瑠璃色の宝石〜記憶をなくした少女の契約と正体の謎〜

読了目安時間:4分

とぎれた唄 8『自分への罰 前』

 時は少し巻き戻って6の刻半(1時)ころ  食事をした後、サファは部屋の中で、ポツンと座っていた。ぼんやりと、視界の端に入ったピアノを眺める。  そろそろ、弾いてもいいのかな?  少しだけ迷い、じっとピアノを見たまま、立ちあがった。  ちょっとなら。気づかれないように小さく弾けば。きっと大丈夫……  こういう時、人は、自分のいいように(もら)えがちだ。わたしにも、人並みの感情があるという事なんだろうか。  サファは首を傾げた。  ただでさえ、ここ最近は、人の出入りが多かった。だから、サファは音楽というものに()えていた。  ピアノの椅子に座り、ぶらぶらと足を揺らして、鍵盤(けんばん)に手をかける。  悲しく澄んだ弦の音が響く。もうちょっと弾くと、音は段々と軽くなり、部屋に色をつけ始めた。  あと、もう少しだけ……  と、思っていたのに、楽しくなり……わたしは、知らぬ間に唄っていた。  部屋に近づいてくる足音にも気づかず、突然扉が開いた。かなりの音量だった事に、気づいた時には、もう、遅かった。 「あっ!」  エミュリエールだった。サファは急いで椅子から降りる。  彼は、荒く足音をたててピアノの所まで来ると、わたしの両手を掴んで、鍵盤蓋(けんばんがい)を強く閉めた。  ガタン! っと不機嫌な音があがり、手首を掴まれる。 「今日はダメだと言ったはずだ! なんで弾いてるんだ?!」  エミュリエールが、もの凄い形相(ぎょうそう)でサファを睨みつけた。締めつけた手に力を込められる。  痛い!  だけど、彼が、怒鳴る、なんて事、今までなかったから、重たい物がのしかかっきて、恐ろしくて、サファは声も出せなかった。 「これくらいの我慢は出来るとおもったのに……暫くピアノは弾くな! これは命令だ!!」  きっと、まだ外部の人が帰ってなかったんだろう。それに、わたしが言うことを聞かなかったから。  扉が閉められると、大きな音の衝撃(しょうげき)で目をつぶった。 「…………」  悪いことをしてしまった。  赤くなった手首を(さす)り、悲しくて、眉を寄せ、目を伏せた。  わたしは……悪い子だ。  サファは、エミュリエールの足音が聞こえなくなってからも、扉を見ることも出来ず、しばらくそのまま、立ち尽くしていた。            ※  言いつけたことを、簡単に破られ、エミュリエールは腹を立てていた。だが、王子殿下達を送り出し、片付けをしていると、頭が冷えてきた。  わたしは、本当に(こらえ)え性が無い……  執務室で椅子に座り、頭を抱えて深くため息をつく。羽ペンから落ちたインクが、紙に(にじ)み、それが後悔の念のように広がった。  祈念式が終わってからずっと、行動を制限されれば、いくら彼女でも、我慢ができなくなるのは当たり前だ。  エミュリエールは首を振った。  唯一の楽しみだっただろうに。それを、取り上げるようなことをしてしまった。下手すれば、口もきいてくれなくなるかも知れない。  分かっていたのに……  今回の事で彼女との距離がまた離れてしまったらと思うと、と不安になった。  ピアノの上に、何曲もを(つづ)った紙が置いてあった事を、思い出し、もう一度、深くため息をつく。  黒く(にじ)んだ紙が、(だいだい)色に染まる。振り替えると、窓の外に、不安そうに揺れている夕陽が見えた。  3の(6時)を知らせる鐘が鳴る。  陽が長くなったな。もう、こんな時間か……どちらにせよ、夕飯の時にもう一度話をしなくてはいけないな。  エミュリエールは窓辺に立ち、陽が沈んでいく様子を見守った後、静かに部屋を後にした。      レイモンドとハーミットは外食らしく、エミュリエールと2人で、夕飯を摂ることになった。  給仕はメイドのルアンナさんがしてくれる。彼女は、普通の平民の女性らしい。だけど、とても上品で、声が温かくて”お母さん”みたいな人。わたしにも、とてもよくしてくれる。  怒られた事は落ち込んでいるけど。ルアンナさんが怒られたらやだな。  サファはそれだけが気がかりだった。手首に結んだ不自然なリボン。昼のことを思い出すと怖くて、不安で(たま)らなかった。 「昼間の事なんだが……」 「すみません」 「すみませんじゃ分からない。なぜ、弾いたんだ?」 「…………」  どうしよう……  言い訳を考えていた時だった。  ルアンナが血相を変え、何かを言おうとするのを見て、サファはとにかく止めなきゃ、と思った。  ぞわっ、と。  エミュリエールは、背中に氷水をかけられた様な感覚がはしった。 「ヒュッ」  ルアンナは声が出せなくなり、胸を押さえて真っ青な顔で床にうずくまる。 「サファ、やめなさい」  普段、誰かの魔力に気圧(けお)される事のないエミュリエールでさえ、畏怖(いふ)を覚え、微かに指先が震える。 「罰は受けます。だから、この話はもう終りにしてください」  全く、なんて魔力の量なんだ。このままでは、ルアンナが危険だろう。  エミュリエールは立ち上がり、彼女に保護の魔術をかけようとした。 「ルアンナさん、ごめんなさい。言わないで……」  サファは顔を(しか)めていた。そして、ルアンナが(うなず)くのを見ると、表情を和らげて、放出していた魔力をしまい、圧は消えた。 「なるほど……そういうことか」  最初は怒ってるのかと思っていた。だが、その言葉を聞いて、恐らくルアンナを守るためなのだとエミュリエールは察した。  ルアンナが咳き込む。エミュリエールは、彼女を支え、立ち上がるのを助けていた。 「なんのことでしょう?」 「いや、分かったという事だ。私も言い過ぎたな。罰はなくてもいいと思っている」 「いいえ! 罰は受けます」  普通だったら喜ぶというのに、サファはふるふると、(かたく)なに首を振った。

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