異世界転移少女は世界平和を目指す殺し屋と出会う『赤髪のトライアングル』

読了目安時間:7分

第3話

 日付が変わる頃、メインストリートを照らす最後の火が落とされる。  するとさっきまでの喧騒が嘘のように町は一変して静寂に包まれる。  しかしそれは、この町が持つ二面性を強調している。  表が眠り、裏の目覚めを知らせるように、騒々しい足音が町の中を通り過ぎていく。  整備されているメインストリートとは違い、無秩序に倉庫や建物が乱立しているせいで迷路のようになっている路地裏。  ここに表の光は届かず、月明かりだけがアングラな世界を照らしている。  そんな微かな月明かりだけを頼りに、赤髪の青年がターゲットの足跡をたどっていた。  今夜、追いかけているのは五人。  群れて逃げているからこそ、痕跡は多くなる。  足跡を辿っていくと、先の曲がり角に激しく揺れ動く影を見つける。 「ターゲット発見、いけるか?」 「了解、合流する」  通信機から流れるざらつきの強い音声は、それだけを返してくる。 「やれやれ、口下手なのは一年経っても変わらないな」  そう言いつつも、少し口角が緩んでいるのは、あまり嫌な気持ちではないからだろう。  左手に持っていた刀をベルトに差し、イーサンは姿勢を低くし夜の世界を駆ける。 ◇  屋敷から飛び出すように走り出して、もうかれこれ十分。  たっぷりと贅肉のジャケットを着こんだ中年の体では、限界はすぐに訪れた。  肉離れを起こしているのか片足は激痛を伴うし、体を巡る酸素は供給不足で意識も朦朧としてくる。  それでも滝のような汗を垂れ流しながらも、前へ進むのは男の命が脅かされているからであろう。  構成員は百を超え、それなりに影響力を持つマフィアの主である男。  一年前のある事件の影響で、随分とその力は落ちたにせよ、そんな組織がたった二人の少年に壊滅させられてしまうとは。  ふと後ろへ目をやると、共に逃げてきた五人の部下たちも最後の一人となってしまっていた。  その時、操り人形の糸が切られたように突然、最後の部下が脱力する。  しかしさっきまで全力疾走していた慣性が残っているので、男に向かって倒れこんできて、そのまま巻き込んで倒れてしまう。 「ぐっ……こんな事が……」  男は部下たちが自分を見限り、別方向へと逃げてしまったのだと思っていた。  しかし倒れこんできた男の顔を見ると、それは違っていたのだと理解した。  部下は必死で逃げている時の表情のまま絶命している。  つまり自分の首に刃が振るわれた事を、理解しないまま死んでしまったのだ。 「悲鳴を上げる間もなく、一撃を入れるなどと……ひっ!」  呆然としていると、喉元に銀色に輝く鋭利な金属が突きつけられる。  仰ぎ見ると、その主は黒色のスーツに長い赤髪をポニーテールにまとめた青年。 「カーヴァーの狂犬!」 「やっぱりその通り名、浸透ちゃってるのか。俺は理性的だと思うけどね、比較的」  そう言って青年は苦笑する。  カーヴァーの狂犬、イーサン・ベイカー。  一年前、南東カーヴァー自治区でベイカー商会なる怪しい商売を始めたかと思えば、カーヴァーファミリーの邪魔者の排除を生業にしている謎の二人組。  そこから付いた通り名こそがカーヴァーの狂犬。  マフィア界隈では圧倒的な戦闘能力もあり、恐れられている人物の一人だ。 「な、なぜ貴様が」 「何回か事前に警告はしたはずだ」 「カーヴァーの下に付けとかいうふざけた要求のことか。あんなの飲め――!」  男が最後まで言い終わることは無かった。  途中でイーサンが刀を振るったからだ。  素早く、鮮やかな切り口で、出血まで時間がかかるほどだった。  ◇  脂ぎった血や肉を払い、刃を鞘におさめる。  刀をベルトから抜き、左手に持ち振り返ると、少年が音もなく近づいてきた。 「終わった?」  実年齢より若く見られがちな童顔の少年――アランは今、左手に銀色の両刃剣を持っている。  剣のつばがあるはずの部分に、三つの球体が入るくらいの空洞が存在する、不思議な剣だった。 「あぁ、俺の方が近かったからな、帰るぞ」 「うん」  通り過ぎざまにアランの頭を撫で、メインストリートへ出る。 「イーサン・ベイカーです。任務完了、死体の処理をお願いします」  イーサンの主なクライアントであるカーヴァーファミリーへ通信を送り、住居兼ベイカー商会の事務所である木造の一軒家へ足を進める。  静かなメインストリートに、二人の足音だけが響いた。  翌朝、深夜に一仕事を終えてきたとは思えない程、規則正しい時間に目が覚める。  寝間着用のシャツとスラックスから、仕事着用のシャツとスラックスに着替え、一階のリビングへ降りる。  エプロンを着けながら気まぐれに外へ出ると、暖かく優しい日差しがイーサンを包み込んでくる。 「うん、今日もいい天気だ」  通り過ぎていく住民たちと挨拶を交わすと、イーサンは室内へ戻る。  そして食材を取り出し、手早く朝食の準備を進めていく。  ここに来てから始めた料理であるが、最近では数少ない趣味となっている。  鼻歌交じりに包丁を動かしていると、バタンと扉が開く音がする。 「おはよう、もう少し待ってな」 「……うん、おは――」  まだ夢の世界に片足を突っ込みながら、アランが食卓に座る。  こうしてカクン、カクンと船を漕いでいるアランを眺めながら朝食の準備をする、これがここに来てからの日課になっていた。  そして朝食を済ませ、食後のコーヒーを飲んでいると、アランが通信機をこちらへ持ってくる。 「イーサン、鳴ってる」 「こんな時間に? まぁいいや、ありがとう」  アランはコクンとうなずき、自分の部屋へ戻っていく。  左の耳を覆うような形をしている黒色の小さな金属塊。  イーサンは機械に詳しくないので構造は分からないが、これを鳴らしている主が誰なのかは知っている。  応答のボタンを押すと、 「朝から悪いな、イーサン。本当は直接出向きたかったんだが、今手が離せなくてな」  ざらつきと共に、低いがよく通る男の声が聞こえてくる。 「いや、いいよ。カーヴァ自治区の自治権を持つファミリーの代表、ダンテ・カーヴァー様から直々に連絡を頂けるとは、光栄だからな」  通信を送ってきたのは、ここノースウェルの南東部にあたるカーヴァー自治区の代表であるダンテ・カーヴァーだった。  イーサンが興したベイカー商会の主なクライアントであり、ここら一帯の市場の全てを取り仕切っているカーヴァーファミリーの代表を務めている。  要はその気になれば人の一人くらい簡単に消せるようなマフィア集団の元締め、その大ボスこそが今、面倒くさそうにため息を吐いているこの男なのだ。 「だから朝から悪いって言ってるだろ? 時間が無いから手早く話すぞ」 「了解だ、緊急の要件だな」  小さく肯定を示す声が聞こえてくると、ダンテが本題を話し始める。 「二日前、うちの港を出発した連絡船からの定期連絡が途絶えた。『鉄の鎧を着た機械人形が襲ってきた』という謎の言葉を最後にな」 「それは穏やかな話じゃないな」  カーヴァーはここら一帯を実質的に支配していると言っても、過言ではない組織だ。  そんな組織の所有する船に攻撃をしかけ、しかも壊滅させるとは、かなりの力を持つ組織だろうとイーサンは推察した。 「すぐに調査部隊を向かわせたが、そいつらも消息を絶った」 「つまり、これ以上は手が負えないから、俺たちに任せたいと?」 「そんな所だな。それに理由はもう一つあるんだ。連絡船には『ツバキ』も乗っていた」 「ツバキ……ってあの変な格好をした女の子か?」 「本人の前では言ってやるなよ、あれは実家の伝統的な衣装らしいんだから」  ツバキという名の少女とは、イーサンは数回顔を合わせた程度の面識しかなかった。  しかし袖がヒラヒラとした白い布をまとい、緋色の裾が広がったズボン、という彼女曰くミコフクなる不思議な格好をしていたので、印象には残っている。 「だがそこらの腕っぷしくらいなら、簡単に組み伏せるくらいの実力はあったはずだ」 「そこなんだ。お前ほどでは無いが、強いはずのツバキがいるのに船がやられた。その時点でもうお前に話を回すべきだったのかもな」  若干の後悔の念がこもった声。 「状況は大体理解した。受けるよ、その依頼。場所は?」 「悪いな、頼りにしてるよ。場所は――」  ダンテが言っている住所を頭に覚え込ませながら顔を上げると、通信が来た時点で状況を察していたのか、既に準備を完了させたアランが立っていた。  イーサンが親指を立て称賛を送ると、アランも同じく返してきた。無表情で。

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