宝石の子

読了目安時間:17分

エピソード:5 / 24

ローズの秘密

 冷たかった風がゆるみ、殺風景だった庭に花が咲き始めた。広葉樹にも葉が芽吹き、鳥たちが帰ってきた。広大な庭園の中に建つ大きな邸宅に時折笑い声が響く。先代の当主夫妻が逝ってから静かになってしまっていたシュトラール家に数年ぶりに華やぎが戻ってきた。ルミエールが高い声で楽しそうにかわいらしく笑うから、セレナもつられて笑う。ジェドとローズはただ静かに微笑むだけだが、屋敷の空気がやわらかくなったのは確かだった。  最初のうちこそ、警戒の解けないローズの作る壁がジェドとセレナをはねつけてしまうこともあったが、ルミエールがうまく繋ぎ、ゆっくりと打ち解けてきた。ローズの微笑みが自然になってきたのは気のせいではない。  そんなある日、二人はジェドの書斎に呼ばれた。ジェドはローズに万年筆と手帳を、ルミエールに色鉛筆とスケッチブックをプレゼントした。飛び跳ねて喜ぶルミエールのスケッチブックの表紙にローズが名前を書いた。 「なんて書いたの?」  ローズはやさしく微笑んで、ルミエールの胸を指でとんと叩く。 「ぼくの名前?」  ローズがこくりと頷くとルミエールはうれしそうに笑って文字をなぞる。 「ぼくの名前……ル、ミ、エー、ル」 「そうだ、ルミエール」  ジェドはルミエールを抱き上げ、膝に座らせて机に向かう。ルミエールのふくふくした小さな手に大きく武骨な手を重ねてスケッチブックの一ページ目に名前を綴る。 「そろそろ文字を覚えてみないか? たくさん文字を覚えればローズとも話ができる」 「覚える! 兄さまとお話しする!」  その言葉にローズはうれしそうに微笑み、横からスケッチブックにさらさらと文字を書いた。 「なんて書いたの?」  ローズは口元で指を立てる。ジェドはふと笑って、ルミエールのふわふわとした髪をくしゃりと撫でた。 「勉強して読めるようになってほしいそうだ」 「わかった。ぼくがんばるね! 兄さま」  ローズはやさしく微笑んでルミエールの頬を撫でる。 「ローズは手帳と万年筆を気に入ってくれたか?」  ローズは胸元にぎゅっと抱きしめていた青い手帳を開く。 『ジェド、お心遣い感謝します。とてもうれしいです。私はこれまで自分の持ち物を持ったことがありませんでした。あなたが下さったこの手帳と万年筆が初めての私の持ち物です。大切に使わせていただきます』  ローズは少し恥ずかしそうに、うれしそうに笑って見せた。どこか作り物のようだったその顔が少し幼くかわいらしく見えた。 「喜んでもらえたようでうれしい」  ジェドはローズの頭をそっと撫でる。これまで身体を強張らせてばかりいたローズがうれしそうにジェドを見上げた。思わぬことに驚いたが、気取られたらローズはまた遠ざかってしまう。ジェドはもう少し撫でてやりたい気持ちを抑えて、すぐに手を引く。やっとここまで来たのだ。焦る必要はない。 「やっぱりここにいた。楽しそうね」  セレナが菓子を片手にやって来た。ドアを閉めていなかったからすぐに気付いたのだろう。 「おやつよ。クッキーを焼いてきたの。ローズにはショコラよ」  ルミエールはジェドに下ろしてもらい、セレナにぱたぱたと駆け寄る。 「セレナのクッキーおいしいから大好き」 「ルミエール、せっかちさんにはあげないわよ。お手々洗ってらっしゃい」  ルミエールは元気に返事をして、ローズの手を引き去って行った。 「やっぱりローズは一人じゃ歩けないままなのかしら……」  セレナは少し哀しそうに呟いて、クッキーとショコラをローテーブルに置く。 「まだダメらしい。一人で歩きたいという気持ちはあるらしいのだが、一人では恐怖で身体が動かなくなってしまう。だが、ルミエール以外とでも歩けるようになった。大きな進歩だ。ゆっくり待ってやろう」 「そうね……」  セレナは小さくため息を吐く。ルミエールが抱える問題はほとんどなかったが、ローズの抱える問題は大きく難しいものが多かった。その身体が抱える問題に加え、心の問題がかなり大きい。ローズはシルク・フリークにいた間、手足に枷をつけられ、檻に入れられていた。歩くことを禁じられ、少しでも歩くとひどい暴力を受けたのだという。それがローズに歩くことを恐れさせた。ルミエールに手を引かれていればその恐怖がわずかに和らぎ、歩けるが、手を離すと途端に動けなくなってしまう。それでも、一歩であればどうにか進めるのだが、二歩目がどうしても出なかった。近頃、心を開き始めたからか、ジェドやセレナとでも歩けるようになったが、少しぎこちない。食事に気をつけた成果で石膏のように白かった頬にも色が差し、足元もしっかりしてきたのにまだまだ道のりは長そうだ。 「ねぇ、お兄様、ローズの好物って何か知っている?」 「知らないが?」 「やっぱりそうよね。あの子、ルミエールのことならなんでも教えてくれるのに、自分のことはほとんど教えてくれないのよ。あの子の好きなものも用意してあげたいのに」  問い詰めるとローズは怯えてしまうため、聞きたいことにお茶を濁した返答をされてもセレナでさえ聞けずにいた。 「今日なら、答えてくれるかもしれないから聞いてみたらどうだ?」 「そうなの?」 「頭を撫でても嫌がらなかった」 「大進歩ね……」 「ああ、かなりかわいかった」  ジェドが珍しくやさしい顔で笑う。 「ねぇ、ここのところずっと思っていたけど、お兄様って子ども好きなの?」  セレナの胡乱げな視線にジェドは何も言わずに目をそらす。 「あやしい……」 「早くヴェルデと結婚して、俺に甥か、姪を抱かせてくれ」 「もう! 誤魔化さないでちょうだい! 早く結婚できるかどうかはヴェルデ次第だわ!」  その時、ルミエールとローズが戻ってきて、二人は会話をやめる。 「なんのお話ししてたの?」  ルミエールの無邪気な問いにセレナは曖昧に笑う。 「ローズの好物はなにかってお話よ」 「兄さまの?」 「ええ」  ルミエールはソファに座ってクッキーに手を伸ばした。 「ぼくも知らない」 「あら、そうなの? ローズ、教えてくれる?」  ルミエールの隣に座ってショコラに手を伸ばそうとしていたローズが困ったように笑う。 「嫌じゃなければ教えてほしい」  ローズは少しためらってから手帳を開いた。 『悲しませるのではないかと思って隠していましたが、私には味覚がないのです。何を食べても一緒で、わからないから好き嫌いもありません。でも、香りや見た目で何を食べているかはわかっています。セレナの作ってくれるお菓子は目にも楽しく、とても香りがいいです』  セレナは複雑な気持ちになりながらやさしく微笑む。 「そうだったのね。教えてくれてありがとう、ローズ」 『隠していてごめんなさい』 「気にすることはない。お前のせいではないのだから。原因がわかれば治療できるかもしれない。味覚がないのは元からなのか?」  ローズはうれしそうにクッキーを食べているルミエールに一瞬視線を投げ、また文字を綴り始めた。 『ルミエールには絶対に知られないようにしていただきたいのですが、ルミエールを守るために私はあの男と取引をしました。私は何かを失う時に流す涙が希少なものに変わるのです。だから、声とルミエールを交換しました。薬品を飲んだのですが、その時に舌も焼けてしまったようで味覚が無くなりました。治療は不可能だと思います』  セレナは唇を噛み、ジェドは目を伏せる。想像を絶することに言葉が出ない。ローズはオパールのようにきらめく目を伏せて、ショコラを口に運ぶ。宝石だった歯を抜かれ、ルミエールを守るために声を失くし、鞭を打たれたローズ。そのローズが穏やかにそこに座っているだけでも奇跡のように思えた。あまりに重い運命に気が狂ってしまっていてもおかしくはなかっただろうに、ルミエールのためにとローズは穏やかで、やさしい少年のままそこにいる。 「どうしたの?」  ルミエールの声に二人ははっと顔を上げる。 「ああ、なんでもないのよ、ルミエール。クッキーはおいしい?」 「うん!」 「それはよかった」  二人が楽しそうに話しているのを聞きながら、ジェドはローズの手帳に文字を綴った。 『好きな香りを教えてほしい』  ローズは少し驚いた顔でジェドを見たが、ふと笑って文字を綴る。 『お菓子の香りも好きですが、ジェドのコロンの香りも好きです。菫ですか?』 『正解』 「なにお話してるの?」  ルミエールに問われて、ジェドはふと笑う。 「好きな香りの話だ」 「お兄様は普通に話せばいいじゃない」 「たまにはいいだろう?」  目くばせをされてローズは小さく笑って頷く。 「あら、じゃあ、私も筆談しようかしら」 「みんなずるい!」  ルミエールが頬を膨らませたのを見て、ジェドとセレナはくすくすと笑う。 「早く文字を覚えなきゃね」 「覚える! ぼくも兄さまと文字でお話しする」  ローズはやさしく微笑んでルミエールの金の髪を撫でる。 『楽しみに待っていると伝えてください』 「ローズも楽しみに待っているって」 「待っててね!」  ローズはゆっくりと頷いたが、不意に胸を押さえた。 「ローズ?」  ローズはそのまま苦しそうにうずくまる。途切れ途切れの息が漏れ、顔から血の気が引いていく。ルミエールがさ迷ったローズの手を握る。 「兄さま、お胸痛いの?」  ローズが頷くと、ルミエールはローズの胸のルビーをあらわにした。いつもより強く輝いて見えるのは気のせいだろうか。 「兄さま、ぼくはここにいるよ」  ルミエールはやさしく囁きながらルビーに触れる。ローズの呼吸がわずかに穏やかになった。それに意味があるのだろうか。二人はなにもできずに見守ることしかできない。 「大丈夫、大丈夫だよ……」  ローズの呼吸は落ち着き始め、蒼白な顔にもわずかに血の気が戻る。 「兄さま」  ルミエールの声にローズはやさしく微笑んだ。痛みが引いたのだろうか。ローズは乱れた服を整え、髪を直す。その頬はまだ蒼白い。 『見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした。もう大丈夫です』 「隠す必要はない。ローズ、痛むのは胸のルビーなのか?」  ローズの表情がふっと消える。 『今はまだ答えたくありません』  ローズはルミエールに眠りたいとジェスチャーで伝えた。ルミエールは何も言わずにローズを連れて去って行った。  ジェドは深いため息を吐き、クラバットをゆるめる。今日はずいぶんと歩み寄れたからと踏み込み過ぎたかもしれない。だが、あれほど苦しそうにしていたのを放っておけるはずもない。 「まだまだ隠し事は多そうね……」 「ああ。だが、『今はまだ』と書いていた。これからも待つほかない」 「そうね」  セレナはふと息を吐いて伸びをする。 「お兄様ほどじゃないけど、私も気は長いんだから」  ジェドはふと笑って、セレナの栗色の髪をくしゃりと撫でる。 「そうだな。ちゃんと待っているしな。ヴェルデが中尉に昇格しそうらしい」 「なんで知っているのよ!」  セレナは顔を真っ赤にする。三日ほど前に手紙で知らせがあったが、まだ内定で公にはなっていないはずだ。 「軍にコネがないわけではないし、俺はこれでもこの国有数の大貴族シュトラール侯爵なんだがな?」  その言葉にセレナはぐっと言葉に詰まる。ジェドは人づきあいが苦手だが、相応にこなしている。かわいい妹のためにかつての人脈を使って情報収集もしているのだろう。 「お兄様には敵わないわね」 「少しくらい頼られたいものだな」 「頼りにしているわ。お兄様」  ジェドはセレナの肩をやさしく抱いて机に向かう。菫の香りがかすかに鼻先をかすめて行った。  ルミエールは文字を覚えると決めて以来、毎日のようにローズの手を引いてジェドの書斎を訪れた。ジェドが忙しい日はセレナや、執事が教えていたが、基本的にはジェドが教えている。ルミエールが文字を習っている間、ローズはジェドの蔵書を読むようになった。相変わらず一人で歩くことができず、ジェドの広い書庫で一度座らされた場所から手に取れる本を赴くままに読んでいるようだった。時折、這って移動し、少し離れたところの本を読んでいることもあったが、こだわりはないらしい。ジェドの蔵書は大人向けの学術書しかないがちゃんと理解しているようだった。わからない箇所を稀に聞いてくることはあったが、手帳に要点をまとめているところからも、本の内容を完璧に理解していることは明らかだった。そんな聡明なローズに家庭教師をつけてやりたいとジェドは思ったが、秘密を守ること、ローズの精神面を考慮すると厳しいものがあり、ローズの師はもっぱらジェドの蔵書だった。 「ローズ」  名前を呼ばれてローズはふと顔を上げる。近頃ではほとんど怯えなくなり、表情がやわらかくなった。 「お前にこれを預けよう」  ジェドはローズに小さな鍵を渡す。ローズは少し不思議そうに小首を傾げた。 「書庫の鍵だ。これからは俺がいなくても勝手に入って本を読んでいい。書斎からではなく、廊下からも入れる」  ローズはひどくうれしそうに微笑んでぺこりと頭を下げ、本を手帳に持ち替える。 『ジェド、ありがとうございます。とてもうれしいです』 「そんなに喜んでくれて俺もうれしい」 「なんのお話?」  書斎で一生懸命文字を書き写していたルミエールがぱたぱたとそばに来た。 「ここの鍵をローズに預けたんだ。ルミエールもここにある本を読めるようになるといいな」 「必ずなるよ」 「そうだな」  ジェドはルミエールの頭をやさしく撫でてやる。ルミエールは特別聡明なわけではなさそうだが、努力ができる。毎日一生懸命がんばっているルミエールは簡単な単語なら読めるようになってきていた。 「ああ、そうだ、ルミエールにはこれをやろう」  ジェドは本棚の上に置かれた箱を下ろし、ほこりを払ってふたを開ける。中にはきれいな装丁の大きな本が入っていた。 「これなあに?」 「絵本だ。これならルミエールにも読めるだろう」  ジェドは絵本を箱から取り出し、ゆっくりと開く。楽しげな絵に簡単な文章が添えられている。 「俺や、セレナが小さいころによく読んだものだ。何冊かあるから、好きに読むといい」  ルミエールは指でゆっくりと文字をなぞる。 「む、か、し、む、か、し……」  少しだけ読んでルミエールはうれしそうに顔を上げる。 「ぼくにも読めるよ!」  ジェドはやさしくルミエールの頭を撫でる。少しずつ、少しずつ広がっていく子どもたちの世界を眩しく感じてジェドは自らの歳を思う。まだ二十七なのに少し老成しすぎていたかもしれない。近衛兵だったころはあれほど情熱を燃やして色々なことに励んでいたのに、近頃では領地の見回り以外では馬に乗っていない。ジェドは軽く伸びをして立ち上がる。 「ローズ、ルミエール、遠乗りに行かないか?」 「とおのり?」 「馬で少し遠くまで行く」 「行きたい!」  ルミエールはうれしそうに立ち上がったが、ローズは困ったように手帳を開いた。 『二人で行ってきてください。私は激しい運動ができないんです』 「そうなのか?」  乗馬は見た目以上に体力を使う。無理はさせられない。 『心臓が弱いんです。普通に暮らす分には問題ありませんが、乗馬は無理だと思います』 「そうか……部屋に戻っているか?」 『ここにいます』 「わかった。セレナにお前はここだと伝えておこう」 『ありがとうございます。楽しんできてください』 「ああ。ルミエール、行こう」 「兄さまは?」 「ここで待っているそうだ」  ルミエールはローズの頬に口づけをする。 「兄さま、ちゃんと待っていてね」  ローズはゆっくりと頷き、ルミエールの手を軽く握る。ルミエールはほっとしたように微笑んでジェドと手を繋ぐ。 「行ってくるね!」  ローズはゆっくりと手を振った。二人が去って行くのを見送ってローズは深いため息を吐いて横たわる。少し息が苦しい。いつも気取られないようにしていたが、徐々に隠しきれないほど胸が痛むことが増えている。せっかく平穏に暮らせる場所を得たというのにあんまりだと思う。ローズは浅く早い呼吸を繰り返しながら、うずくまる。この不完全な身体が呪わしい。  セレナはいつものように厨房にこもって菓子を作っていた。華やかなドレスは邪魔だとシンプルなドレスを好むせいで、料理長どころか召使いたちにも心配されているが、改める気はない。近頃、ルミエールが手伝ってくれることもよくあったが、今日はジェドと遠乗りに行ってしまったから、夕方まで帰らないだろう。ジェドが遠乗りに行くのは数年ぶりのことだとセレナは不意と思い至る。  ジェドはいつからあんなに引きこもってばかりいるようになってしまったのだろうと考えて、ふとため息を吐く。両親が事故で逝き、シュトラール家の当主になるため近衛隊を退役してからだ。家を守るためとはいえ、物静かだが、身体を動かすことの方が好きなジェドが机に向かい、社交界でやっていくのはあまり向いていないのかもしれない。王宮にもほとんど行かないのはそのせいだろうか。  ジェドがこの家を守ろうとするのは自分の存在もあるからだというのはセレナもわかってはいた。両親が逝ったとき、セレナはまだ幼く、毎日泣き暮らしていた。すでに成人し、近衛隊で相応の地位を築いていたジェド一人であったなら、近衛兵と侯爵とを両立する道を選んだかもしれない。だが、ジェドはまだ幼かったセレナのそばにいるために侯爵としてのみ生きることを選んだ。それに関してはっきり聞いたことはないが、時折ひどく遠い目をすることがあるのが気にかかっていた。ローズとルミエールを引き取ってからはそんな雰囲気はすっかり影を潜めているが、急に遠乗りに行ったのはどうしてだろう。ただ、ルミエールを馬に乗せてやろうと思っただけなのだろうか。  セレナはふとため息を吐いてプリンにクリームを絞る。考えても答えが出るはずもない。 「お兄様って隠し事が上手いのよねぇ……」  セレナはもう一度ため息を吐いてエプロンを取る。召使いにプリンを温室に運ぶよう伝えて、ジェドの書庫に向かう。今日のティータイムは二人きりだ。いつもと違うことをするのも楽しいだろう。温室にはちょうどバラが満開に咲いている。 「ローズ、いるかしら?」  セレナは声をかけながら書庫に入る。突然近付くと驚かせてしまうため、返事がないとわかっていても声をかけながら近づくことにしている。ジェドの書庫は背の高い本棚がほとんどで、少し入り組んでいる。ソファかクッションが置かれている辺りにいるはずと見当をつけてセレナはゆっくりと歩く。その時、なにかを叩く音がした。ローズが居場所を教えてくれているらしい。コツコツ、コツコツ、セレナは音にゆっくりと近づいていく。三つ目の本棚を通り過ぎるとローズの長い白髪が見えた。少し様子がおかしい。慌てて近付くと横たわったローズの周りには本と一緒にたくさんの宝石が散らばっていた。いつもより量が多い。泣いていたのだろうか。ローズは苦しそうに息をしながらセレナを見上げた。 「ローズ、苦しいの?」  ローズの目からぽろりと宝石が転がり落ちる。 「どこか痛いの? 胸?」  ローズはゆっくりと頭を振って手帳を開く。 『まだ大丈夫です。心配させてごめんなさい』 「心配くらいさせてちょうだい。ねぇ、ローズ、二人だけの秘密にするから苦しいならちゃんと教えてほしいの。お願い」  ローズは悲しそうに目を伏せ、身体を起こす。 『本当に何でもないのです。昔のことを思い出して少し悲しくなってしまっただけです。呼びに来てくださったのですよね?』 「ええ……今日は二人だけだから温室でお茶にしようと思って……」 『うれしいです』  ローズは本を片付け、散らばった宝石を拾い集める。セレナは複雑な気持ちになりながら宝石を拾うのを手伝った。毎日ローズの目からこぼれ落ちる宝石はセレナが種類ごとに分けて保管しているが、かなりの量になってきた。それを金に換えれば、たとえここを出てもローズとルミエールは十分に暮らしていけるだろう。ローズにはここで暮らさせてもらっている礼代わりに受け取ってほしいと言われたが、セレナはすべて保管していた。いつか彼らの役に立つ日が来るかもしれない。すべて拾い集めてハンカチに包む。 「行きましょうか」  ローズはこくりと頷いて、セレナの手を取る。ローズの手がいつもより熱い。なにかを隠しているのは明白だ。だが、これ以上問うてもローズが教えてくれるとは思えない。ローズの身体が丈夫でないのは明白で、そのことを隠しているのはわかっていたが、それ以上のことはわからなかった。  その日のティータイムの間、ローズはいつもより上機嫌に振舞っていた。後ろめたく思っているのか、なにかを隠そうとしているのかはわからない。ローズを部屋に送り届け、セレナは深いため息を吐く。わからないことばかりだ。ヴェルデに無性に会いたくなったが、相変わらずほとんど顔を出さない。意地など張らずに会いたいと手紙に書けば来てくれるのだろうか。   

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