瑠璃色の宝石〜記憶をなくした少女の契約と正体の謎〜

読了目安時間:6分

祭事の補佐 4『秘密の告白』

 明らかに魔術の気配がした。  隣の部屋にいたレイモンドが、立ち上がる。腰に下げている剣が音をたてた。 「おい!」  扉を叩くと中から、ハーミットの間抜けた声がして、中に入った。 「どうしたんだ? これは……」 「魔術が……」  サファは床に寝そべり、気を失っているようだった。彼女の首にかかるペンダントが、キラッと光った。 「お前、魔術を使ったのか!?」 「逃げられそうになって、つい……」  ハーミットは、青い顔をして、そう言った。  レイモンドが琥珀(こはく)色の髪を()き、同じ色の瞳を(けわ)しくする。  とりあえず、このままでいるわけにはいかない。  サファをそっと仰向(あおむ)けにする。規則的に胸が上下しているのを確認して息を吐き出した。  軽いな。  慎重にサファを抱きあげて、彼女の部屋まで運び、ベッドに寝かせる。 「お前、覚悟しとけよ」  戻ってきて、まだ顔色の悪いハーミットの頭を、ポカリ、と叩く。 「……分かってるよ」  ハーミットが、頭を押さえ俯いていた。  今日は1日、エミュリエールは外出している。2人は、彼の帰りを無言で待つ事になった。           ※  5の(22時)過ぎ。エミュリエールは帰ってきた。部屋に入ってすぐ、ノックが聞こえてくる。 「レイモンドです。至急お伝えしたい事があって」  少し慌てている様子だった。この時間、普段なら彼らはもう帰っているはずだった。なんとなく嫌な予感がした。 「入ってくれ」 「お疲れのところ、すみません」 「それはいい、何かあったのか?」  後ろには、まるで、怒られることを恐れる、子供の様な表情(かお)をしている、ハーミットがいた。 「……すみません、エミュリエール様、俺」  ハーミットが言ったのは、驚くべきことだった。 「なんて事を……」  急いでサファの部屋に向かう。  部屋の扉をノックをしても、返事はなく、エミュリエールは、静かに部屋の中に入っていった。  月明かりが差し込む部屋。  質素な作りの机と椅子がひと組み。その上にいつも掛けているメガネが置いてあった。  右手側にベッド。サファはまだ眠っているようだった。 「フローガ」  ベッド脇のロウソクに火をつけ、オレンジ色の(あか)りがいつも隠れている、サファの顔を照らした。  隠す必要なんて、ないだろうに……  でも、これでは、隠したくなるのかもしれないな。  サファの素顔は、想像していたよりもずっと。  綺麗だった……  彼女の胸もとが、炎に揺られ、怪しく光っている。  ハーミットは、このペンダントから、障壁(しょうへき)の魔術が発動されたと言っていた。  これは、自分たちも着けていた事がある。魔力で作られ、お守りとして子供が持たされる『魔石(ませき)』と言われるものである。  障壁の付与がかかっていても、なんらおかしな事はない。だが、持っているのが、ここにずっといた孤児、という事になれば、話は少し複雑になるだろう。  エミュリエールが、魔石にふれようと、手を伸ばした。 「ぅん……」  長い睫毛がふるえ、サファがうっすらと目を開ける。しばらくぼんやりした後、ごろり、と背を向け身体を起こした。  うつむき加減で、ゆっくり振り返り、癖のあるの柔らかそうな髪が一束(ひとたば)、はらり、と肩から落ちた。 「大丈夫か?」  エミュリエールが低く、静かな声で聞いた。さっきまで見えていた顔は、いつもの様に隠れていった。  サファはしばらく黙ってから、体を正面に向き直す。 「……すみません。驚きましたよね」 「驚いたのは、君の方だろう? 痛んだり、具合の悪いところはないか?」  彼女が小さくうなずくのを見て、エミュリエールは何故か、罪悪感と、後悔を覚えていた。 「もしかして、話したいと言っていた秘密は、この事だったのか?」 「……はい。それと、後、見た目の事も」 「見た目は、別におかしな所はないだろう?」  エミュリエールが首をかしげると、サファが、ふるふると首を振った。 「びっくり、しないでくださいね……?」 「魔術を使った事以上に、驚くことなんて、きっとないぞ??」  鼻で笑った。 「そうですか……」  サファが前髪を掴み、ゆっくりと手を上げていく。 「っ!!」  ロウソクの灯りに照らされ、彼女の瞳が、初めて(あらわ)になった。  深い蒼色をしていた……  でも、それだけではない。  ダイアモンドみたいに、研磨された宝石のような瞳が、ロウソクの灯に照らされて、不思議に煌めいていた。  息を呑む。驚きで言葉をなくし、やがて、落ち着かせるように、エミュリエールは息を吐き出した。 「そうか……それを、隠していたんだな」 「ほんとは、こんなことが起きる前に、話しておけばよかったのです」  エミュリエールは、吸い込まれそうな感覚さえしていた。  彼女の秘密を、知れた嬉しさはあったはずなのに。気持ちはかなり複雑だった。 「君は、貴族か何かなのか?」 「それは……分かりません」 「分からない?」  サファが(まゆ)を寄せて、目を()せる。 「ここに来る前の記憶が、わたしにはなくて」  髪から手を離し、瞳が隠れていった。 「そうか。魔術は普段使ったりしていたのか?」 「いえ、ここで、ロウソクに火をつけるくらいです」  サファが悪いことをしたかのように、ふるふると首を振る。その様子が、なんとも、切なく思った。  サファの体を腕に抱き、背中をトントンと優しく叩く。普通より小さい体。なぜ、(なたく)なに人を寄せ付けないのか、ずっと不思議に思っていた。  こんな事を抱えているとは…… 「怖かっただろう?」  聞きたいことは色々あった。だが、それよりも、その言葉が先に出てきた。 「ハーミット様も、とても、驚いたんじゃないかと思います。だから、やっぱり、わたしは……『補佐役』なんて、するべきじゃない」  サファは、苦しそうに、絞り出した声で言う。気持ちは痛いほど分かった。  『補佐役』をする為にどうしたらいいのか? という自問にも答えも出なかった。  ジジッ……  ロウソクが燃える音がして、炎が揺れる。  エミュリエールは、それを愛おしいそうに眺め、目を閉じた。 「それでも、君を補佐から外さない。少し考える時間が欲しい」  サファが、嫌がる素振りもなく、小さく頷く。 「さあ、今日は、もう、そのまま休むといい」  横になったサファの目を、優しく(おお)う。エミュリエールが、おまじないを唱えると、気が抜けたように、サファの体から、力が抜けていった。  ……寝息が聞こえる。  口からため息が漏れた。  役から外さない、と何故言ったのか、エミュリエールは、まだ分からなかった。  サファの前髪をかき分けて、整った寝顔を眺める。  魔石に付与されていた魔術を発動するには、所持者の魔力が必要になる。即ち、彼女に、魔力があることを意味していた。  彼女は分かっているのだろうか?  魔石を持っている、ということ自体、それなりの身分なのだという事を……  それに、あの瞳。目に焼きついて離れなかった。  表情を険しくする。  エミュリエールは、ゆっくりと立ち上がった。ロウソクの火を消してやると、彼は、音を立てないように、部屋から出て行った。

お読みいただきありがとうございます

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


読者のおすすめ作品

もっと見る

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る