宝石の子

読了目安時間:9分

エピソード:16 / 24

ペタル・ローズ

新たな旅立ち?

 二年後、ルミエールは近衛隊の軍服に身を包み、王宮の長い廊下を急いでいた。この朝、辞令を受け取ってルミエールは戸惑いを隠せなかった。志願した部隊に配属されなかったのはまだ諦めがつくとして、近衛隊のしかも少将付に配属されたのはあまりにもイレギュラーで理解が追い付かない。いくらシュトラール侯爵たるジェドの後ろ盾があっても平民のルミエールが配属されるはずがない。近衛隊は貴族のみで構成された少数精鋭だ。確かに士官学校は首席を守り切ったまま卒業したが、こんな特例があるとは聞いていない。普通なら佐官の下に配属されるところを少将付というのも特殊過ぎる。手違いなのではないかと問い合わせたが、その場で制服を渡され、すぐに少将のもとに行けと言われてしまった。なぜか少将の名は教えてもらえなかった。部屋の位置は正確に指示されたから問題はないのだが、どういうことなのだろうか。 ルミエールは王宮の奥深く、指定されたドアをノックする。 「ルミエール少尉です。お呼びとのことで参上いたしました」  低い声で返答があり、ルミエールはドアを開けた。 「え?」  ルミエールは声が漏れるのを止められなかった。なぜか見覚えのある顔が並んでいる。 「早く入ってドアを閉めたまえ、ルミエール少尉」  ルミエールは急いでドアを閉め、少将の机の前に立つが、動揺が止まらない。立派な体躯に彫の深い顔、短くなってはいるがその硬そうな黒髪も、軍帽で片目が隠されているが鷹のように鋭い青い目も見違えようがない。少将のかなり後ろに立っている小柄な少尉も影になっているが、その長い白髪や、アメシストの目には見覚えがある。 「あの、これはどういったご冗談でしょうか?」  思わずそう言ったルミエールを少将はぎりと睨む。 「ルミエール少尉、私が君の直属の上司になる皇太子付近衛連隊長シュトラール少将だ。そして、彼が私の副官ペタル・ローズ少尉だ。覚えておくように」 「はっ、承知いたしました」  ルミエールが迫力に気圧されて返答すると二人がくすくすと笑い出した。 「やっぱり、ジェドとロゼですよね? どういうことなんですか?」 「いや、すまん。実は一年前に復帰してな。お前を驚かせてやろうと二人で計画した」 ルミエールはため息を吐いて頭を抱える。 「なんでロゼまでここにいるんですか?」 「ロゼは特殊な試験を満点で通過して俺の副官になった」 「お父様の頼みは断れませんからね」  ロゼはくすりと笑ってルミエールの顔を真っすぐに見る。軍服を着ているせいか小さいはずのロゼが少し大きく見えた。 「ルミエール、士官学校、首席での卒業おめでとうございます。あなたに守られるだけでなく対等でありたいと願ったのをジェドが叶えてくれたんです。ごくごく限定的な勤務ですけど、役に立てたらと思います」 「そっか……」  ルミエールは軽く息を吐いてふと笑う。 「まったく、ジェドのわがままがこんな形にあるとは思いもしませんでしたよ」 「悪くないだろう?」  ジェドは軍帽を外してにと笑う。以前より表情がずっと生き生きしている。 「そうですね、惜しむらくは治安維持部隊に配属されなかったことですかね」 「それは俺の意向もあって手を回したが、ロゼのわがままでもある。実力を見せて説得してくれ」 「ロゼの?」 「治安維持部隊は危険も多いので行かせたくなかったんです。許してください。ルミエール」  そう言われては言い返すこともできない。ルミエールがロゼを危険から遠ざけたいと思っているのと同じくらい、ロゼもルミエールを危険から遠ざけたいと思っているだろうことは想像に難くない。 「君の望みじゃ仕方ないね。それより、ロゼは身長の規定も、体力の規定もパスできないはずでは? 年齢も全然足りてないし、髪も切ってないし……」 「だから、特殊な試験と言ったろう? ちょっとしたコネを使った」 「コネ?」 「秘密だ。だがルミエール、心配はいらない。ロゼは便宜的に少尉の地位を与えられているだけで、実質は皇太子殿下の教育係だ。ロゼには帯刀も銃の所持も許可されていない」  ロゼは両手を広げて腰に武器を所持していないことを見せる。同じ地位なら同じ軍服のはずなのに、ロゼは剣帯を付けておらず、代わりに華やかなサッシュベルトを着けていた。 「私は軍人というより文官に近いです。最初はびっくりしましたけど、悪くないでしょう?」  ふわと微笑んだロゼの表情も以前よりずっと明るい。 「そうだね。まったく驚かされるなぁ」  ルミエールは小さくため息を吐く。 「さて、無駄話はこれくらいにして、ルミエール少尉、最初の指令だ」 「はい」 「シュトラール家に帰還する。随伴するように」 「え?」  ルミエールが戸惑うのもおかまいなしにジェドは命令口調を崩さない。 「ルミエール少尉、返答は承諾以外認めない。ペタル・ローズ少尉、支度を」 「はい」  ロゼは当たり前のようにジェドにコートを渡し、自身もコートを羽織る。 「ルミエール少尉、任務時間以外の帯刀は禁止ですよ」  ロゼに言われてルミエールはため息を吐きながらサーベルと銃を外す。 「シュトラール少将、車に乗ったらもう少し説明をお願いできるのでしょうか?」 「考えておこう」  ジェドはふと笑って、さっさと歩き出す。ロゼがサーベルと銃を片付けてくれた。 「セレナも楽しみに待ってますよ」 「全員グルなの?」  ルミエールは少し疲れた声で言う。 「ヴェルデも知りませんよ」 「そうなんだ……」  ルミエールはあまりのことに気が遠くなるのを感じた。まさか先回りしてこんなことをされるとは思わなかった。少将の名を教えてもらえなかった時点で気付くべきだったのかもしれない。  ロゼも一緒に王宮に出入りするようになってから使うようになった車は三人を乗せて家路を進む。 「おかえりなさい」  セレナとアムール、ヴェルデが三人をあたたかく出迎えた。 「ルミエール、半年ぶりかしら」 「たぶん、それくらいだと思うけど、えーと、二人目?」  ルミエールは戸惑いながらセレナのお腹に視線を落とす。お腹が満月のように丸い。 「そうよ。双子だから重くって」 「なんで教えてくれなかったの?」  ルミエールが呻くように言う。 「帰ってきたときにびっくりさせようと思って」  セレナはくすくすと笑う。ルミエールはちゃんと定期的に手紙を出していたし、誰かが必ず返事をくれていたのに誰一人として本当の近況を報せてくれていなかったらしい。 「サプライズが多すぎて眩暈がする」  ルミエールがため息を吐くと、ヴェルデに肩を叩かれた。 「実は僕も今知った」  ヴェルデの視線はジェドとロゼを見ている。 「ジェドの復帰は薄々気付いていましたけど、ロゼはどういうことなんですか?」 「俺の副官にした」 「自由過ぎません?」 「権力というのはこうやって使うのだよ。エスポワール大佐」  ジェドはにいと笑ってヴェルデを見下ろしながら手袋を外す。ちゃんと説明する気はないらしい。ロゼが困ったように笑って口を開く。 「ちゃんと手順は踏みましたよ。正攻法だけとは言いませんけどね。ヴェルデ、私はまだ八歳ですけど、頭脳を買ってもらえたんです。すごいでしょう?」  ロゼは得意げに笑うが、ヴェルデは苦笑いを浮かべる。ロゼは人間離れした記憶力と分析力を駆使し、たった二年でジェドの書庫の本をすべて理解して記憶した。その明晰な頭脳においては右に出る者はいない。それに加えて教えるのもうまい。アムールに遊びの中で色々な知識を分け与えていたのも記憶に新しい。だが、ロゼはまだ幼い子どもだ。 「さ、着替えてきますね。アムール、手伝ってください」  ロゼはアムールと手を繋いでさっさと去って行った。ロゼは重い軍服が嫌いだった。 「まぁ、そういうことだ。ロゼの任務は皇太子殿下の教育係のみ、軍服を着ているが軍人ではない」 「あなたが権力者で、上に太いパイプがあるのは知っていましたけど!」 「不満か?」 「そういうわけではありませんけど!」  ヴェルデはああ言えばこう言うジェドになんと言ったらいいのかわからなくなってきていた。例外ばかりで意味がわからない。ジェドにはちゃんと考えがあるようだが、ロゼはなんだかんだいっても庇護すべき幼い子どもで、教育係だとしても国の中枢に関わらせていいとは思えなかった。 「ヴェルデ、考えるだけ無駄な気がします。ジェドは二年後にわがままの結果を見せるって言っていました。それがこれってっことですよ。僕の配属も近衛隊シュトラール少将付です」  ヴェルデはその言葉に同情の視線を投げる。近衛隊の軍服を着て、一緒に帰ってきた時点でおかしいとは思った。ルミエールが治安維持部隊に入るために努力を重ねていたのを知っている。まさか、ジェドが横車を押すとは思わなかった。 「ルミエール、俺付きを外れる方法は俺に剣で勝つことだ。これはロゼも承諾している。がんばってくれたまえ、ルミエール少尉」 「一年です……」 「ほう?」 「一年でカタをつけますよ! あなたが訓練教官を務めるような剣の名手なのは知っていますが、ロゼが出した条件ならクリアして見せます!」  ジェドは片方の眉を上げて挑発的に笑う。 「楽しみにしている。その時には君が望むポストを用意しよう」  その時、ドレスを着たロゼがアムールと一緒に戻ってきた。色違いのドレスを着ている。 「お父様、話はつきましたか?」 「ああ。一年でがんばるそうだ。楽しみだな」 「はい、ルミエールならきっと大丈夫です」  花のように微笑んだロゼはごく自然にジェドに抱っこをねだる。 「お父様、今日は疲れちゃいました」 「仕方ないな、ロゼは」  ジェドも当たり前のようにロゼを抱き上げた。ルミエールはなにが起きているのかよくわからなかった。ロゼが気紛れにドレスを着たり、ズボンを履いたりしているのは知っていたが、ジェドに実の子のように甘えているというのは知らなかった。ジェドも以前より遥かに甘やかしているように見える。 「二人の遊びよ。親子ごっこなんですって。ロゼは大人びているけど、八歳だしね」  セレナが小さく笑いながら教えてくれた。 「そ、そうなんだ……ロゼってあんなに笑う子だっけ?」 「お兄様が変わったら一緒に変わったの。刺激し合っているみたいよ。妬けちゃう?」 「少しね」  ルミエールは小さくため息を吐く。ロゼは自分だけのロゼだと思っていた。だが、離れている間にロゼはいくつもの顔を持つようになった。それが不愉快なわけではないが、少し寂しい。 「さ、こんなところでずっと話していないで、お茶にしましょう」 「サンルームにお茶の用意をしたのよ!」  アムールがうれしそうに言って、ルミエールの手を引く。 「僕とアムールでお菓子を作ったんだ」 「そうなのよ。お父さま、前よりずっとなんでもできるのよ」 「そっか」  ルミエールはアムールの頭をやさしく撫でる。みんな少しずつ変わっていっている。よい方へ、前へ前へ。自分もちゃんと変われているのだろうか。それはわからない。けれど、この新しい日々を慈しんでいきたいとルミエールは思った。 「ルミエール、抱っこしてください」  ロゼに突然言われてルミエールはふと笑う。 「相変わらず甘えん坊だなぁ、ロゼは」 「大好きですよ、ルミエール」 「うん、僕も大好きだよ。ロゼ」  うれしそうに笑ったロゼの目がアメシスト色に光る。  

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