無知故の白き羽は、戦いと思慕で紅色に染まる』――The girl was left behind―― 13歳になった少女、四十番もまた、その争いの兵士となるように育てられ、成人式を契機にいずれかの〈人〉の下で奉仕をするために売られることになる運命だった。しかし、彼女を買収したのは16歳の旅人。彼らは行方不明となった友人を見つけるための旅をする傭兵。 彼らの弟子となり、『明奈』という名前を与えられた彼女は、主となった2人との生活の中で、自分の生きる意味と希望を見つけていく。 「私、先輩と一緒に生きて、お手伝いがしたいです」 その言葉は、彼女を、少年2人が抱えていた運命との戦いに巻き込み始める。 Ⅱ 『楽園に至る紅き蝶は、邪神の炎に包まれる』 ――The city is full of inferno―― 源家本領の戦いから、2年が経過した。 戦いの舞台は京都。倭の中で人間が唯一比較的自由に暮らすことができる人間にとっての理想郷人間の自治区。人間差別主義の家の襲撃が訪れる最中、明奈の目の前に〈影〉の神が現れ、明奈の戦いが佳境を迎える。そして史上最悪の内戦の1つと呼ばれた、京都会戦が始まる。 ※小説家になろう カクヨム ノベリズム アルファポリスでも掲載中 ※作者Twitterで活動情報等のお知らせをしてます→@TT_againsthuman

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:7時間56分

    この作品を読む

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • お見合い相手は大嫌いな同級生だった!

    よろしくお願いします♪

    2,000

    0


    2021年6月13日更新

    「雪乃、明後日の日曜日にお見合い決定やから!」と突然母に言われ 付き合っている相手もいなく 三十路手前の私、羽山雪乃27歳には断る理由もすべもなく仕方なくお見合いを受けるはめになった・・・。 そしてお見合いの席でお見合い相手を確認したら 「横山丈一郎です。雪乃久しぶりやなぁ」と中学の頃の私の同級生だった、大嫌いな奴が爽やかな笑顔で私に微笑み立っていた・・・。 お見合いの相手が、まさかの同級生・・・その頃の奴の一言のせいで私はトラウマになったんや!!! 誰がアンタなんかと結婚するか!! 絶対に断ったるからな!!

    読了目安時間:1分

    この作品を読む

  • 事故死して生まれ変わった俺の体は、皮肉にも妻の浮気相手になっていた

    死ぬ間際から転生後まで過酷だ……

    5,000

    0


    2021年6月13日更新

    『どうせなら異世界に転生した方がマシだったかもしれない……。』 妻の浮気現場を目撃し、気が沈んだまま迎えた初めての結婚記念日。 しかし不運な事故に遭い、目が覚めた時には過去の世界の『自分』………ではなく妻の『浮気相手』になっていた⁉︎ 知ってる世界で巻き起こる、知らなかった急展開。 見つめ直される主人公と妻と浮気相手の関係性。 それでも主人公は同じ職場で、別人として働く毎日。 まさかの事態は受け止めるけど、愛した妻への感情は錯綜しっぱなし。 そもそも今の俺、どう見ても『浮気相手』だよ‼︎

    読了目安時間:1時間24分

    この作品を読む