お金で買われてほどかれて~社長と事務員のじれ甘婚約~

読了目安時間:3分

プロローグ

雪生の夢

 雪生(ゆきな)は今日も、淫らな夢を見る。  場所は決まって簡易なダブルサイズのベッドの上で、周囲には何もない。かといって暗すぎず、見下ろせば自分の裸体がありありとわかる程度には明るかった。微かに香る甘い樹木のような香りが広がり、思考を支配していく。 (また……この夢……)  夢の中でもしっかりと自我はあり、これは明晰夢の一つなのだろうか、見るたびに疑問に思う。  微かに身じろぎすると長い黒髪が揺れ、隠れていた乳房があらわになる。少し大きめの乳房は、自分にとって恥ずかしいものの象徴で、手で覆い隠そうとしても金縛りにかかったかのように体は自由になってくれない。  羞恥のこもったため息をつく。この後の顛末はもう、わかっている。何度も繰り返し見ている夢だから。  身動きできぬ雪生の前で、光が凝り固まり、一人の男の姿になる。自分に覆い被さるかのような体勢を取って姿を現したのは、誰でもなく―― (広宮(ひろみや)、社長)  オールバックの金髪に、優しい緑色の双眸。微笑んだ柔らかな顔立ちは端正といっても差し支えない。いつもはベストやスラックスに隠れているであろう引き締まった裸体、大きな胸板を見て、羞恥のあまりに泣きそうになった。 (雪生くん)  甘いアルトの声音で名を呼ばれ、思わず体が震える。これは夢。しかも悪夢に近いものだ。  広宮は、彼はいつも雪生のことを苗字の『(みやこ)』と呼ぶ。下の名前で呼ばれたことなど、一度たりともない。だからこれは、勝手極まりない夢の中だけの出来事なのだと思い知らされる。  それだけではない。広宮は自分を『金で買った』相手だ。正確に言うと亡くなった父の工業店、潰れた店が抱えていた借金や、従業員への給料などを肩代わりしてくれた。  父との関係はわからなかったが、その代償は、自分。どうやら両親に、早く結婚しろとせっつかれた広宮は、雪生を仮初めの婚約者として目をつけたらしい。二十三歳で恋人もいない雪生は、言われた条件をのむしかなかった。  広宮はお香の老舗の長男だ。会社も経営しているという、立派な地位がある。ちっぽけな工業店の娘だった自分とは雲泥の差。そんな広宮がなぜ自分を婚約者として選んだのか、それすらわからない。  しかし、全てを受け入れたのは、高校生の弟を守るためだ。弟の氷雨(ひさめ)には、ちゃんと大学を出て幸せになってほしい。その一心で、偽りの婚約者という地位を受け入れた。 (弟の、氷雨のためだもの。でも……)  耐えているとはいえ、この夢は、とても恥ずかしい。異性との付き合いをしたことがない雪生にとって、恥じらいを捨てるには生々しすぎる悪夢だ。  体中にキスをされ、リアルな感覚に思わず涙が零れる。望んじゃいない、しかも夢の中でこんな経験をするだなんて、どうかしているとしか考えられない。  自分の体に触れる広宮の手つきは、どこまでも優しい。だからこそ余計惨めになる。こんな夢を見ている自分が、卑劣なように感じて。胸がただただ軋む。 (名前を呼んで、雪生くん。僕の名前を)  快感に流されまいと唇を噛みしめ、耐えた。切なげな広宮の瞳に自分の顔が映っているのを見ながら、この夢を終わらせるため、鍵となる言葉を紡ぐ。 (……美土里(みどり)、さん)  ためらいながら名前を呼ぶと、広宮――美土里はどこか安堵した様子で唇を重ねてきた。  夢と現の境目で、幾度こうして彼の名前を呼んだだろう。複雑な思いに悩む自分を責めたてるように、美土里が熱を帯びた体のあちこちを弄ってくる。雪生はただ、恥ずかしい声を漏らすことしかできない。  嫌なのか、そうじゃないのか、もう自分でもわからなかった。悪夢だと思う一方、快楽という濁流に呑みこまれそうになる。  この夢の終わりは、広宮の名前を呼び、雪生が精根尽きたときだ。こんなのはおかしい、そう思っても、それまでは眠りにつくことができない。  重なる手の温もり、唇を交わし合う感触。現実で感じたことがない感触に震えながら、ただ悪夢が過ぎ去るのを待つ。  本当に悪夢なのか、それすら快楽に溺れる自分には、理解できないのだけれど。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


読者のおすすめ作品

もっと見る

  • この悪辣な天秤を心に宿して

    高校生百合×心理戦×ファンタジーです!

    20,800

    2,750


    2021年6月12日更新

    ■はじめに 高校を舞台に個性的な女の子たちが登場する 【百合 × 心理戦 × 現代ファンタジー小説】です。 女の子たちの仕草や会話に力を入れています! ■あらすじ 高校二年生の高野凛子はクラス男子たちの会話から、 衝撃の情報を掴んでしまう。 クラスのイケメンが一ヶ月後の夏祭りで、 親友の蘭奈ちゃんに告白するらしい――! 親友としての蘭奈ちゃんには、彼氏ができてほしい! でも恋心の相手としての蘭奈ちゃんには、 彼氏ができてほしくない! 相反する感情の狭間で葛藤する凛子。 私はどっちの気持ちに従うべきなの? そんな中、自らを魔女と名乗る 謎の女の子が凛子に声をかけてくる。 「だったら、その二つの感情どうしを 争わせてみればいいじゃない! 勝ったほうが貴女の選ぶ道ってことで!」 魔女の少女の提案に従って、友情と恋心を 完全に分離した人格とする魔法を受けた凛子。 どちらの人格が出てくるかは、 毎朝の魔女のコイントス次第。 夏祭り当日に向けて、 ある日は親友に彼氏が出来るように背中を押し、 別の日には親友に彼氏が出来ないよう妨害する、 という矛盾に満ちた、凛子の日々が始まる――! ♪♭♪♭♪♭ 毎週 火、木、土、日の19:30頃 更新予定です!

    読了目安時間:33分

    この作品を読む

  • 実は女だと言い出せない

    男装少女の体験する、非日常。

    318,000

    2,695


    2021年6月10日更新

    人でないものが飛び交い彷徨う、そんな森に囲まれた小さな村で暮らしていた少女、シルヴィ。 唯一の身内である祖母の死をきっかけに村から出て仕事を探すが、村の外へ出て来てみれば人に騙され、村にはいなかった黒く気味の悪いものもそこかしこに見える。 男装して転がり込んだ廃屋のような教会で少年として雇われるが、雇った青年も普通じゃなかった。 女だってばれたら解雇かも? いやいや折角手に入れた衣食住、手放すわけにはいきません。 ※ふわっとした世界観で書いていますので、「そこはちょっと」と思われる個所も多々あるかもしれませんが、ご笑覧いただけたらと思います。 週に一、二度位更新できたらいいな、と思っています。 他のサイトにも掲載しています。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:8時間47分

    この作品を読む

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • お見合い相手は大嫌いな同級生だった!

    よろしくお願いします♪

    2,000

    0


    2021年6月13日更新

    「雪乃、明後日の日曜日にお見合い決定やから!」と突然母に言われ 付き合っている相手もいなく 三十路手前の私、羽山雪乃27歳には断る理由もすべもなく仕方なくお見合いを受けるはめになった・・・。 そしてお見合いの席でお見合い相手を確認したら 「横山丈一郎です。雪乃久しぶりやなぁ」と中学の頃の私の同級生だった、大嫌いな奴が爽やかな笑顔で私に微笑み立っていた・・・。 お見合いの相手が、まさかの同級生・・・その頃の奴の一言のせいで私はトラウマになったんや!!! 誰がアンタなんかと結婚するか!! 絶対に断ったるからな!!

    読了目安時間:1分

    この作品を読む

  • 事故死して生まれ変わった俺の体は、皮肉にも妻の浮気相手になっていた

    死ぬ間際から転生後まで過酷だ……

    5,000

    0


    2021年6月13日更新

    『どうせなら異世界に転生した方がマシだったかもしれない……。』 妻の浮気現場を目撃し、気が沈んだまま迎えた初めての結婚記念日。 しかし不運な事故に遭い、目が覚めた時には過去の世界の『自分』………ではなく妻の『浮気相手』になっていた⁉︎ 知ってる世界で巻き起こる、知らなかった急展開。 見つめ直される主人公と妻と浮気相手の関係性。 それでも主人公は同じ職場で、別人として働く毎日。 まさかの事態は受け止めるけど、愛した妻への感情は錯綜しっぱなし。 そもそも今の俺、どう見ても『浮気相手』だよ‼︎

    読了目安時間:1時間24分

    この作品を読む