宝石の子

読了目安時間:19分

エピソード:14 / 24

進路

 外の世界はめまぐるしく変わっていくが、シュトラール家の中は何も変わらないまま月日が流れた。ルミエールは進学試験を半年後に控え、一つの大きな決断をした。相変わらず成長しないままのロゼが受け入れてくれないかもしれないが、ジェドの望むように自らの道を選ぶことにした。ルミエールはジェドの青い目を真っすぐに見つめる。 「ジェド、僕決めました。士官学校に行きます。首席合格で奨学金をもらおうと考えています」 「簡単ではないが決めたんだな?」 「はい」  力強く答えたルミエールを見てジェドはふと笑う。いい顔をしている。 「あなたに甘えてばかりいられません。治安維持部隊に士官として入隊し、シルク・フリークの摘発に尽力したいのです。僕のように両親から引き離される子や、兄さまのように虐待される子がいない明日を、ロゼが誘拐に怯えずに外で遊び回れる明日を作りたいんです」  ジェドはルミエールの真っすぐな目を見つめる。ジェドも士官学校出だ。貴族であればそう難しい道ではないし、ジェドは体格に恵まれていたから苦労はほとんどしなかった。だが、ルミエールは違う。身長はかなり伸びたが、がっしりしている方ではないし、出自もわからない。髪の色は珍しい金で、金と紫のオッドアイ。いくらジェドの後ろ盾があっても新入生いびりの恰好の的にされるのは間違いない。エスポワール伯爵家の養子だったヴェルデでさえ、元が孤児でオッドアイだったこともあり、苦労したと聞いている。  そうやっていじめられて追い出される平民の同級生を誰も助けなかった。それが当たり前で、跳ねのける強さがないのが悪い。そう思わせてしまう空気があった。それはおそらく変わっていないだろう。以前、相談されたとき、そのことはしっかりと言い聞かせた。それでも行きたいというのだから覚悟を決めてきたのだろう。真っすぐな目は少しもぶれない。 「茨の道かもしれないが、決めたのならがんばってみるといい」 「はい!」 「それで、ロゼはどう説得するつもりだ?」  その言葉にルミエールは苦笑いを浮かべる。士官学校は完全寄宿制で例外はない。 「がんばって説得するつもりですが……わかってくれると信じたいです!」  あえて強くされた語気に自信のなさが漏れる。ロゼは言葉こそうまく使えるようになってきたが、まったく成長していない。宝石から生まれた時点で普通ではないのだから、考えるだけ意味はないが不思議で仕方ない。アムールは四歳になり、ロゼよりずっと大きくなった。以前はロゼが年上ぶりたがっていたが、今はアムールがお姉さんぶってロゼの世話を焼いている。 ロゼは心もほとんど成長していないらしく、聞き訳が悪い。特にルミエールと離れなければならないときは説得しきれず、だまし討ちで置いていったこともある。結局帰って来てからが大変だった。ずっとへばりついて離れず、ルミエールが根負けした。誰にもルミエールの長時間不在を誤魔化すことができない。学校に行くのも未だに毎朝泣かれている。ジェドでさえ、絆が深いにしてもあんまりではないかと感じていた。士官学校に行くとなれば二年の間、数カ月単位で帰ってこられない。 「できる限り協力はするがロゼがお前の鞄に入ってついて行くんじゃないかと心配になる」 「ありそうで怖いですね。今日から少しずつ説得します」 「ああ。うまく説得できるといいな」 「はい……」  少し自信なさげに答えたルミエールの肩をジェドは力づけるように軽く叩く。 「それから、わかっているだろうが、首席を取るのは簡単ではない。俺はライバルに負けたくない一心でやっていたが、どうすればいいかくらいの心得はある。勉強はいつでも見てやるからな」 「はい!」  力強く答えたルミエールを見て、ジェドはやさしく笑った。ジェドの目尻に皴が寄るようになったのはいつからだろう。 「ずっと気になっていたんですけど、ジェドのライバルってどなたなんですか? 僕も知っていますか?」 「あー……まぁ、言ってもいいか。ヴェルデの兄のジュールだ。競りに競って最終的には俺が首席で卒業したが、その先が分かれてしまったからな。今も確実に勝っているのは身長だけだ」  そう言ってふと笑ったジェドは少し老けて見えた。ジェドももう四十を過ぎた。ジュールは順調に出世し、人並みに幸せな家庭を築いている。たまにルミエールとそう変わらない年頃の子どもを連れて遊びに来る。アムールとその子は従姉弟同士なのだから当たり前なのだが、時折、ジェドとジュールの視線がぶつかると大人げなく火花が散っていたのはそのせいらしい。 「少し話しすぎたな。俺も歳だ」  ジェドはくすりと笑ってルミエールの頭を撫でる。 「もっと甘えてくれてもいいんだがな?」 「十分甘えさせてもらってますよ。では、そろそろ行かないとロゼがむくれてそうです」 「ああ」  ルミエールは頭を下げて出て行った。 「もうそんな歳になるのか……」  小さく呟いてため息を吐く。ルミエールとローズを引き取った日のことは昨日のことのように覚えているが、思ったよりも年月が経っていた。 「十三年……か……」  色々あったが楽しい日々だった。いずれ巣立っていく日が来ることはわかっていたが寂しい気がしてしまうのはわがままなのだろうか。ジェドは一まとめにした長い黒髪を流す。そろそろ決断するべきなのかもしれない。 「いや!」  ロゼの強烈な拒絶を前にルミエールは早くも心が折れそうだった。 「ロゼ、二度と会えなくなるわけじゃないんだよ。今みたいに一緒にいられなくなるだけで、お休みになれば会えるんだ」 「おやすみどれくらい?」 「ロゼがいい子にしてたらすぐだよ」 「るみえる、すぐっていうのすぐじゃない」  ルミエールは痛いところを突かれて肩を落とす。ロゼは一日離れるのさえひどく長く感じているのだ。だまし討ちで外泊したときのことを未だに根に持っている。ルミエールは深いため息を吐く。誤魔化さずにちゃんと話したらわかってくれるだろうか。説得に長く時間を割いてしまったら、遊ぶ時間も勉強する時間も減ってしまう。 「ロゼ、僕だって君と一緒にいたい。でもね、それだけじゃちゃんとした大人になれないし、僕は士官になってロゼが外の世界でも自由に遊べるようにしたいんだ。わかってくれるかな?」  ロゼは唇を噛んで俯く。理解しようとしてくれているのだろう。 「るみえる、ろぜのことすき?」 「大好きだよ」 「ろぜもるみえるだいすき。るみえる、がんばる。ろぜ、がまんする。うれしい?」 「うれしいよ。我慢してくれる?」  ロゼはこくりと頷いて笑って見せる。 「ろぜ、がまんする」 「ありがとう」 やさしく抱きしめられて、ロゼは少し寂しそうにルミエールを見上げる。 「だいすき」 「僕も大好きだよ。ロゼ」  ロゼはにぱっと笑ってルミエールの膝を出る。 「せれなのとこ、いく」 「一緒に行こうか?」  ロゼはゆっくりと頭を振って出て行った。ルミエールは小さな後姿を見送ってほっと息を吐く。意外にも短時間で説得が終わったのだ。早く勉強に取り掛かろうとルミエールは思う。ロゼの精一杯の強がりに気付けるほどルミエールは大人ではなかった。  ロゼはある程度部屋から離れると走り出した。守られて、無邪気に奔放に暮らしてはいたがロゼにも焦りはあった。なぜ、心も身体も成長できないのかわからない。自分より後に産まれてきたアムールに追い越され、赤ん坊扱いされて初めて、自分が普通ではないのだと思い知らされた。きっと大きくなれば、成長できれば、ちゃんと我慢できるはずなのに。ひたすらに走ってセレナの元に行った。後ろからぶつかられてセレナは驚く。 「まぁ、どうしたの? ロゼ」 「ろぜ、いいこない……」  しゃがんで目を合わせるとロゼの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。 「あらあら、おめめが大洪水だわ」  セレナはハンカチで涙を拭う。だが、涙はあとからあとからあふれてくる。 「るみえる、とおくいく。ろぜ、がまんする、るみえるうれしい、ろぜ、かなしい……」  セレナはロゼを抱き上げて、椅子に座る。 「ルミエールが士官学校に行くことを聞いたのね」  ロゼはこくりと頷く。 「ろぜ、いいこだからがまんするの。でも、さびしい。いいこなりたくない……」  セレナはロゼを抱きしめる。ロゼのそばにはずっとルミエールがいた。アムールと遊び回っていても帰る場所はルミエールの隣だった。 「ねぇ、ロゼ、ルミエールはあなたが誰よりも大好きよ。あなたが離れたくないと思っているのと同じくらい……ううん、倍くらい離れたくないって思っているの。でもね、それじゃあなたを守れない。あなたと離れてもお勉強しなきゃならないの。わかるかしら?」 「わからないの」 「そう、難しいわね」 「そばにいてほしいの……」  ロゼの涙はぽろぽろこぼれ落ちる。ルビーから生まれて五年。幼いままの心では受け入れられないのだろう。ロゼには父も母もなく、ルミエールへの思慕しかない。ちゃんと成長したとしても五歳ではやはり、受け入れられないかもしれない。 「ろぜ、おおきくなる……」  ロゼが不意と異様に静かな声で呟いた。 「え?」  ロゼは胸を押さえてゆっくりと目を閉じる。 「何をしているの?」 「おおきくなるの」  もう一度静かに繰り返したロゼの胸が赤く光る。その光は白くなり、赤くなった。ロゼの身体が光に包み込まれ、浮かび上がる。見る間に光は強さと大きさを増していく。不思議な共鳴音が響く。ロゼの服が光に溶けて消えた。光の中で胎児のように丸くなったロゼが成長していく。脈打つように光が明滅する。生き物のようにあたたかい光の中でロゼの手足が伸び、身体が大きくなっていく。顔つきも幼児のそれではなく、子どものそれへと変貌していく。短かった白髪がばさりと長く伸びた。 「我慢できる……」  ロゼがそう呟くと光がゆっくりと消えていく。最後まで赤く光っていた胸もロゼが床に足をつくと消えた。ロゼはゆっくりと目を開ける。その目はきれいなアメシスト色に染まっていた。 「セレナ、新しい服を用意していただけますか?」  大きくなったロゼは一糸まとわぬ姿だった。 「すぐに用意させるからとりあえずこれで隠してちょうだい!」  セレナはロゼにひざ掛けを押し付け、衣装室に召使いを走らせる。あまりのことになんと言ったらいいのかわからない。相変わらず性別のない身体は真白く細い。十二歳くらいの外見だろうか。ひざ掛けを適当に巻き付けたロゼは長く伸びた癖のない白髪を流す。 「セレナ、私はもう大丈夫です」  その言葉にセレナは目をしばたかせる。突然大きくなり、言葉遣いまで変わってしまったことに理解が追いつかない。その声も幼子の甲高いものではなく、高くも低くもない落ち着いた声だった。 「ああ、ロゼ、意味がわからないわ。ちゃんと説明してくれる? 突然大きくなるなんてどういうことなの?」  ロゼは困ったように笑う。 「必要だと思ったから成長したんです。私はローズのカケラとルミエールの願い、そして魔法の残滓から生まれた存在。不完全な存在なので普通に成長することができませんでした。けれど、ここに、ルビーの心臓に眠っている力を使えば成長することができるのです。だから成長しました。驚かせてごめんなさい」  申し訳なさそうに俯いたロゼは以前と変わらない。 「そうだったの」  セレナはロゼをやさしく抱きしめる。 「もう抱っこしてあげられないわね」 「そう、ですね……ねぇ、セレナ、大好きです」 「私も大好きよ、ロゼ。さ、服を着たらお兄様とルミエールのところに行きましょう。驚くわよ」  召使いが持ってきた服を着るとロゼはどこか浮世離れして見えた。中性的なその顔に男の子の服が合っていないように見えるせいかもしれない。 「とりあえずルミエールのお下がりで男の子の服を用意したけれど、女の子の服を用意した方がよかったのかしら?」  ロゼはその言葉に小首を傾げる。 「確かに私には性別がありません。心の性別がどちらかと問われてもわからないとしか言いようがありませんし、どちらでもかまわない。というのが私の答えになると思います。そもそもローズにも性別がありませんでしたよ」 「男の子じゃなかったの?」 「ローズはルミエールのために選んだのです。見かけ上は男に見えたでしょうし、心も男として生きようとしていました。でも、それは歪を生んでしまう。ローズは気付いていませんでしたが歪は命を削りました。なので、私は歪をできる限り減らして長く在ることを選びました」 「そう……」  ローズはルミエールを守り、そばにいるために命を削ってしまったのだと今さらのように聞かされて切なくなる。 「ドレスもかわいいので着てみたいですね」  ロゼがふと笑いながら言うのを聞いてセレナは暗くなりかけた思考を頭から追い出す。ロゼの細い身体にはドレスもよく似合うだろう。 「今度ね。さ、行きましょう」 「はい」  廊下に出るとちょうどセレナを探して走ってきたアムールがロゼにぶつかった。まったく予期していなかったことにロゼはアムールごと転んで尻餅をつく。 「アムール、廊下を走ってはダメだといつも言っているでしょう?」  セレナはアムールを立たせ、ロゼを助け起こしながら叱る。 「ごめんなさい、お母さま。その方は誰? お客さま?」  不思議そうに問われてロゼは困ったように笑う。 「ロゼです。わからないですか?」 「うそよ。ロゼはわたしより小さい赤ちゃんだもの。それにおめめはそんな色じゃないわ。きらきらきれいなかがやくおめめよ」  ロゼはしゃがんでゆっくりと目を閉じる。 「こうしたら信じてくれますか?」  再び開かれた目はオパールのようにきらめく乳白色で不意と周囲に光の粒が舞い散った。 「ロゼのお兄さま?」 「んーん、私がロゼですよ。アムール」  アムールは信じられないというように口をぽかんと開ける。 「やっぱり信じてもらえないですか?」  ロゼは困ったように小首を傾げる。 「わたしの宝ものは?」 「あなたが生まれた日に私があげたエメラルドをあしらったペンダントです」  信じられないという顔をしていたアムールの表情が変わる。 「わたしのロゼだわ!」  アムールはうれしそうにロゼに抱き付く。 「わかってもらえてうれしいです。アムール」 「なんで急に大きくなってしまったかわからないけど、私の大好きなロゼだもの」  ロゼはアムールを抱き返して立ち上がる。 「アムール、これからルミエールのところに行くのです。一緒に行きましょう」 「よろしくってよ」  言葉遣いがセレナそっくりでロゼは小さく笑う。繋いだ手がまた小さくなった。  自然に振る舞っていたロゼがルミエールの部屋の前に行くと、突然恥ずかしそうにセレナの陰に隠れた。 「どうしたの?」 「やっぱり、急に大きくなるべきじゃなかったかもしれません……」 「今さら何を言っているのよ」  セレナは呆れたように言って、ルミエールの部屋のドアをノックする。 「待ってください、セレナ。心の準備が!」  返答はないが、アムールが当たり前のようにドアを開ける。 「ルミエール、いないわ」 「あら、本当。お兄様のお部屋かしら。心の準備をする時間ができたわよ。よかったわね。ロゼ」  セレナは今にも逃げ出しそうなロゼの手をアムールと一緒に引いて、ジェドの部屋に向かう。 「受け入れてもらえなかったらどうすればいいんでしょう……」  震える細い声は本当に心底怯えているようだった。 「あなたは一から十まで普通じゃないのよ? 急に大きくなったくらいで受け入れられないような度量の狭さじゃ、とっくに放り出しているわよ」 「それもそうですね」  ロゼは諦めて普通に歩き始める。 「ねぇ、セレナ、怒らないで聞いてほしいんですけど、私はさっきも言ったようにローズのカケラがベースになっているだけなんです。ローズのことはある程度知っているし、記憶もあるんですけど、同じ存在ではない。私はこのままあなたたちに愛されていてもいいんでしょうか?」  セレナは突然振り返ってロゼの額をつんと突く。 「いたっ」 「あなたをローズの代わりだなんて思ったことはないわよ。あの子はあなたと違って聞き訳がいいなんてもんじゃなかったし、セレナなんか大嫌いって泣きながら空を飛んで逃げることもなかったわ。確かに最初のうちこそ、あの子が帰ってきたと思った。それは否定しないわ。でもね、ロゼ。あなたはあなたでローズじゃない。それはみんなわかってるの。だから心配しないで。みんなあなたが大好きよ、ロゼ」 「わたしも大好きよ! ロゼ」  アムールにぎゅっと抱きつかれてロゼは不安が消えていくのを感じた。 「大好きです……」  ルミエールが自分を心配せずに士官学校に行けるように大きくなったが、受け入れられないのではないかと不安になった。けれど、これまで散々振り回されてきた彼らが拒絶するわけがなかった。 「さあ、行きましょう」 「はい」  三人は手を繋いで歩く。ジェドの書斎の前まで来ると、ロゼはまた少し不安そうにしたが、セレナにやさしく撫でられて、落ち着きを取り戻した。セレナはジェドの書斎のドアをノックする。 「お兄様、ルミエールも一緒かしら? びっくりすることが起きたのよ」 「びっくりするの!」  ほどなくしてドアを開けたジェドはそのままドアを閉めた。 「俺は少し疲れているのかもしれない……」  その呟きにルミエールが顔を上げる。ジェドは動揺しているらしく、こめかみを押さえながら部屋をうろうろし始めた。 「どうしたんですか?」 「もう! お兄様、閉めないでちょうだい!」  すぐにセレナがぷりぷりしながらドアを開けた。 「幻覚でも、気のせいでもないわよ! ほら、ロゼ、大丈夫だから!」 「大丈夫よ!」  ジェドの反応に落ち込んだのかロゼがドアの陰から出てこない。 「ロゼがどうかしたの?」  セレナとアムールが手をぐいぐい引っ張っているが抵抗にあってうまく引っ張り出せずにいるらしい。気のせいかいつもよりずっと高い位置にロゼの手がある。ルミエールは不思議に思いながらドアの方に向かう。ロゼは引っ込み思案ではないし、二人がかりで引っ張り出せないはずがない。 「ロゼ、入っておい……え?」  ルミエールは思わず目を疑った。ロゼは気まずそうに笑う。 「ロゼだよね?」 「そうよ。ロゼよ。あなたのために大きくなったの」 「まったく驚かせてくれるなぁ、ロゼは」  ルミエールはふと笑って、ロゼの頭をくしゃりと撫でる。 「顔をよく見せて」  ロゼはおずおずと顔を上げる。ルミエールはやさしく微笑んで、ロゼの頬を両手で包み込む。 「兄さまによく似てる。でも、ロゼの方がかわいいかな。あれ? 目がきれいなアメシスト色に染まっているね」 「ルミエールと同じにしたかったんです」 「そっか」  ルミエールはロゼをやさしく抱きしめる。 「大好きだよ」 「私も大好きです」  ゆっくりと瞬きをしたロゼの胸が赤く光り、その目がオパールのようにきらめいた。 「ルミエール、とても大きくなったんだね。幸せそうでうれしいよ」  その静かで落ち着いた声はローズの声だった。 「兄さま?」  儚く微笑んだその顔もローズのものだ。 「私はもう消えてしまうけど、ペタル・ローズをこれからも愛してほしい。ずっとずっと大好きだよ。私のかわいいルミエール」 「僕もずっとずっと大好きだよ! 兄さま!」  ルミエールに抱きしめられて『ローズ』は幸せそうに微笑んでゆっくりと目を閉じる。ロゼの胸から大粒のダイヤモンドが浮かび上がった。ルミエールが受け止めると胸の光がすぅと消えた。それはあのダイヤモンドだった。ロゼはゆっくり目を開ける。その目はアメシスト色に戻っていた。 「ルミエール?」  ルミエールの目から涙がこぼれ落ちていた。ロゼは今起きたことを認識していないらしい。 「ああ、ごめんね。なんでもないよ」  ルミエールは慌てて涙を拭い、ロゼを中に入れる。ジェドは落ち着きを取り戻したのか、机のそばに少し気まずそうに立っていた。 「ジェド、驚かせてごめんなさい。大きくならなきゃいけないって思ったんです」  ジェドは苦笑してロゼの頭をくしゃりと撫でる。 「動揺してしまってすまなかった。成長を喜んでやるべきだったのに」 「いいえ、私が普通に成長できなかったから……」 「普通じゃないのは今に始まった事じゃない」  そう言いながらジェドはロゼの頬に触れて、少し残念そうな顔をする。 「あの、なにか?」 「いや、ほっぺがぷにぷにでなくなってしまったなと……」  その言葉にロゼは思わず笑う。 「よく揉んでましたもんね」 「ロゼや、ルミエールでなければこんなことできないからな。アムールは嫌がるし、二人とも大きくなってしまって少し寂しい」 「まったく、なに言っているのよ、お兄様。そんなに子どもが好きなら結婚して作ればいいじゃない」 「俺は結婚に向いていない。それにルミエールとロゼがいれば十分だ。アムールもいるしな」  ジェドはアムールを抱き上げて栗色のくせ毛を撫でる。 「伯父さま、今日だけはほっぺに触ってもよろしくてよ」 「ははは、同情されてしまったな」  そう言いながらアムールの頬を撫でて幸せそうに笑う。 「俺は一人でいいんだ」  その言葉に偽りはないようだった。ジェドはアムールを下ろすと、何の気なしにロゼを抱き上げる。 「ジェド?」 「ああ、すまん。つい……しかし軽すぎないか?」  小さかった時と重さがまったく変わっていないような気がする。 「見た目を大きくしただけなので重さは変わってないんです。食事や睡眠を取れば見た目通りの重さになれるはずです」 「道理で……」  ジェドは思案するようにロゼを高く持ち上げる。見た目と重さが全然違うせいでひどく不思議な感じがする。思い返せば生まれてきたばかりのころも不釣り合いに軽かった。 「お、下ろしてください!」 「つい……」  ジェドはロゼを下ろす。 「ロゼ、軽いの?」 「今は……って、やめてください! アムール!」  アムールにまで持ち上げられてロゼは顔を赤くする。 「本当! 軽いわ!」 「アムール、下ろしてあげなさい!」  セレナに叱られてアムールはロゼを下ろす。近頃アムールに抱っこされることがあったが、大きくなってもされるとは思わなかった。 「わたしの小さなロゼのままなところがあって、うれしかったのに」  アムールは少し不満そうに唇を尖らせる。ロゼは困ったように笑ってアムールの前にしゃがむ。 「アムール、私は大きくなっただけで何も変わっていませんよ」  ロゼは目を覆ってから手を離す。その目がアムールと同じエメラルドグリーンに変わっていた。 「ね?」  アムールはうれしそうに笑ってロゼに抱き付く。 「大好きよ、ロゼ」 「私も大好きです」  ロゼはアムールをやさしく抱き返して、ゆっくりと立ち上がり、ルミエールを真っすぐに見上げる。 「ルミエール、私はあなたの枷になりたくない。五年間十分に甘えて、愛されて、心が満たされました。だから大きくならなきゃいけないと思って大きくなりました。もう泣いてあなたを困らせたり、駄々をこねたりしません。私は人ではありません。だから、自分の意思でルビーの心臓の力を使って大きくならなければいけませんでした。わかっていたのに説明することができなかったこと申し訳なく思っています。こんな私でもこれからも愛してくれますか?」  ルミエールに何も言わずに抱きしめられてロゼはほっとしたように微笑む。 「ずっとずっと愛してる」 「私も愛しています。ルミエール……」 「俺も愛しているからな」  ルミエールごとジェドに抱きしめられてロゼは幸せそうに笑う。 「あら、私もよ」 「わたしもよ! ロゼ!」  セレナとアムールも加わり、五人はくすくすと笑い出す。こうしているだけでひどく幸せだ。

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