1つ年下の大人様

 よく喋る人だなあ。  ハテヒは後ろをちらり、ちらりを振り返りながら歩いた。視線が合うたび、男の子は「何?」と言うように首を傾げる。やっぱり何回見てもヤヤクに似ている。切れ目で気の強そうなところ、さらりとした黒い髪。華奢な体。つんっとした尖りぎみの顎。どこもがヤヤクにそっくりだった。ヤヤクをそのまま小さくして若返らせたら、このような子になるんじゃないかとも思ってしまう。 「お前の剣の鞘は、割れてないか? 大丈夫か? もし駄目になったら俺の父上に言えばいいぞ」  スヒリの屋敷まで案内している途中、彼はずっとハテヒの持つ剣のことが気になるのか、鞘の心配ばかりを心配しているようだった。剣の先についている金の環が珍しいとか、鉄の剣を見るのも初めてだとか、そのようなことばかり喋っていた。 「いえ、大丈夫です。割れてもトク様に言えばいいので」  やんわりとハテヒが大丈夫だと言えば、男の子はつまらなさそうに「ふうん。そうか」と頷く。これが何回も繰り返されるのでカジカは退屈していた。ハテヒの持つ剣の方が、ありふれた銅の矛より珍しいのは言われなくても分かる。しかし、折れたのは自分の矛であり、そのことに関して触れられないのはどことなく、寂しかった。 「なんで、名前も分からない奴に敬語じゃないといけないの。それに、父上って、誰?」  折れた矛の柄をぶんぶんと振り回しながら歩くカジカ。くるりと振り向いて、男の子に問いかけた。 「ねえ、お前、名前は? どこの邑から来たの?」  すると、男の子は待ってましたと言うように笑って誇らしげに口を開いた。 「俺はクナギ。父上はこの邑の貿易を取りまとめているヤヤク。スヒリ様に仕えるハテヒとカジカという人のことはよく聞くから、一度会いたくて来た」  その言葉に、ハテヒとカジカは顔を見合わせる。なるほど、通りでヤヤクにそっくりなんだとハテヒもカジカも納得した。よく回る口が、証明していた。 「お前たちは? どこの下戸だ? あそこの家か?」  指さすのは、紅花を囲うように立っている家々の一棟だった。中では火が焚かれているのだろう。煙が月に照らされて光っていた。スヒリの大きな屋敷とはあまりにも違うものを指されたので、カジカはぷっと笑い出して、ハテヒの肩に手を置いた。 「違う、俺はそのスヒリ様に仕える下戸のカジカで、こっちがハテヒ。お前が会いたいって言うのは、俺たち!」  カジカには盛大に笑われ、ハテヒに微笑まれたクナギは、魚のように口をぱくぱくするだけで、しばらく動けなかった。まさか自分たちのことだとは思っていなかったのだろう。ハテヒは大笑いするカジカをなだめてクナギに話しかけた。 「早くスヒリ様のところに行きましょう。トク様も待ってると思います」 「う、うむ! そうだ、早く案内しろ!」  思い出したように、クナギは2人に命令した。そのクナギの様子に、笑い疲れたカジカはやっぱりムッと口を尖らせた。 「だから、なんでこいつに敬語なの……」 「大人(たいじん)様なんだから」  当たり前でしょ、とハテヒに言われて、よりカジカは納得できないようにつぶやいた。  俺らより1つ年下なのに。偉そうな奴。ぶつくさ言うカジカのその隣をハテヒは黙って歩く。  自分たちとスヒリ様にどういった用事があって、この夜道を来たのだろう。いくら、田では大勢の下戸や生口が居るとはいえ、子供が一人でうろうろ出歩く時間ではないのは確かだ。それも、よその邑から。カジカの耳がクナギの叫び声を聞き取れて良かったと、ハテヒは内心安心する。  一方、クナギはと言うと、目の前を歩く下戸2人がハテヒとカジカだったと知ってからずっと顔を赤くして俯いていた。顔が火照っているのか、熱い。涼しい夜のつめたい風を小さな手で集めて、頬に叩き付けた。  犬に追いかけられる大人なんて、下戸に助けられるなんて、みっともない姿を父上に知られたらどうしよう。黙っていよう。今日はスヒリ様にきちんとご挨拶できたらいいのだ。あとは――クナギは頭の中で様々な言葉を一生懸命、練っていた。 「1人で来たの。まあまあ。偉いわね」  屋敷に着いたクナギを迎えたのは、スヒリとトク、それから豪華な夕餉だった。海のない邪馬台国では高級品に属する魚や塩、山で捕れる鹿の肉、山菜がこんもりと器に盛られている。  スヒリの微笑みで、照れたように真っ赤になっているクナギの顔を見ては、カジカはずっといらいらしていた。ハテヒやカジカは、侍女たちと同じように後ろでおとなしく大人たちの様子を見るだけ。口も出せないため、カジカはひたすらクナギのもじもじとする態度を見ていた。もごもごと動くカジカを「静かに」とハテヒが小声で注意する。 「父上が、行けと言ったんです。これからの貿易はお前が引き受けるのだからって」  先ほどの偉そうな口ぶりはどこかに置いてきてしまったのか、もごもごと喋り、背中を丸くしているクナギに、ハテヒもおかしく思う。 「あら。ヤヤクはどうしたの。突然な話ね」  スヒリの大きなお腹が気になって仕方がない。スヒリの質問に答えるのに、一つ間が必要だった。手にしていた匙をゆっくり置いて、口を一生懸命動かす。水の減りが早く、侍女に頻繁に注いでもらうのが申し訳なく、さらに顔を赤くしていた。 「あ、はい、卑弥呼さまの貿易のお手伝いをすると、言っていました。これからは、狗奴(くな)国の方に行くのだって嬉しそうに言っていました」  その話を聞いていたトクが、何か思い当たる節があるのか、手を打った。 「ああ、だからこの前ヤヤクが都に来てたのか。卑弥呼さまの館で門番をしていたら、ヤヤクが緊張した面立ちをして来るものだから、驚いたよ。出世だったのかい」  生唾をごくり、と呑んで「やあ、トク」と真っ青な顔を引きつらせながら、ふらふらとミミガネの元に向かうヤヤクの様子をクナギに言うのはやめておこう、と、トクは酒を口にしながら思い出す。あの怖いものなしに見えるヤヤクの、意外な一面を思い出すと、自然に笑いが込み上げてきた。 「ああ、そういうことね。あの人、お国の貿易を任されるほどになったのねえ。だからクナギがヤヤクの代わりにこれからは来てくれるのね。よろしくお願いするわ」  おとなたちとクナギの話を聞いても、ちんぷんかんぷんなハテヒとカジカは、食事が終わると同時に、そろそろと部屋を出て行った。ヤヤクは卑弥呼さまの貿易のお手伝いをする、という所までは分かったが、それから先がどうも分からない。クナギは挨拶と報告をしに来たようだったが、その先の貿易の話についていくことが出来ず、下戸である2人は身が引けたのだった。その子供たちの様子に気が付いたスヒリが、下がってよいと気を利かせてくれたのだった。 「あいつ、スヒリ様の前だと小さい虫みたいだよ」  あくびをしながら、カジカは屋敷の外に出た。それをハテヒが追う。煮炊屋まで皿を下げたあと、侍女たちがぱたぱたと片付けをしているのを、二人はじっと見ていた。煮炊屋は女が入る場所であり、下戸であるとは言え、男の二人には入りにくい場所だった。 「駄目だって、大人様なのに、そんなこと言ったら」 「でも、俺たちより1つ年下なのに」  ぷうっと頬を膨らましたカジカは、さっきからこのことが一番気にかかるようだった。先に産まれた人の方が偉いんだと言うのは、同じ身分の間だけで通用することに、カジカは分かっていないようでハテヒは肩をすくめた。 「そんなことより、狗奴国ってどこなのかな」  先ほどのスヒリたちの会話の中に出て来た知らない国のことをハテヒは話題に出して、カジカの機嫌を直そうとした。 「え? クナ? クナギ?」 「違うって、狗奴国。あ、そういえばクナギ様と名前似てるね」  へんなの。カジカがそう呟いた時だった。ぽんっと優しくカジカの肩を誰かが叩く。 「それなら、俺が教えてあげてもいいぞ」  クナギがそろそろと忍び足で、2人に近づいてそっと言った。大人がわざわざ煮炊屋に来ることはない。どうしてここに、という顔をする二人を前に、クナギは上目で2人をじっと見る。 「それなら、屋敷に戻りましょう。ここだと、うるさいくないですか?」  煮炊屋から、簡単に食事をする侍女たちの笑い声や、水の音が聞こえてくる。落ち着いて話をする場所ではないから、中に入ろうとハテヒはクナギに提案した。すると、クナギはぱっと顔を明るくして、ハテヒに案内されるまま、カジカとハテヒの部屋に向かった。 「お前たちの部屋、何もないな」  クナギの素直な感想に、カジカは「うるさいやい」と怒る。この部屋にあるのは、寝具と武器、小さな鏡。それだけだった。 「で、狗奴国って、どこなんですか? ヤヤク様、どこへ行かれるのですか?」  ぷりぷりと怒ってばかりのカジカをよそに、ハテヒはクナギにずいっと身を乗り出して質問した。トクと同じように、尊敬する大人であるヤヤクの出世話が知りたかった。  興味津々のハテヒの顔を見て、クナギは嬉しそう頷いた。先ほどのスヒリを前にしたおどおどしたクナギの姿はどこにもなく、ヤヤクと同じように、立派に喋るクナギがいた。 「狗奴国は、邪馬台国の南隣の国。火の山を持っていて、鉄をいっぱい持ってるんだって。父上はその鉄をもらいたくて狗奴国に向かうんだって言ってたぞ。王様は“ヒミココ”って言うんだ」 「ヒミココ? 卑弥呼さまと似たような名前」  カジカの言葉に、クナギは「だろ?」と身を乗り出した。 「狗奴国は邪馬台国とは仲が悪くて、あまり貿易も盛んではなくて。父上はその狗奴国に行きたくてしょうがなかったんだって。ハテヒの持つ剣と何か関係があるんじゃないかって言ってた」  父上が、ハテヒとカジカという名前をいつも出してくるから、気になってたんだ、とクナギは言う。壁に立てられかけた剣に何度も視線を送るクナギに、ハテヒはなるほど、と口を開く。 「それで、私を探してたのですか?」  女の縄張りである煮炊屋まで自分たちを探しに来たというのだから、何か理由があるのだろう、とハテヒは理由を尋ねると、クナギが急にしおらしくなり、手を後ろに組んだ。 「あのな、俺の、ともだちになって、ほしい」  そのかすかな声を聞いて、黙っていたカジカはいきなりどっと笑った。 「なに、それ! 大人様のお友達? 下戸が?」  その言葉に顔をまた真っ赤にしながら、クナギは手をぎゅっと握る。 「俺の邑には子供がいないし、俺には兄弟もいないから……父上が心配するんだ。恥ずかしがり屋なのはそのせいなんじゃないかって。立派な貿易商になれるのかって」  目に涙がじわりと浮かんでいるクナギの顔を見て、カジカは黙った。 「だから、せめて、ともだちが欲しくって」  大人とか、下戸とか、そういうのは本当は二の次だった。ただ、仲良く出来る人、友達というものが欲しかった。父上を安心させたいし、自分のこの性格を直したい。クナギが顔を真っ赤にしながら懸命に言う姿に、カジカは「ふうん」と相槌を打った。 「偉そうな奴かと思ったけど」  ちらりとハテヒに視線を送ると、ハテヒも頷いた。 「うん、いいよ。大人の友達なんて滅多に出来ないからな」  カジカのその言葉に、クナギはまた顔を明るくする。そのころころと変わる表情を見るのが、カジカにはとても愉快に思えて仕方が無かった。 「でも、犬は自分で追い払えるようになってください」  ハテヒに言われて、クナギは「頑張る」と、涙を拭いながら笑った。 「あ、それと」  最後に、クナギは小声でカジカとハテヒの耳元で、囁いた。 「今日、犬に追われてたの、父上には内緒にしてほしい」

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