夏を迎えるたび、カジカは邑が変わりつつあることを実感していた。 イヨが毎日水をやり、育てたという名も分からない花が、数年も経たないうちに紅の畑まで住み家を広げてきたのである。不思議なことではあるが、カジカはそのことに不安は感じていなかった。 紅が徐々に減る一方、イヨの育てた花が増える。この北の都に住まう下戸たちは王女の花だと言い、とても大切にしている。カジカもまた、イヨの花として大切に見ていた。 「うーん、紅が見れるのは、今年最後かもしれないな」 カジカは川のほとりを歩きながら、ハテヒに言った。イヨもハテヒの手を握って、一緒に歩いていた。ちょうど蛍が飛ぶ頃なので、見に行こうとカジカが誘ったのだ。 「イヨのお花があるから大丈夫よ。お母様のお花が『交代だよ』って言ってるもの」 「イヨ様は、面白いこと言いますねえ」 カジカに笑われて、ほんとだもん、と、イヨは頬を膨らました。 「でも、俺もそうなのかなって思う。だから、嫌じゃないんだ」 以前まで真っ赤だったカジカの指先は、もとの綺麗な肌色に戻ってきていた。ハテヒも同じように色が抜けている。その代り、2人の手は以前よりもずっと大きく、力があった。 寂しさは感じるが、それを拭ってくれるのはイヨなんだと、カジカもハテヒも思う。 「イヨ様の花が、今年もたくさん咲くといいですね」 ハテヒにそう言われたイヨは、大きく頷いた。 「カジカが大切に見ていてくれているから、きっと今年も元気に咲くわ。イヨ、とても楽しみにしてるのよ」 あ、と、イヨはハテヒの手を引っ張った。 「蛍よ! カジカの言った通りね!」 ふわり、と飛び交う光をイヨは嬉しそうに見つめている。 夏は、もうすぐだった。 「お久しぶりさん、元気かい」 夏の訪れを知らせるのは、花や虫だけではなかった。 「ヤヤク様! こちらに戻ってこられてたんですか」 屋敷まで足を運んできたのは、狗奴国と邪馬台国を往復していたヤヤクだった。その後ろにクナギもいる。親子で来るのは珍しくハテヒは驚く。 ヤヤクはスヒリとイヨへの挨拶も兼ねて、夏に顔を出していた。彼が来たら夏。ハテヒの中の暦の一部になっていた。 「ちょっと用事があってな。会わせたい方がいる」 ヤヤクの視線を追うと、そこには1人の男と、男の子が居た。男は丁寧にハテヒに頭を下げ、男の子はきょろきょろと屋敷の中の様子を見ていた。 「狗奴国の王子が、イヨ様にお会いしたいとのことだから、案内してきた」 どうぞ、と、ヤヤクは男を客間へと案内した。 「イヨ様、どこ?」 突然のことでうろたえるハテヒに、クナギは声をかけた。 「父上が全部なんとかしてくれるから、ハテヒはイヨ様と一緒にいたらいい。イヨ様つれてきて」 「あ、はい」 どうして今、この時に狗奴国から王子が来られるのだろう。ハテヒは疑問に思いながらイヨを客間まで連れてくる。 イヨを見た男の子――ヒミココは、ぱっと顔をほころばせ、そわそわとしていた。 男はヤヤクと何か話をしているようで、ハテヒは耳を傾ける。 「年が近いとのことだったので、いくらか協力できたらいいかなと思いまして、このようにご挨拶に参った次第です」 キクチがイヨに頭を下げて、挨拶をする。 このようなよその国からの高貴な身分の訪問者は、イヨにとってもハテヒにとっても、初めてのことだったので、対応に困っているとヤヤクがとりなしてくれた。 「即位日もいつ来るか分からないですからな。貿易をしている身としても、嬉しいことです」 「邪馬台国の米と、繊細な織物は素晴らしいですから」 笑うキクチの視線が、ふっとハテヒの腰に送られてどきりとした。 「ところで、その剣」 なんとなく嫌な感じがして、ハテヒは剣を少しだけ背中に回した。ヤヤクは心配しなくてもよい、というような顔をして、ハテヒの剣を受け取る。 「綺麗でしょう、これ。ハテヒが大陸の人に授かったものです。このような剣を是非狗奴国の技術者にも作ってもらいたいですな」 鞘から剣を引き抜くと、キクチの顔がこわばった。何故だろう。剣が自分の手に戻ってくると、ほっとする。 「ええ、その鞘にある金はありませんが、火と鉄はありますからね。頑張ります」 「ところでヒミココ様とイヨ様、退屈してましたら、外に行って良いですよ」 足が痺れてしまったのか、いごいごと動くイヨの様子を見計らったヤヤクがそう声をかけた。そして、2人を見てくるようにとハテヒとクナギに声をかける。幼い2人には聞いていてもつまらないだろうと、ヤヤクの心配りにキクチも頷く。 イヨに手を引かれたヒミココは、ずっと顔を赤くしていることに、後ろを歩くクナギとハテヒは気が付くことはなかった。イヨはずっとヒミココに何かを話しているようだが、声が小さくて聞き取れない。 すると、イヨが急に振り返って、怒ったような顔をしてハテヒに言う。 「ちょっとハテヒ、ついてこないで!」 ぱっと駆け出して畑の中に飛び込んだイヨとヒミココに、ハテヒは遠くへ行かないよう注意をして、クナギと顔を見合わせる。 「嬉しいんじゃないのか? イヨ様、年の近い友達っていないから」 俺もそうだったし。と、クナギは畑の方を見つめる。イヨの花がぽつりぽつりと咲いている。 「ヤヤク様、貿易だけじゃなくて、外交もされてるのですか」 ハテヒに訊ねられて、クナギはこくりと頷く。 「ミミガネ様に気に入られたんだって。イヨ様とも関わりがあるし」 国と国を繋ぎ合わせる役目を追う父が、クナギにとっては眩しく見える。自分もいつか貿易の枠を超えて、色んな場所で、色んな人と話ができたらと、以前よりずっと大きな夢を抱いていた。 「ヒミココ様とイヨ様、何話してるんだろ。ハテヒ、あとでイヨ様に聞いといてくれる?」 「え、あ、はい。聞いておきます」 それにしても、相変わらずここは黄色いなあと、クナギはぼうっと畑を見つめていた。 イヨの小さな手が、自分の手に重ねられてヒミココはどぎまぎとしていた。 「ここなら、誰にも見つからないわ。外からじゃ見えないのよ」 ハテヒたちが追ってこないのを確認したイヨが、ヒミココにそう笑った。 「お名前は? イヨはイヨって言うの」 聞かれて、ヒミココはやっと口を開くことができた。キクチから話を聞いて、想像した通りの女の子が目の前にいる。それだけで胸がいっぱいいっぱいになる。 「僕は、ヒミココ。父上も、ヒミココって名前。王様の名前はみんな、ヒミココなんだ」 「へえ。ヒミココっていっぱいいるのね」 狗奴国の王子は、自分よりは年上だが、それでも近い年齢なので、イヨはハテヒやカジカと一緒に居る時よりも楽しさを感じていた。 「でも、父上と母上には、一度も会ったことがないんだ」 その話を聞いたイヨは、一緒だと頷いた。そのことがヒミココには嬉しく、お互いが似たような境遇だということに気が付きぱっと顔が明るくなる。 「イヨのお母様は、イヨが産まれた時に眠ってしまったの。お父様はどこにいるか分からないの。ヒミココと同じよ」 「なんだか、似てるね」 花の影に隠れて、2人で喋ることがとても楽しく、時間を忘れて様々なことを話す。イヨが一番気になったのはヒミココの左の頬や手にある赤い文様だった。太陽のようなものが頬に刻まれていて、ずっとイヨはそれが何か気になっていた。 「それなに?」 「これ? いれずみって言うんだって。気がついたらあったんだ。なんだか体に悪いところがあったから、キクチが入れたんだって。気持ち悪い?」 頬から首、手の甲、足の指先までずっと伸びる赤い線。少しだけ気味が悪いがよく見れば、飾りとしての模様も多い。むしろ、イヨにとってはかっこいいとも思った。ヒミココに気持ち悪いかと言われ、イヨは首を横に振る。 「イヨの髪飾りも太陽よ。ヒミココの頬の太陽と一緒」 イヨに誘われて、ヒミココも笑った。 「ねえ、イヨ」 イヨの手を握り、ヒミココはイヨを見つめた。 「いつか、僕が王様になって、イヨが女王様になったら、結婚してくれる?」 ヒミココの真剣な眼差しに、イヨは首をひねった。 「けっこん? なあに、それ」 「好きな人と、ずっと一緒になること。ずっと一緒に過ごすことって、キクチは言ってたよ」 キクチからずっと話を聞いていて、想像上の女の子であったイヨに幼いながらも恋心を抱いていたヒミココ。実際に見たイヨはとても可愛く、ヒミココは好きだと正直にイヨに言った。 「イヨも、ヒミココ好きよ」 「じゃあ、約束してくれる?」 「約束するわ。ヒミココが王様になって、イヨが女王様になった時ね」 絶対よ。イヨはヒミココに言う。 ちょうどその時、自分たちを探すハテヒやキクチの声が外から聞こえてきて、ヒミココとイヨは顔を上げた。 「本当に、約束だよ。絶対、迎えに行く」 咄嗟に、ヒミココはイヨに軽く口づけをして、畑から飛び出した。 それが一体何を意味するのか、イヨはまったく分からなかった。 「どんな話をしてたんです?」 ヒミココたちが帰った後、ハテヒに聞かれて、イヨはヒミココとの会話を思い出す。ヒミココのどこか真剣な顔が今更になって面白くなり、笑いながら答えた。 「けっこんする約束したの」 「え、結婚? そんな約束したんですか?」 予想外のことに、ハテヒは聞きなおす。 「どういうことか、分かってるんですか?」 「えーっと……忘れちゃった! でも、約束したの。あと、ヒミココ、最後にこんなことしてくれたわ」 立ち上がって、イヨはハテヒにヒミココが別れ際にやったことを再現してみせた。 ハテヒは驚いて、しばらく口が動かなかった。 「これって、なんだろうね」 結婚という意味も、口づけの意味も、全く分かっていないイヨに、ハテヒは少しだけほっとする。約束も、口約束。そんなに深追いすることはないだろうと、ハテヒはクナギには黙っておくことにした。 夏を迎えるたび、カジカは邑が変わりつつあることを実感していた。 イヨが毎日水をやり、育てたという名も分からない花が、数年も経たないうちに紅の畑まで住み家を広げてきたのである。不思議なことではあるが、カジカはそのことに不安は感じていなかった。 紅が徐々に減る一方、イヨの育てた花が増える。この北の都に住まう下戸たちは王女の花だと言い、とても大切にしている。カジカもまた、イヨの花として大切に見ていた。 「うーん、紅が見れるのは、今年最後かもしれないな」 カジカは川のほとりを歩きながら、ハテヒに言った。イヨもハテヒの手を握って、一緒に歩いていた。ちょうど蛍が飛ぶ頃なので、見に行こうとカジカが誘ったのだ。 「イヨのお花があるから大丈夫よ。お母様のお花が『交代だよ』って言ってるもの」 「イヨ様は、面白いこと言いますねえ」 カジカに笑われて、ほんとだもん、と、イヨは頬を膨らました。 「でも、俺もそうなのかなって思う。だから、嫌じゃないんだ」 以前まで真っ赤だったカジカの指先は、もとの綺麗な肌色に戻ってきていた。ハテヒも同じように色が抜けている。その代り、2人の手は以前よりもずっと大きく、力があった。 寂しさは感じるが、それを拭ってくれるのはイヨなんだと、カジカもハテヒも思う。 「イヨ様の花が、今年もたくさん咲くといいですね」 ハテヒにそう言われたイヨは、大きく頷いた。 「カジカが大切に見ていてくれているから、きっと今年も元気に咲くわ。イヨ、とても楽しみにしてるのよ」 あ、と、イヨはハテヒの手を引っ張った。 「蛍よ! カジカの言った通りね!」 ふわり、と飛び交う光をイヨは嬉しそうに見つめている。 夏は、もうすぐだった。 「お久しぶりさん、元気かい」 夏の訪れを知らせるのは、花や虫だけではなかった。 「ヤヤク様! こちらに戻ってこられてたんですか」 屋敷まで足を運んできたのは、狗奴国と邪馬台国を往復していたヤヤクだった。その後ろにクナギもいる。親子で来るのは珍しくハテヒは驚く。 ヤヤクはスヒリとイヨへの挨拶も兼ねて、夏に顔を出していた。彼が来たら夏。ハテヒの中の暦の一部になっていた。 「ちょっと用事があってな。会わせたい方がいる」 ヤヤクの視線を追うと、そこには1人の男と、男の子が居た。男は丁寧にハテヒに頭を下げ、男の子はきょろきょろと屋敷の中の様子を見ていた。 「狗奴国の王子が、イヨ様にお会いしたいとのことだから、案内してきた」 どうぞ、と、ヤヤクは男を客間へと案内した。 「イヨ様、どこ?」 突然のことでうろたえるハテヒに、クナギは声をかけた。 「父上が全部なんとかしてくれるから、ハテヒはイヨ様と一緒にいたらいい。イヨ様つれてきて」 「あ、はい」 どうして今、この時に狗奴国から王子が来られるのだろう。ハテヒは疑問に思いながらイヨを客間まで連れてくる。 イヨを見た男の子――ヒミココは、ぱっと顔をほころばせ、そわそわとしていた。 男はヤヤクと何か話をしているようで、ハテヒは耳を傾ける。 「年が近いとのことだったので、いくらか協力できたらいいかなと思いまして、このようにご挨拶に参った次第です」 キクチがイヨに頭を下げて、挨拶をする。 このようなよその国からの高貴な身分の訪問者は、イヨにとってもハテヒにとっても、初めてのことだったので、対応に困っているとヤヤクがとりなしてくれた。 「即位日もいつ来るか分からないですからな。貿易をしている身としても、嬉しいことです」 「邪馬台国の米と、繊細な織物は素晴らしいですから」 笑うキクチの視線が、ふっとハテヒの腰に送られてどきりとした。 「ところで、その剣」 なんとなく嫌な感じがして、ハテヒは剣を少しだけ背中に回した。ヤヤクは心配しなくてもよい、というような顔をして、ハテヒの剣を受け取る。 「綺麗でしょう、これ。ハテヒが大陸の人に授かったものです。このような剣を是非狗奴国の技術者にも作ってもらいたいですな」 鞘から剣を引き抜くと、キクチの顔がこわばった。何故だろう。剣が自分の手に戻ってくると、ほっとする。 「ええ、その鞘にある金はありませんが、火と鉄はありますからね。頑張ります」 「ところでヒミココ様とイヨ様、退屈してましたら、外に行って良いですよ」 足が痺れてしまったのか、いごいごと動くイヨの様子を見計らったヤヤクがそう声をかけた。そして、2人を見てくるようにとハテヒとクナギに声をかける。幼い2人には聞いていてもつまらないだろうと、ヤヤクの心配りにキクチも頷く。 イヨに手を引かれたヒミココは、ずっと顔を赤くしていることに、後ろを歩くクナギとハテヒは気が付くことはなかった。イヨはずっとヒミココに何かを話しているようだが、声が小さくて聞き取れない。 すると、イヨが急に振り返って、怒ったような顔をしてハテヒに言う。 「ちょっとハテヒ、ついてこないで!」 ぱっと駆け出して畑の中に飛び込んだイヨとヒミココに、ハテヒは遠くへ行かないよう注意をして、クナギと顔を見合わせる。 「嬉しいんじゃないのか? イヨ様、年の近い友達っていないから」 俺もそうだったし。と、クナギは畑の方を見つめる。イヨの花がぽつりぽつりと咲いている。 「ヤヤク様、貿易だけじゃなくて、外交もされてるのですか」 ハテヒに訊ねられて、クナギはこくりと頷く。 「ミミガネ様に気に入られたんだって。イヨ様とも関わりがあるし」 国と国を繋ぎ合わせる役目を追う父が、クナギにとっては眩しく見える。自分もいつか貿易の枠を超えて、色んな場所で、色んな人と話ができたらと、以前よりずっと大きな夢を抱いていた。 「ヒミココ様とイヨ様、何話してるんだろ。ハテヒ、あとでイヨ様に聞いといてくれる?」 「え、あ、はい。聞いておきます」 それにしても、相変わらずここは黄色いなあと、クナギはぼうっと畑を見つめていた。 イヨの小さな手が、自分の手に重ねられてヒミココはどぎまぎとしていた。 「ここなら、誰にも見つからないわ。外からじゃ見えないのよ」 ハテヒたちが追ってこないのを確認したイヨが、ヒミココにそう笑った。 「お名前は? イヨはイヨって言うの」 聞かれて、ヒミココはやっと口を開くことができた。キクチから話を聞いて、想像した通りの女の子が目の前にいる。それだけで胸がいっぱいいっぱいになる。 「僕は、ヒミココ。父上も、ヒミココって名前。王様の名前はみんな、ヒミココなんだ」 「へえ。ヒミココっていっぱいいるのね」 狗奴国の王子は、自分よりは年上だが、それでも近い年齢なので、イヨはハテヒやカジカと一緒に居る時よりも楽しさを感じていた。 「でも、父上と母上には、一度も会ったことがないんだ」 その話を聞いたイヨは、一緒だと頷いた。そのことがヒミココには嬉しく、お互いが似たような境遇だということに気が付きぱっと顔が明るくなる。 「イヨのお母様は、イヨが産まれた時に眠ってしまったの。お父様はどこにいるか分からないの。ヒミココと同じよ」 「なんだか、似てるね」 花の影に隠れて、2人で喋ることがとても楽しく、時間を忘れて様々なことを話す。イヨが一番気になったのはヒミココの左の頬や手にある赤い文様だった。太陽のようなものが頬に刻まれていて、ずっとイヨはそれが何か気になっていた。 「それなに?」 「これ? いれずみって言うんだって。気がついたらあったんだ。なんだか体に悪いところがあったから、キクチが入れたんだって。気持ち悪い?」 頬から首、手の甲、足の指先までずっと伸びる赤い線。少しだけ気味が悪いがよく見れば、飾りとしての模様も多い。むしろ、イヨにとってはかっこいいとも思った。ヒミココに気持ち悪いかと言われ、イヨは首を横に振る。 「イヨの髪飾りも太陽よ。ヒミココの頬の太陽と一緒」 イヨに誘われて、ヒミココも笑った。 「ねえ、イヨ」 イヨの手を握り、ヒミココはイヨを見つめた。 「いつか、僕が王様になって、イヨが女王様になったら、結婚してくれる?」 ヒミココの真剣な眼差しに、イヨは首をひねった。 「けっこん? なあに、それ」 「好きな人と、ずっと一緒になること。ずっと一緒に過ごすことって、キクチは言ってたよ」 キクチからずっと話を聞いていて、想像上の女の子であったイヨに幼いながらも恋心を抱いていたヒミココ。実際に見たイヨはとても可愛く、ヒミココは好きだと正直にイヨに言った。 「イヨも、ヒミココ好きよ」 「じゃあ、約束してくれる?」 「約束するわ。ヒミココが王様になって、イヨが女王様になった時ね」 絶対よ。イヨはヒミココに言う。 ちょうどその時、自分たちを探すハテヒやキクチの声が外から聞こえてきて、ヒミココとイヨは顔を上げた。 「本当に、約束だよ。絶対、迎えに行く」 咄嗟に、ヒミココはイヨに軽く口づけをして、畑から飛び出した。 それが一体何を意味するのか、イヨはまったく分からなかった。 「どんな話をしてたんです?」 ヒミココたちが帰った後、ハテヒに聞かれて、イヨはヒミココとの会話を思い出す。ヒミココのどこか真剣な顔が今更になって面白くなり、笑いながら答えた。 「けっこんする約束したの」 「え、結婚? そんな約束したんですか?」 予想外のことに、ハテヒは聞きなおす。 「どういうことか、分かってるんですか?」 「えーっと……忘れちゃった! でも、約束したの。あと、ヒミココ、最後にこんなことしてくれたわ」 立ち上がって、イヨはハテヒにヒミココが別れ際にやったことを再現してみせた。 ハテヒは驚いて、しばらく口が動かなかった。 「これって、なんだろうね」 結婚という意味も、口づけの意味も、全く分かっていないイヨに、ハテヒは少しだけほっとする。約束も、口約束。そんなに深追いすることはないだろうと、ハテヒはクナギには黙っておくことにした。
コメント投稿
スタンプ投稿
このエピソードには、
まだコメントがありません。