異世界転移少女は世界平和を目指す殺し屋と出会う『赤髪のトライアングル』

読了目安時間:10分

第2話

 それから一週間が経った。  この孤児院には十五人の戦災孤児が住んでいる。  聞くと、全員シスターが拾ってきた子供たちだそうだ。  何にせよ、この大所帯をシスター一人で切り盛りしているのだから、驚きだ。  共に過ごす時間が増えるごとに、積もっていく尊敬の念を抱きながらイーサンは今、屋根の上で釘を叩いていた。  小型潜水艇から放り出され、意識を失った時に体のあちこちを漂流物にぶつけたのか、体中に打撲や切り傷などができていた。  重傷ではないけれど、一般人だったら数週間は安静にしていなければならない程度の怪我。  なので傷が癒えるまで、イーサンは孤児院で過ごす事にしたのだ。  つまり療養中ではあるのだが、ただ寝て過ごしていては体が鈍ってしまう。  という事で、孤児院の老朽化が酷い部分を修理して回っていたのだ。 「……おっと」  イーサンがそんな声とともに釘を打つ手を止めると、向かい側で同じように屋根を修理していたアランが、顔をのぞかせてくる。  基本的に表情の変化は少なく、抑揚のない平坦な話し方をするのだが、一週間も一緒に暮らしていると、少しは分かるようになってきた。  これは『どうかしたのか? 何かあるなら言ってくれ』という顔だ。……たぶん。 「釘が少し足りないんだ。悪いけど取ってきてくれるか?」  アランはふと後方を確認すると、 「分かった。待ってて」と勢いよく飛び降りた。 「ちょ! おま、二階建ての建物の屋根から飛び降りる奴がいるか!」  イーサンが慌てて地面の方をのぞき見ると、何事もないようにアランはスタスタと歩いていった。  こんなことが何度かあるのだ。 「肝が据わっているのか、もしくはただの馬鹿なのか……」  屋根から飛び降りても問題無いほどの反射神経と判断力。  アランが持つそれは、どう考えても普通の少年が持っているような能力では無いのは明らかだった。  屋根の穴を塞ぎ、外壁に漆喰を塗りなおし、傷んでいたテーブルをリメイクし、様々な大工仕事をこなしていると、気づけば日が暮れている、というのが一週間の生活だった。  大勢で食卓を囲み、同じ釜で作られた料理を食べる。  そんな普通で、絵本に書いてあるような理想的な生活だ。  だが理想は、理想であるからこそ美しく、叶ってしまっては理想ではないのだ。  ずっとここにいたい。名残惜しくない訳がない。 「……けれど、そろそろだよな。皆に迷惑をかける訳にはいかない」  どれほど強い信念を持っていたとしても、人である限り暖かく快適な方へ向かってしまう。  イーサンは深々と毛布をかぶった。  その数時間後、まだ夜明けには少し早い時間。  イーサンは目を覚ました。 「予想より早いな」  適当に髪をしばりながら、イーサンは孤児院の外へ出る。  そこには、異様な格好をした人間たちが孤児院を取り囲んでいた。  全身をゴム素材のスーツで覆っており、目にも暗視ゴーグルをつけているので、露出している所は少しも存在しない。  そして総勢十五名ほどの人間が、イーサンに銃口を向けていた。 「敵地潜入用特殊潜水スーツに、砂地から水中まで動作保証付きの帝国製サブマシンガン。それも消音器付き。他所の国だってのに、隠す気すら無いみたいだな」  あの部隊には覚えがあった。  裏切り者やその他邪魔者を始末することを任務とした特殊部隊。  つまり、異様な部隊の任務はイーサンを消す事だ。 「出てくるな、アラン。あれは俺のお客さんだ」  アランもこの異様な雰囲気に気が付いたのか、扉の陰から覗いていたので、声だけで制する。  イーサンも驚くほどの身体能力を持つアランだが、実戦は別だ。  それに自分の事情に他人を巻き込みたくはなかった。 「予想よりは早かったが、想定内だ。まとめて片付けてやる」  フッと息を吐き、一瞬で一人目の敵へ近づく。  そしてみぞおちに、強烈な掌底による突きを叩きこむ。 「仮にも暗殺を任務としているのなら、殺気くらいは隠さないとな!」  意識を失った男を盾代わりにしながら、集団へ突っ込んでいく。  内側に鉄板でも仕込んでいるのか、銃弾がぶつかってくる振動が伝わってくる。  ターゲットを始末するためには、容赦なく仲間ごと撃ち殺す。 「分かってはいたさ……、けれど嫌いだな、そういうのは!」  盾にしていた男を蹴り飛ばし、近くの男へ接近する。  同じようにみぞおちに一撃をお見舞いしようと思ったのだが、すぐに銃口を向けてきたので、バレル部分を掴み、強引に射線を変えてやる。  空中へ向かって銃を乱射している所に、すかさず蹴りを叩きこむ。 「熱っついなぁ!」  奪い取ったサブマシンガンを近くの敵の頭に投げつけ、次へ向かう。  そうしてイーサンはあっという間に、十五名の特殊部隊をたった一人で無力化した。 「まだ本調子ではないけど、こんな所かな」  若干火傷してしまった左手を振っていると、孤児院からゾロゾロと人が出てくる。  この騒ぎで全員目を覚ましてしまったのだろう。  そこら中に倒れているゴム人間に驚く様子もなく、シスターが歩いてくる。 「俺を追ってきた帝国軍の部隊です。すいません、シスター。俺を助けたばかりに」 「いいえ。誰も怪我はしていませんし、こうなることは分かっていました」 「分かって……? まぁいいや。予定よりは早いですが、もう出発しようと思います」 「そうですか。名残惜しいですが、こういう状況になってしまうと仕方ないですね」 「出発って何の事?」  前から知っていたようなイーサンとシスターの話しぶりに、アランは不思議そうに首をかしげてくる。 「俺は旅に出るんだ。世界平和を実現するためのな」  イーサンが大陸のウェスティン帝国から、ノースウェルという島国へやってきたのは、何よりも世界平和を成すためなのだ。  居心地の良いこの孤児院を出るのは、正直辛い。  しかしいつまでも気持ちの良いぬるま湯に浸かっていては、何も成せない。  アランは考えるように少し顔を伏せ、納得したように小さくうなずくと、 「なら僕も行くよ」といった。 「駄目だ。遊びに行くんじゃないし、危険な事だって沢山ある」  アランが無言で首を横に振るので、シスターに目をやる。  どうにかアランを説得してくれと、助け船を出したつもりだったのが、シスターは期待していた言葉とは真逆のことを言ってのけた。 「あら、良いんじゃないでしょうか。アランも十四歳ですし、可愛い子には旅をさせよとも言いますし」 「良くありませんよ! いつまた帝国の奴らが襲ってくるか、分からないんですよ!?」 「つまりイーサンは、アランが足手まといになるから、付いてくるなという事ですね?」 「え、いや、そこまで言うつもりは……」 「という事は、足手まといにならない証明をすればいい。アラン」 「はい? どういう――」  シスターの言っている意味が分からず、その真意を聞こうと思った瞬間、全身の産毛が逆立つのが感じられた。  背中に浴びせられたのは強烈な殺気。  考えるよりも速く、体が動いていた。  体を捻らせ、殺気の正体を掴む。  まず映ったのが、動かなければ深々と突き刺さっていたであろうナイフ。  鈍く光る刃は、ギリギリの状況を示すように、冷たさを脇腹に伝えている。  そして腕を伝い視線を後ろへやると、ナイフの主は予想外の人物だった。 「驚いたな、寸前まで気づかなかった。そこで転がっている奴らより、優秀なんじゃないか?」  イーサンは頬に冷や汗を垂らしながら、相も変わらず無表情のアランを見る。 「ここの孤児は皆、戦災孤児だと言いましたね」 「ええ、そう聞いてますけど」 「アランも含めて全員、元帝国の少年兵なのですよ、実は」 「……それは聞いてませんね」  イーサンは顔を引きつらせながら言った。 「はい、聞かれていませんから」  シスターはいつもの柔和な笑顔でそう言った。  いつもなら暖かい、気持ちが和む笑顔だと思うのだが、今回に限っては全く逆の感想を抱いた。  帝国の少年兵部隊とは、捨て駒のように扱われ、全滅しない方が珍しいと言われていた部隊だと聞く。  全員がそんな過酷な部隊の生き残り。  余程運が良かったか、もしくはそれほどの実力の持ち主なのか。  何にせよ、笑って済ませていい話ではない。 「私はここに来た子たち、一人一人の意志を尊重したいと思っています。だからイーサンがここにいたいと思うのなら、いつまでもここにいて良いですし、アランがあなたに付いていきたいと思うのなら、そのお手伝いをしたいと思うのです」  未だギリギリと力を込められ続けている腕の先を見ると、いつものように無表情でイーサンの顔を見ている。  何を考えているのかは分からない。  しかしその目の色は、少し悲しみを含んでいるように見えた。 「……分かった。まずはそのナイフをしまってくれ」  イーサンが言うと、ようやくアランは力を抜き、左腕の袖の中にしまう。  もしも普段からこうして袖の中にナイフを隠していたのだとしたら、随分と油断しきっていたものだ。  自分の情けなさに小さくため息を吐きながら、アランを見る。 「俺の旅に付いてきてくれるか。世界平和のために。俺にお前の力を貸してくれ、アラン・ハワード」  そう言って伸ばした手を、アランはすぐに取ってくる。 「初めからそう言ってる」 「そうか? 結構、言葉が足りないと俺は思うけどな」 「だから態度で示してる」 「フッ、そっかそっか」  わしゃわしゃと頭を撫でながら、シスターの方へ向き直る。 「という訳です、シスター。俺はアランと行きます」 「はい、分かりました。その前に、二人の新たな旅立ちを祝して、プレゼントがあります」 「プレゼント?」  シスターはニコッと笑って、皆を孤児院へ入るよううながした。 「これは……」  自分の部屋で開けてくれとシスターから手渡されたのは、木製のスーツケース。  取手が取り付けられていて、手で持ち運ぶのに丁度いいくらいのサイズだ。   そんなスーツケースを開けると、中には黒を基調としたスーツ一式が入っていた。  一通り着替えるが、一人ではできなかった唯一の所のみを残して、部屋を出る。 「想像通りです、似合っていますね」 「だけどすいません、ネクタイが……」 「おや、構いませんよ。少し屈んで貰えますか?」 「は、はい」  中腰になると、シスターがネクタイを結んでくれる。  美人の顔が近くにあるだけでなく、理由は分からないけど漂ってくるシスター特有のいい香り。  イーサンは何とも気恥ずかしくなり、顔を逸らしてしまう。  そして少し時が経ち、優しく肩が叩かれる。 「はい、できましたよ。馬子にも衣裳という所でしょうか」 「そんなに似合いませんか……」 「ふふ、冗談です。とっても格好いいですよ、イーサン」  そう言ってシスターはイーサンの頭を撫でてくる。 「そ、そう言えばアランはどこに行ったんですか?」  ニコニコとした顔を間近に、頭を撫でられているのが急に恥ずかしくなり、部屋を見渡す。 「アランならもう外で待っていますよ。あの子は『荷物になるから』と、何かを欲しがったりはしませんから」 「アランらしいですね」 「ええ、あの子は何かを欲しがったりはしませんが、何かしたい事は強くあるのだと思います。それが私も、あの子自身も分からないからこそ難しいのでしょうね」 「だけどいつか見つかる、生きていれば。俺はそう思います」 「そうですね、生きる糧はいつまでも失いたくは無いものです」  そう言ったシスターの顔は一瞬だが、陰った様な気がした。  外に出ると、子供たちがアランに群がっていた。  しかしイーサンたちに気づくと、アランが駆け寄ってくる。 「準備は終わった?」 「あぁ、ばっちりだ。まずはネクタイの結び方から覚えないとだけどな」 「そう。行ってきます、シスター」 「はい、行ってらっしゃい、アラン。イーサンもお気をつけて」 「ありがとうございます、お世話になりました。皆も元気でな」  シスターと子供たちの声を背中に受けながら、イーサンとアランは歩き始めた。 「乱暴な方法ではあったけど、俺たちは一緒に旅をする仲間になった」 「うん」 「自分は誰よりも強いから仲間なんて必要無い、そう思い込んでいた奴を俺は知っている。けれどそれは違うんだ。どれだけ凄かろうと、一人では必ず限界が来る。だけど信じあえる仲間を作る事ができれば、どこへだってたどり着ける。理想論かもしれない、けれど俺はそれを信じたいんだ」 「……うん、分かった」  とは言っているものの、少し首をかしげているので、一言でまとめてやる。 「要するに仲間は大事ってこと」 「分かった、仲間は大事。しっかり覚えたよ」 「本当か? まぁいいや」 「まずはどこに行くの?」 「そうだなぁ……、まずは東へ真っすぐ歩いて、南東の自治区を目指す。そこで日銭を稼ぎながら、情報を集めよう。今の俺たちは、足りないものだらけだからな」  こうして世界の平和を目指す、イーサンの旅が始まった。  数えきれないくらいの人間が住んでいる世界で、たった二人だ。  しかしどれだけ果てしない道であっても、始めの一歩を踏み出さなければ目的地にたどり着く事は決してない。  そう信じてイーサンは、足を進めた。

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