お金で買われてほどかれて~社長と事務員のじれ甘婚約~

読了目安時間:7分

3-4.優しい時間

 ベッドの中で、雪生(ゆきな)美土里(みどり)の思うまま、存分に抱かれた。快楽の波は今まで経験したことがないような充足感をもたらし、それに溺れた。何度美土里の腕の中、達したかわからないくらいだ。  今は美土里に抱きしめられ、大きなダブルベッドで休息を取っている。背中に回された腕は熱い。 「ごめん、何度もして。雪生くんははじめてだったのに」 「いいんです。私が望んだことですから」  快感と気怠さが混ざり合い、虚脱感を誘う。サイドテーブルのランプが柔らかい光で、美土里の顔を照らしていた。穏やかな笑顔、輝く金髪。どれもがとても綺麗に見え、重い腕を上げて乱れたオールバックをそっと撫でた。 「ちょっと照れるな、そんなことされると」 「だって綺麗だから」 「僕はあんまり、自分の容姿が好きじゃなくてね。名前と似合ってないし」 「私は、好きです」  もぞもぞと動き、美土里の頭を包むように抱きしめた。美土里が鎖骨辺りに吐息を漏らす。背中を抱いていた手を腰に移動させ、それでも雪生のされるがままになっていた。 「どうして嫌いなんですか? いい名前なのに」 「外国人の顔に日本人の名前だよ? 子供のとき、いじめられたりしたこともあるくらいだ。貴江(たかえ)紅子(べにこ)くらいだよ、気にしなかったのって」 「私も気にしません」  幼馴染み二人の名前を出され、なぜかむっとした。お門違いだとはわかっているが、多分これは、純粋な嫉妬だ。子供にするように何度も優しく、少し硬い髪を撫でる。 「美土里さんの名前、私、凄く好き。あったかい名前」 「雪生くんに言われると嬉しいな」 「名前も、顔も、気にしないです。全部好きだから」  うん、と美土里が呟き、胸に顔をうずめてくる。少し、くすぐったい。それでも甘えている姿が愛おしく、美土里の後頭部を抱き寄せた。 「……天国にいる君のお父上が見たら、さぞ怒るだろうな」 「そんなことはないと思います。私は今、とても幸せですし」  後悔なんて何一つない、その思いをこめて笑みを深くした。 「お父さん、私たちのことで、何か変なこと言ってませんでしたか?」 「自慢の娘と息子だって。娘は家庭的でしっかりもの。息子は正義感が強いって聞いたよ」 「変なことを言われてなかったようで安心しました」  父は美土里とどれくらい、どんな話をしたかわからなかったが、少なくとも悪印象を与えるような会話をしていないことに安堵する。 「母と別れた後、お父さんだけが頼りだったんですよね。でも、それじゃあ大変だろうって。家のことを率先してやるようになったんです。お父さん、人が良すぎたから」 「いい話だね。僕の家とは縁遠い話だ」  胸に顎を乗せ、美土里が顔を上げた。翡翠みたいな瞳と目が合う。また、どこか暗い光が双眸に灯っているのを見て、話を聞くかで迷った。眉が下がったせいだろうか、美土里が優しく頬を撫でてくる。 「僕の母は後妻だって話したよね。前の奥方が亡くなったとき、父には愛人が何人もいたらしくてさ。候補の中から、母がのし上がって正妻になったわけ」 「凄いですね」 「そうでもないよ。イタリア人だからって猛反対されたみたいだし。でもその騒ぎの中、僕はもうお腹にいたわけだから、仕方ない処置とも言える」 「じゃあ、美土里さんのお母さんは、美土里さんのために頑張ったんですね」  美土里が目をまたたかせた。意外そうな顔に、雪生は微笑む。 「そう言われるとは思わなかったな……そんな考え方もあるのか」 「美土里さんのお母さんがいなかったら、私、美土里さんに会えませんでした」  頭を包みこむように抱きしめると、美土里が腰を抱く力を強くした。 「美土里さんが産まれてきてくれて、こうして出会えて。私は嬉しいです」 「……うん。僕も嬉しくなる。と言うより、なった」  二人、静かに見つめ合う。美土里の瞳から陰りが消えたのを見ながら、額に口付けを落とした。 「好きです、美土里さん。大好き」 「僕も好きだよ。こんな気持ち、はじめてだ。すっかり君に溺れてる」  胸を強く吸われ、吐息が漏れる。顔を上げた美土里と、再び情熱的なキスを交わした。何度されても足りない。貪欲なほどの高揚感が胸を支配する。  深い口付けをした後、美土里の胸板に顔を寄せた。夢の中でしか見たことのない体躯は、互いに交わったこともあってか愛おしく思える。  雪生の額に何度もキスを落とした美土里が、そうだ、と不意に呟いた。 「雪生くん、起きたらデートしない?」 「デート、ですか?」 「ずっと夜だけ、夕飯とマッサージだけだっただろう? 明日は一日、君を独り占めにしたいんだ。買い物もしたいけど、雪生くんにはどこか行きたい場所はないかな」  言われて少し、雪生は考える。美土里と行きたい場所。たくさんありすぎて絞れない。思案の末、いつも友人と出かけるコースを提案してみた。 「なら、映画とかはどうでしょうか。友達とよく行くんです。見たいものもあるし」 「映画か、いいね。スクリーンで見るのは久しぶりだ。どんな映画?」 「ヒューマンドラマの洋画です。ほら、コマーシャルでよくやってるやつ」 「よし、じゃあそれにしよう。……友達って男?」 「いいえ。私に異性の友達はいなくて。高校時代の女友達とか、原さんとかですよ」 「なるほど。氷雨(ひさめ)くんはいい仕事をしてくれたみたいだね。原くんと一緒のとき、声をかけられたりすることはなかったのかい?」 「何回かはありましたけど、原さんも私も興味がありませんでしたから」 「そうなんだ。虫除けしてくれた二人には、今度お礼を言わないとね」  独占欲を固めたような言葉に苦笑が漏れたが、どこか嬉しい気持ちもある。独占欲、と思って気になったことを思い出し、顔を上げた。 「そう言えば、美土里さんの婚約者候補に木場(きば)さんがいたって、本当ですか?」 「また余計なことを言うね、紅子のやつは。事実だけどさ。まあ僕から蹴ったんだけど」 「あんなに綺麗な人を、どうして……?」  美土里は笑い、背中に回した腕の力を強めてくる。 「僕にとって綺麗な人、って言うのは雪生くん、君だけさ」 「そ、そういう意味じゃなくて……だって同性から見ても素敵な女性ですよ、木場さん」 「紅子の性格を知らないやつは騙されるんだよ。振り回されっぱなしは勘弁したい」 「……二人で出かけたことがある、って意味ですよね、それ」  ちょっと唇を尖らせると、美土里が安心させるように微笑みを深めた。 「親に言われて仕方なくだよ。でも、それも今は心配いらない。なんだかんだ言って紅子は貴江のことを気に入ってるみたいだし、貴江もそうさ。僕の出る幕はないし、出ようとも思わない。君がいればそれだけでいいんだから」 「み、美土里さんったら」 「事実。雪生くんは? 僕だけじゃあ不満かな」 「……不満なんか、ないです」  こうして一緒にいられることが、とても幸せだ。雪生はほっとして、自然と小さく微笑んでいた。一方の美土里は、少し眉を下げる。 「僕だって不安だったんだよ。キスに少し慣れてるようだったし」 「それ、は……あの。夢の中で……美土里さんとしてましたから。そのおかげで……」 「……どうしたものかな。夢の中の自分に嫉妬しちゃいそうだ」 「こ、ここまでしたのは……本当にはじめて、です……」  淫らな夢の内容を赤裸々に話してしまい、語尾が消えた。夢の中では唇と舌での愛撫だけだった。それ以上の行為をしたことに、今更ながら顔が熱くなる。後悔なんてこれっぽっちもないけれど。  微笑む美土里の手が、背中からするりと臀部へと降りてくる。 「こうして君を抱けて、本当に幸せだよ。一応、喪に服す意味もこめて我慢してたんだけどね。そんな可愛い顔で言われたら、やっぱり我慢ができなくなるな」 「美土里さん……」  肌を撫でる手つきは優しいが怪しく、それだけで期待に雪生の胸は高鳴った。少し、目が潤む。耳朶を食まれ、体と心が快楽を求めて反応した。 「もっと、雪生くんを気持ちよくさせたい」  耳元でささやかれ、恥じらいながらも小さくうなずく。美土里の唇、手、全部がほしくてたまらない。雪生、と呼び捨てにされるたび、心臓がおかしくなりそうだ。  美土里がまた、ゆっくりと覆い被さってくる。ベッドが激しく軋むのに、そう時間はかからない。優しさに溢れた濃密な時間は、雪生が自然と眠りにつくまで、続いた。

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