宝石の子

読了目安時間:16分

エピソード:10 / 24

兄として

 ロゼはよく眠り、よく食べる子どもだった。小さな身体のどこに入るのかというほど食べる。ロゼは食事と睡眠を繰り返すほどに、その見た目に見合った重さになり、石のように冷たかった身体があたたかくなった。 「ろぜ、おおきくなるの」  ロゼはそう言ったが、三カ月ほどして見た目通りの重さになるとそれ以上重くならず、身体が大きくなる様子もない。食欲も急激に落ち着き、普通の量しか食べなくなった。 「ロゼ、もう食べないの?」  ルミエールに聞かれてロゼは困ったように頭を振った。皿にはまだ料理が残っている。 「いなないの」 「そっか」 「これまでが食べ過ぎだったのかしらね」  セレナが心配そうにロゼの頬を両手で包み込む。熱があるわけではなさそうだが、近頃、少食すぎるのではないかと思える量しか食べなくなった。 「ろぜ、げんきなの」 「そう? それならいいんだけど」  確かに今日も元気に遊んでいたし、菓子ならたくさん食べることもある。 「セレナ、お前も近頃食欲がないみたいだが?」 「あら、そうかしら?」  セレナの目が泳ぐ。なにかを隠そうとしているらしい。 「きっとヴェルデが帰らないせいよ。嫌になっちゃう」  疑わしげにしたジェドの眉間にしわが寄ったのを見て、セレナは目をそらす。隠し事をしているのは間違いないようだった。近頃、ゆったりとしたドレスを着ていることも多く、菓子作りもしていない。 「体調が悪いのでなければかまわないが、食欲がないままなら、早めに医者にかかるようにするんだぞ?」 「わかってるわ。お兄様は心配性ね」  セレナはくすくす笑ったが、運ばれてきた紅茶の香りにセレナは突然口元を覆って駆けだした。 「セレナ?」 「ぼくが行きます」  ルミエールが追っていくとセレナは廊下にうずくまって真っ青になっていた。 「セレナ、大丈夫ではないよね? 吐いた方が楽になるようならバスルームまで連れていこうか?」  セレナは少し迷ってから頷いた。ルミエールはセレナを支えて立たせ、一番近くのバスルームに連れて行った。セレナは食べたものをほとんど戻してしまった。 「お水、もらえるかしら……」  苦しそうに言われて、ルミエールは急いで水を渡す。セレナは水を飲むと少し落ち着いたのか力なく笑う。 「ごめんなさいね、ルミエール」 「気にしないで。やっぱりお医者さんに診てもらった方がいいんじゃないかな?」 「もう診てもらったわ。お兄様に見つかるとうるさいからこっそりね。まったく、一番にヴェルデに話したかったのに全然帰ってこないんだもの」  セレナは青い顔で幸せそうに微笑む。 「え……もしかして……」 「そう、もしかしてよ。赤ちゃんができたの」  ルミエールはごちゃまぜの感情が一気に押し寄せてくるのを感じた。 「おめでとう、セレナ……ぼくなんて言ったらいいのか……」 「ありがとう、ルミエール。お兄様には最後まで隠しておきたかったのだけど、無理そうよね?」 「そうだね。さっきセレナより真っ青だったよ」 「お兄様、ああ見えてものすごい心配性なのよ。過保護だしね」  セレナはくすりと笑う。両親が逝って間もないころに風邪を引いたとき、ジェドが心配してあまりにも枕元でうろうろするから余計に熱が上がりそうだった。悪阻をうまいこと隠して、お腹が大きくなり始めてから伝えようと思っていたが、今日の有様を見られた以上、もう隠せないだろう。 「お部屋で休むから、ルミエールからお兄様に伝えてくれるかしら? まだ早くて無事に生まれてくるかわからないから喜び過ぎないように釘を刺してね」 「努力するよ。一人でお部屋に戻れる?」 「大丈夫よ。お願いね」 「ゆっくり休んで」  セレナはルミエールの頭を軽く撫でてゆっくりと去って行った。ルミエールは考えながら広間に戻る。どう伝えてもジェドがうろたえるのは間違いない気がする。だが、おめでたいことで悲しい出来事ではない。けれど、少し寂しく感じてしまうのはどうしてだろう。 「ルミエール、セレナは?」  ロゼをぎゅうぎゅうと抱きしめて顔を青くしたジェドに問われてルミエールは困ったように笑う。 「ジェド、まずロゼを離してあげてくれますか? 怯えてます」 「す、すまん」  ジェドに解放されたロゼはルミエールに抱っこをねだる。ルミエールはロゼを抱き上げて頬を寄せる。 「ねぇ、ジェド、すごく大切な話で、まだあまり知られたくないそうなんです。だから、落ち着いて聞いてください」 「あ、ああ」 「家族が増えるんです」 「へ?」  ジェドの口から聞いたことのないほど間抜けな声が漏れた。 「家族が?」 「セレナは妊娠しているんです。でも、まだ早くてどうなるかわからないから喜び過ぎないでほしいって」 「セレナが妊娠……」  ジェドは呆然と呟いた。小さな妹だとばかり思っていたセレナが母親になろうとしている。ジェドは突然立ち上がる。 「遠乗りに行ってくる」 「え、あ、はい」  ジェドは気が動転しているのか、クラバットを投げ捨てる。 「ジェド! このことをヴェルデ少佐はまだ知らないんです!」  大股で歩き去って行く背中に声をかけるとすぐに戻ってきた。 「ヴェルデが知らない?」 「はい、最初に話したかったのに、帰って来てないから話せてないって」 「連れてくる」  ジェドはさっき投げ捨てたクラバットを結びなおして去って行った。あの冷静で寡黙なジェドが完全に落ち着きを失っていた。まだ勤務中のはずのヴェルデをどうやって連れてくるつもりなのだろう。一抹の不安があったが休んでいるセレナの邪魔にならなければ問題ないとも思う。それに、ヴェルデは家庭を省みなすぎるのだ。ここ一か月顔も見ていない。今回のことで反省してくれるといいとルミエールは思う。 「るみえ、じぇー?」  ロゼは不思議そうにルミエールを見上げる。 「とってもいいことがあったから、ジェドはちょっと喜び過ぎてるだけだよ」 「せれな?」 「セレナも大丈夫だよ。ロゼは僕とずっと一緒だよ」 「いしょ!」  にぱっと笑ったロゼは小さな手でルミエールの頬に触れる。愛しいものが増える。それはいいこと。そのはずだ。  ルミエールがロゼと談話室で遊んでいると一時間ほどして、ジェドが帰ってきた。早さからして馬車ではなく馬で行ったのだろう。有無を言わさず連れてきたのか帯刀したままでぐったりしたヴェルデが脇に抱えられていた。ヴェルデはジェドより小柄とはいっても軍人ゆえに体格はいい。なのにそのヴェルデを当たり前に小脇に抱えているジェドが少し怖いと思ってしまったのをルミエールは否定できない。 「だから、ジェド! 黙ってないで何とか言ってください! 一週間帰らなかったのを怒っているなら謝りますから!」  ルミエールは同情の視線をヴェルデに投げる。自業自得と笑うにはあまりの状況だ。ジェドはそのままセレナの部屋にヴェルデを運んでいき、放り込んだようだった。セレナの驚いた声が聞こえた。純粋な兄心から出た行いなのはわかっていても少しでなく強引と言わざるを得ない。 「じぇー、ぷんぷん?」  ロゼに不安そうに見上げられてルミエールは苦笑いをこぼす。普段は穏やかなジェドが荒っぽいことをしていたのを見て怯えてしまったらしい。 「怒ってるわけじゃないよ。ジェドはちょっと、その、うれし過ぎてるんだ」 「うれし?」 「そうだよ」 「るみえ?」 「ぼくもうれしい。セレナも、たぶんヴェルデ少佐もうれしい」 「みんな、うれし。ろぜもうれし」  ロゼはふわと笑って、くるくると回った。きらきら、きらきらと光の粒が舞い散った。 「きらきら、うれしの、きらきら」  喜びを目に見えるように振りまくロゼがルミエールにはひどく眩しく見えた。遠巻きに見ていたジェドが不意とそばに来てロゼを抱き上げる。 「俺は幸せだ」  ジェドにキスをされて、ロゼはきゃたきゃたと笑う。 「お前たちがいて、セレナが妊娠して、家族が増える。いいことばかりだったとは言わないが、ルミエール、お前がうちに来てくれてよかった」  ジェドはどうにか落ち着きを取り戻したらしい。深い青の目が慈しみ深く弧を描く。 「ジェド……」 「ルミエール、ローズの墓に行かないか?」 「はい……」  ローズの墓は温室にある。ローズの望んだ通りに植えた赤いバラは不思議と枯れることもなく、常に一輪の花を咲かせている。ルミエールはよくここに隠れて泣いた。今も寂しくなるとここに来る。だが、ロゼを連れてくるのは初めてだった。 「ここ、なに?」 「ぼくの兄さまのお墓」 「おはか?」 「わからないよね……君のもとになったかもしれない、ぼくの大好きな人が眠っているところ」 「わかる……」  ロゼはルミエールから離れ、バラに手をかざす。 「なにをしているんだ?」  ジェドの低い声にロゼは答えない。ロゼの身体が突然白く光った。ロゼがゆっくりと目を閉じると、蕾だったバラが開き、中からダイヤモンドが現れた。それはローズの目から最後にこぼれ落ちたダイヤモンドだった。確かに棺に入れたはずだ。 「私はいつもそばにいるよ」  ロゼの声のようで違う。少し大人びた落ち着いた声はルミエールだけが知るローズの声だった。 「ルミエール、大好きだよ」  ダイヤモンドはロゼの胸にすうと吸い込まれる。光が消え、ロゼがぱたりと倒れた。 「ロゼ!」  ルミエールが慌てて抱き起すとロゼはすやすやと眠っていた。 「なんだったんでしょう……」 「ローズの言葉が呼び起こされたように聞こえたが……」  ルミエールは目を伏せ、ロゼをやさしく抱きしめる。 「ねぇ、ジェド、ぼく実は寂しかったんです。セレナが結婚して、妊娠して、どんどん遠くなってしまうような気がして……ぼくにはロゼも、あなたもいるのに……」  ジェドはルミエールをやさしく抱きしめる。 「実は俺も少し寂しい。かわいい妹が青二才に取られてしまったような気がしてな」 「一緒ですね」 「ああ……」  少しだけ、気持ちが和らいだ。 「ぼくがこんな気持ちでいるから兄さまが心配してロゼの中に入ったのかな……」 「そうかもしれないな。ローズはお前を深く愛していたから」 「それなのに、ぼく、兄さまのこと、ほとんど知らない……」 「そうなのか?」 「だって、まだ小さかったし、すぐに喋ることができなくなってしまったから……」  ジェドは深いため息を吐く。ローズの手帳を見せるべき時が来たのだろうか。 「ルミエール、あまり気は進まないが、ローズの手帳を読んでみるか?」 「兄さまの手帳? ジェドが贈って最後の日まで使っていた青い手帳ですか?」 「ああ。幼いお前には見せないでほしいと書かれたページも多かったから隠していたが、あれにはローズの思いや、過去が書かれている。読めばローズを知ることができるだろう。だが、傷つくことになるのも確かだ。それでも知ってほしいと書かれたページも多い」  ルミエールはなんと答えたらいいのかわからず目を伏せる。 「答えを急ぐことはない。ルミエール、ゆっくり考えるといい」  ジェドはロゼを抱き上げて去って行った。 「兄さま、ぼくは……」  考えがまとまりそうにない。真紅のバラがやさしく揺れる。     日々は変わらず穏やかに、ゆっくりと過ぎていく。悪阻がひどいのか、セレナは姿を見せない日の方が多い。ルミエールも気を使ってロゼがうるさくしてしまわないように、一番奥の中庭で遊ぶことが増えた。  ルミエールはローズの手帳を読むかどうか決めかねていた。そんなある日、セレナが奥の中庭にやって来た。 「セレナ、歩き回って大丈夫なの?」 「寝てばかりいたら余計に具合が悪くなっちゃう。それに今日はなんだか調子がいいの。悪阻もそろそろ終わるのかもしれないわ」 「それはよかった」  ゆったりとしたドレスを着たセレナは幸せそうに笑って、ルミエールの隣に座る。 「ロゼは相変わらず?」 「うん。毎日元気で困るくらい。今もかくれんぼしてたところ。でも、丸見え」  ルミエールが指さす先でロゼがうずくまっていた。 「あれで隠れているつもりなの?」  セレナはくすくす笑う。ロゼの頭は隠れているが、お尻が完全に見えている。 「うん。ロゼはぼくが見えなければ隠れたつもりになれるみたい。でも、たぶん、もう寝てるよ」 「そうなの?」 「見てて、もうすぐころんってするよ」  言われた通りに見ているとロゼがころりと転がった。 「いつもこれくらいの時間になると寝ちゃうんだ。意地っ張りだからぎりぎりまで遊んでるけどね」 「そうなのね。かわいい」  ルミエールはロゼを抱き上げて戻ってくる。 「ロゼはいつもお日様の香りがするんだ。そう言えば、兄さまは菫の香りがした……」  セレナは少し哀しそうに笑う。 「あれはお兄様のコロンよ。ローズは鎮痛剤飲むようになってから体臭が気になるって言い出してね。そんなのわからないって言ったんだけど、死の匂いがするって怯えていたの。だから、お兄様がいつも使っているコロンを使わせていたのよ」 「だから兄さまとジェドは同じ香りがするの?」 「そうよ。ローズは書庫にばかりいたからお日様の香りがしたことはなかったでしょうしね」 「そうだね……」  ローズが本を読んでいる横顔が好きだった。本の世界に没頭するローズはいつもの少し哀しそうな顔ではなく、幸せそうに穏やかに微笑んでいた。 「ねぇ、ルミエール、私あなたが大好きよ。私ね、お兄様から聞いたの。あなたがローズのことを知りたがっているって……」 「セレナが大変なときに心配させてごめんね」 「いいのよ。心配くらいさせてちょうだい」  セレナはルミエールの頭をやさしく撫でる。 「いつかあなたがそう思うようになるってローズは知っていたみたい。私に、というかあの手帳にだけど、託されたものがあるの。あの手帳にはまだあなたに読ませたくないことも書いてある。だから、私の言葉でローズに託された言葉を伝えたいの。聞いてくれる?」 「うん……でも、ここは冷えるからあたたかい部屋に移動してからにしよ? 赤ちゃんによくないよ」 「そうね」  セレナはゆっくりと立ち上がる。 「あなたのお部屋でいいかしら?」 「うん。寝かせてあげたいし」  眠っているロゼはずっしりと重い。セレナはロゼの頬をそっと撫でて歩き出す。その後姿がずいぶんとまろくなった気がしてルミエールはふと笑う。もしかしたら、お腹もそろそろ大きくなってきているのかもしれない。 「ねぇ、セレナ、あとでお腹に触らせてもらってもいい?」 「いいけど、まだ全然わからないわよ?」 「それでも触れてみたいんだ。赤ちゃんがいるところに」 「そう。あなたの弟か、妹みたいなものになるのかしら?」  やさしい目で見られてルミエールは小首を傾げる。 「どうかなぁ。セレナのことは姉のように思ってるけど、ジェドには養子にならないかって言われたこともあるから従弟の方が近いんじゃない?」 「お兄様、そんなこと言ったの?」 「あれ? 知らなかったの? 本気じゃなさそうだったけど、セレナが結婚してから寂しいんだって」  セレナは大きなため息を吐く。 「まったく、寂しいならお兄様も恋人を見つければいいのに!」 「ジェドのそういう姿想像できる?」 「残念ながらできないわね」  セレナはもう一度ため息を吐いてルミエールを撫でる。 「いつか巣立っていくあなたを縛っちゃいけないってお兄様もわかってはいるのよ。ごめんなさいね」 「気にしないで。ぼくはジェドが好きだし、本当に望まれるなら養子になってもいいと思ってる。両親は見つからなかったしね」 「そう……」  ルミエールの両親はいくら探しても見つけられなかった。外国から連れて来られた可能性もあるという。そうなると本当に探しようがない。まだ幼かったから言葉の順応も早かっただろうとヴェルデがため息交じりに語っていた。 「ねぇ、両親に会いたい?」 「顔も覚えてないから何とも……兄さまには無性に会いたくなるけどね」 「そう……」  セレナにドアを開けてもらい、ルミエールは中に入ってロゼをベッドに寝かせる。 「これ使って」 「ありがとう」  セレナはソファに座って、ルミエールに渡されたひざ掛けをかける。 「ルミエール、ローズが人じゃないのはわかっていたのよね?」 「うん。兄さまは隠そうとしてたみたいだけど、涙が宝石に変わったり、胸にルビーがあったり、普通じゃなかったもの」 「そうよね……」  セレナはふとため息を吐いて、ゆっくりと口を開く。 「ローズは宝石から魔法で作られた無垢なる存在だったそうよ。人ではなかったローズだけど、あなたに出会えて、ローズと呼ばれて幸せだったって、あなたと出会えたから人になれたって伝えてほしいって綴っていたわ。確かにローズの命は儚かった。その日々は辛く苦しいことばかりだったかもしれない。あなたと出会う前のローズは死にたいとばかり考えていたそうよ。でもね、あなたと出会ったから生きたいと思えたんですって。ローズの過去がどんなものでもあなたとローズの絆はかけがえのないもので、特別なもの。その絆がロゼを生み出したんだわ……」  ルミエールは泣きそうな顔で笑う。 「ねぇ、セレナ、ぼくはわがままで、寂しがり屋なんだ。こんなにみんなに愛されて、大事にされて、兄さまとは違う存在としてだけどロゼが生まれてきてくれたのに、どうしようもなく寂しいんだ。兄さまに、会いたい……」  涙がポロリとこぼれ落ちる。 「ぼく、ロゼの兄としてしっかりしなきゃって思うほど、足元がぐらぐらして怖くなるんだ。セレナも赤ちゃんができて大変なときだから我慢しなきゃって思って……セレナ、少しだけ甘えてもいいかな?」 「いいわよ」  セレナは両手を広げてルミエールを抱き止める。 「あなた、いい子過ぎるのよ。確かに体調が悪い日が続いてお部屋にこもってばかりいたけど、あなたの話を聞いてあげることくらいできるわ。最近ヴェルデもちゃんと帰って来てくれるから、あの人に甘えてもいいし、お兄様なら思いっきり困らせてもいいのよ?」 「うん……でも、今はセレナに甘えたいんだ。赤ちゃんが生まれたら甘えられなくなっちゃうから……」 「そうね……この子が生まれたら私も初めてのことで手一杯になってあなたまで気を回せないかもしれない。あなたに頼ってしまうかもしれない。でもね、ルミエール、私があなたを大好きなことは変わらないわ」 「うん……ぼくも大好き……」  やさしく抱きしめられてルミエールは心が穏やかになるのを感じた。セレナは変わってなどいない。ルミエールが勝手に寂しがって遠ざかってしまっていただけだ。 「お腹、触ってみてもいい?」 「いいわよ」  セレナに導かれてお腹に触れる。心なしかふっくりしたそこは不思議とあたたかい。 「ここに二人の赤ちゃんがいるんだね……」 「ええ……」 「すごく不思議……」 「そうね。私もまだあんまり実感がないの」 「そうなの?」 「そうよ。だってまだ熱が出たり、吐き気がしたり、散々なだけだもの。でもこれが、この子に会うためならがんばらなきゃって思う。愛するヴェルデと私の子だから必ず産んであげなきゃって。きっとあなたのお母様もそう思ったはずよ」  ルミエールは複雑な気持ちを抱いた。 「そう、なのかな……」  顔もぬくもりも覚えていない母。母は今も自分を探しているのだろうか。死んだものとして諦めたのだろうか。左右の目の色が違うと気味悪がられ捨てられたのだとしたら。ルミエールは真実を知るのが怖かった。 「愛する子だったから(ルミエール)って名前を付けたんじゃないかしら?」 「そうだったらいいな……」  少し寂しそうにしたルミエールは無理矢理笑って見せる。 「ぼくもう大丈夫だよ」 「そう?」  少し気がかりではあるが、今はこれ以上話してくれなそうだ。 「ぼくも赤ちゃんに会うのが楽しみだな」 「そう言ってくれてうれしいわ。ルミエール」 「セレナ、大好きだよ」  セレナはふと微笑んでルミエールをぎゅっと抱きしめる。 「私もだぁい好きよ」  セレナからは甘く、やさしい香りがした。

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