立ってるのもそろそろ辛い。俺がそう主張すると鈴木は白い空間にテーブルセットをどこからともなく出現させた。 俺は鈴木がどうぞ、と言って手を差し伸べたティーカップをソーサーと一緒に取り上げた。うちにもこんなに綺麗なカップはないような気がする。 手触りは滑らかで、注がれた紅茶の水色が映える、美しい白。 それに見入っていた俺は、鈴木に促されるままに紅茶を口に含んだ。 空気と一緒に……つまり、啜った紅茶は思った以上に美味しかった。テーブルを挟んで座っている鈴木がそうだろうそうだろう、と俺の驚きを察したように頷く。 「ダージリンのセカンドフラッシュだ。オレは砂糖もミルクもいらないが、凜には必要だな」 鈴木がまたテーブルの上に手を差し出した。その瞬間、俺の目の前にミルクピッチャーとシュガーポットが現れる。……うん。そんな気はしていたけど、これもティーカップとお揃いの柄のものだった。 そもそも鈴木というのは俺が呼びやすいように、と鈴木が勝手に名乗った名前だ。本名はないらしい。まあ、なくても困らないだろうけど、と思いつつ、俺は慎重にミルクピッチャーに触って確認した。……お見事。ミルクは適温に温められている。 温かいミルクティーを飲みながら、俺は鈴木の話を聞いた。 鈴木の言い分はこうだ。 このところ異世界モノが増えてきて、異世界が足りなくなってきている。それを造る手が足りない。だから手伝え。 ……もの凄い乱暴な略し方になったけど、そういうことらしい。それを聞いた俺がミルクティーを吹きそうになったのは言うまでもない。 「無理だよ! 俺は普通の人間だぞ!?」 「だーかーらー。端末としてオレを使うんだよ。オレ単体だとひとつの世界を造るのにすげー時間がかかる。でも、凜が手を貸してくれればショートカット出来るし、数も多く出来る。それにもうひとつ頼みがある」 「は? 他にもあるのか!?」 世界をつくるとか、出来る訳ないのに、さらになにをしろと!? 俺の心の叫びが届かなかったのか、鈴木が重々しく頷いて言う。 「オレの助手を作って欲しい。出来ればキュート系の女の子で。あ、この役割は人間には出来ないから出来ればメカで」 まさかの無理難題に俺は更に悲鳴を上げた。 「今度はロボ娘かっ!! 無理に決まってる! 俺にはそういった専門知識は全くない!」 「あ、そのことなら心配いらねーぞ。理論とかそういうのは後付けでいくらでも帳尻が合わせられる」 まさかの注文に俺はテーブルに突っ伏した。無理デス、と小声で言ってみるけど、鈴木は取り合ってくれない。しかも笑いながら俺のティーカップにおかわりを注いでくれる。 「大体、こういうテーブルとか出せるんなら、鈴木が自分で助手? を出せばいいじゃないか」 紅茶やテーブルが出せるのに、何でロボ娘は駄目なんだよ。俺がぼやくと、つられたのか、鈴木もぼやくような口調になった。 「仕方ねーだろー。凜の脳にそのデータがない」 「はあ?」 「だから、出来た後から帳尻は合わせられるけど、凜の頭に存在しないものはオレも現出させられねーの。オーケー?」 「オーケーじゃない! 意味が判らない!」 俺は叫びながら頭を上げた。すると目の前にミルクピッチャーが差し出される。どうも、と小声で言って受け取ると、やっぱりそれは適温に温められていた。 「つまり、だ。今の凜の頭にないものは出せねーの。例えば……そーだな。これが判りやすいか」 鈴木が橫を向いて指差す。白かった床にいきなり現れたのは、さっきまで俺がアニメを観ていたモニタだった。その画面には流れていたアニメの絵が映ってはいるが、動いてはいない。 「凜がこれまで見てきたもの、感じたこと、経験、体験、記憶とか、まあそういうライブラリー的なものに入ってるものは出せる」 それらを組み合わせて色々アレコレしろ、というのが鈴木の要望らしい。そんなこと言ったって……。 「例えばこれだ。この画面に見えているこの映像の世界を、凜が認識し、クリエイトすると、こうなる」 鈴木がそう言った瞬間、俺の視界からテーブルやティーセット、紅茶が消え失せた。 目の前にアニメで観ていた感じの街並みが現れる。 ファンタジー要素の強い作品だったからなのか、街並みもそれっぽく、中世ヨーロッパって感じのものになっている。 でも、そこに俺はいなかった。 街はもちろん、そこに行き交う人々はいるのが判るのに、俺と鈴木はそこには存在しない。 でも、意識は出来る。 そしてアニメの主人公っぽい人物やヒロインたちもそこには存在していた。 ということは、彼らはこれから街を散策した後、再び冒険に戻るのだろうか。確か、今日、更新された内容だと次の街へ移動するはずだ。そう感じた瞬間、俺の意識は何故かその街を離れ、一瞬で見知らぬ場所に移動した。 そこはさっきの街とは違う雰囲気のところだった。多分、海が目の前にあるからだと思う。 「これで判ったか?」 不意に背後から声が聞こえた、と思った瞬間、俺はまたあの白い空間に戻っていた。手にはまだティーカップを握っていて、中にはミルクティーが入っている。 「今のなにー!!」 「だから、世界をクリエイトしたんだって。そんな難しくねーだろ?」 「クリエイトって……」 クリエイターが奮闘するアニメをうっかり思い浮かべたけど、多分これは違う。もしかして今ので異世界が一個出来ちゃった、とかそんな馬鹿な話が……。 「そのとーり! さすがは凜! 飲み込みがスピーディーだな!」 「誉められても嬉しくない! 実感がない! 理屈が判らない!」 「だから、後付けで帳尻を合わせるのはオレの役目だ」 けろっとした顔で鈴木が言う。こーいーつーはー! 「さっきの世界の名前とかは後でつけるし、そこの生態系とか歴史とかどーとかは、後付けでどうにでも出来る。問題は数が足りねーんだってば」 「俺の記憶違いじゃなかったら、さっきのアニメの世界だと、モンスターとかあれこれ出るんだけど!?」 「ああ、そういう世界だったな、確か。魔王みたいな神みたいなのがラスボスで、勇者? 主人公? はヒロインの一人を喪いつつも、旅を終えてー」 「ネタバレするなー!」 あああ、楽しみが一つ減ってしまった……。 じゃ、なくて! 何で鈴木がラストまでのストーリーを知ってるんだ! あれってアニオリで、ストーリーは全部は公開されてないんだけど! 「だから、後付けで帳尻合わせがオレの役目なんだって。世界が出来たら、他は自在なんだよ。さっきの主人公? だったか? あれだって、凜が知ってるのと厳密には同一じゃないから、ストーリーは違うかもだぞ?」 「え、そうなの?」 やけ食い、ならぬ、やけ飲みという感じでミルクティーをがぶがぶ飲んでた俺は思わず訊き返した。ああ、と頷いた鈴木がにこやかに言う。 「まあ、大抵はオレの読み通りになるが」 「くそー! 俺の楽しみを返せー!」 俺はティーカップを一応、ソーサーに戻してからテーブルをバンバンと叩いた。ははは、と鈴木が気楽に笑う。俺はこの先、どうなるんだろうと憂鬱になった。
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ぽち
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ぽち
2020年9月14日 21時30分
琉斗・リュート/すじしまどじょう
2020年9月14日 21時31分
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琉斗・リュート/すじしまどじょう
2020年9月14日 21時31分
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