脱法勇者

読了目安時間:9分

エピソード:80 / 109

おまえもうすぐ死んじゃうのか

「誰が来るの?」 「べつに。たいしたことないやつら」  シフはつまらなそうにあくびをして、ベッドに転がった。  彼女は退屈そうに体を転がしたり伸びをしたりする。視線のやり場にたびたび困った。しかし彼女の部屋着に文句をいうわけにもいかず、室内を見回すふりをした。  ゼストリエルのほうは、シフの格好はどうでもいいようですました顔をしていたが、となりの部屋から以前の白猫がちらと顔を見せてからは、すっかり落ち着きがなくなった。 「そういえば。シフ。来客があるなら外したほうがいいか?」 「ぜんぜん、いつもくる連中だ。おまえたちは、てきとうにそこにいろ」 「そ、そうか」  ゼストリエルはなぜか残念そうだった。  どうも、来客がいるから外すという名目で、白猫のいる隣の部屋に行けるかもとか期待したらしい。そんなところだろう。  もちろんリクの推測だが、それがなんとなくわかる程度にゼストリエルの態度は読みやすかった。 「ねえ。お客さんって、なんの人たちなの?」 「みつぎものだ。人間が持ってくる」 「貢物?」 「うん。アークがこの近くの農場に金を渡して、わたしのところにみつぎものを届けるようにさせている。だから森から出なくてもだいじょうぶだ」 「そ、そうなんだ」  ゼストリエルと顔を見合わせる。  リクの両親が、シフの世話のためにお金を払って頼んでいるようだ。  ようするに買っているのだが、シフなりに理解すると貢物ということになるのだろう。 「きょう来てるのはそいつらと、あと、騎士団のうすのろだ」 「騎士団?」 「うん。ものをとりにくる。ばかみたいなやつだぞ」  シフは何でもなさそうに言ったが、この国で騎士団といえば普通は王立騎士団のことだ。  ほとんどの騎士団は冒険時代の終わりまでに衰退したので、騎士団と言ってふつう想像するような実態を備えている組織はほかに思いあたらない。 「騎士だと? 何用でここに来るのだ?」 「だからものをとりにくると言っているだろう。あとで説明してやる。もう近づいてきた。猫のおまえとしゃべっていると、説明がめんどくさい。少し黙れ。ゼストリエル」 「む……」  ほどなく、その来客がやってきた。 「シフ様、おそれながら、いらっしゃいますか。私どもです。クロードホリ農園の主人でございます」 「うん。はいれ」  戸を開けたのは老人だった。  えりの大きくあいたよれた服に、今はあまり身につける者のいない頭部全体を覆うような頭巾をつけていた。  肌は長年の日焼けが染みついたようで、しわの寄った腕に骨と筋肉がくっきり浮き出ている。年の割には元気そうではある。 「騎士様、どうぞ」  彼はゆっくりとした動作で横にそれ、戸板をおさえながら奥にいる人物に道を譲った。 「うむ」  騎士と呼ばれた男がいちばん最初に玄関をくぐった。  彼は金彩の入った板金鎧をまとい、その上からややこしい模様の入ったサーコートを着ていた。まちがいなく王立騎士団のものだ。  小盾と肩章には紋章が描かれている。リクは紋章の意味を正確に把握できるほどではないが、悪い家柄ではあるまい。  兜は身につけていない。黄色っぽい巻き髪の小太りな男だった。  彼はリクを見て意外そうにする。別の来客があると思わなかったのかもしれない。  額には脂ぎった汗が光っている。暑いらしい。  部屋の空気がいくぶん汗くさく感じられたほどだ。あとから兜を抱きかかえた従者らしき若い男が礼をしながら入ってきて、騎士に手ぬぐいをさりげなくさし出した。 「畏れ多くも陛下の命により――」  ここから、この男の長い挨拶がはじまった。  長いので割愛する。彼は自分が王命で来たこと、それから自分の出生地を言い、自分の生家と誰の息子かを言い、さらに騎士団での自分の階級について述べた。  それをシフはベッドに寝ころび、いかにも不愉快そうに顔をしかめて聞いた。  さらに飽きたのか、途中から騎士に背を向けて壁の木目をなぞり始めた。  それでも騎士のほうは格好をつけた挨拶を一貫して続けたので、ほとんど道化芝居だった。リクが家の外をのぞくと、先ほどの老人と目が合った。彼はなんとも言えない皮肉っぽい笑顔をリクに向け、歯を見せて笑う。  その後、従者が飾り箱をさし出し、その中に収められた巻物をうやうやしく開くと、その内容を逐一朗読し始めた。それは命令書で、シフに対する型通りの敬意表現とともに、約束に従いこの男にしかるべき物品を手渡すようにという指図だった。  リクはその巻物を見慣れていた。  王都の使者がリクの両親に仕事を依頼するときに持ってくるものと同じだ。いちおう、格式としては最高の書類と言ってよいものだろう。使者も、先ほどの騎士ほど長ったらしくないが、多少は儀式めいた口上を述べたりはする。  しかしそれにしても、この騎士の話は長かった。 「ながいなー!」  シフがとうとう我慢できなくなって怒り出した。 「あと少しで終わり申す! しばしご辛抱賜りたく」 「なにが辛抱だ! つらいと分かってるなら聞かせるな! 殺すぞ!」 「ひぃっ」 「し、シフさん。何もそこまで……」  リクがなだめると、シフはいくらか抑え気味になる。 「ものは用意してあるから、さっさと持ってけ! めんどくさい。リク、あれとって」  シフはいかにもおっくうそうに身を起こし、リクに棚を指さした。  そこにあったのは、手に乗るほどの大きさの小汚い包みだった。ぼろぼろの蝋引き紙で雑に包まれて、亜麻糸でぐるぐる巻きにしてあった。 「これ?」  どう考えても、王都の騎士がわざわざ取りにくるようなものではない。 「リク、そこのまぬけにそれをくれてやれ」 「シフさん。もうちょっと……ええと。ど、どうぞ」  リクは呆れながら、荷物を手渡した。  騎士は憮然とした表情でそれを受けとる。 「用が済んだら帰れ」  シフは騎士を睨みつけ、あごで追いやるような仕草をする。  騎士は何も言わず、きびすを返して出ていった。  従者はなんとも言えない困り顔をして、リクたちに頭を下げて出ていった。年恰好はリクより少し年上といった風だ。働いていてえらいなあ。とリクは礼を返しながら思った。 「じじい。入っていいぞ」  シフがまだいくらか不機嫌な口調で言う。  外に控えていた老人が入ってきた。彼は背中に荷物を背負っている。 「お前も上がりなさい。シフ様に挨拶なさい」  老人が外に声をかけると、娘がおずおずと顔を出した。  リクは彼女に見覚えがあった。  赤毛の三つ編みにそばかす顔、ちょっと前に出くわした薬草摘みの娘だ。そういえば家は農園だと言っていたな。と思いだす。 「あっ」 「あ。勇者の人……」  向こうも気づいたらしく、驚いた顔をした。  老人はシフに対して頭を下げ、柔和な笑顔で挨拶する。口調は丁寧だったが、親しみがこもっていた。彼はシフをそれほど恐れてはいないようだ。 「シフ様、はは。参りましたな。王都の騎士様も形無しで」 「ああ、毎回うんざりする」  彼は背負った荷を下ろし、結わえ付けていた紐を外して床に麻袋や木箱を並べ始めた。  赤毛の娘も同じように背負ってきた荷物を置く。彼女はシフを怖がっているようで、ちらちらと機嫌をうかがうようにシフやリクを見た。  荷物の大半は食料品のようだった。ヘルハウンドが何か期待するように麻袋を見ている。定期的にこうやって補給しに来るのだろう。 「あの男はこれまで来たなかでも一等ひどいな。そうは思わんか?」 「私めの口からは……」 「ふん。そのうち本当に殺してやろうかな。そうしたら新しいのが来るだろう。お前もそのほうがやりやすいんじゃないか」 「どうお答えしたものか……」  老人はとても言えない、という風にひっひと笑う。  どうやらこの老農夫は、シフに用件のある騎士をいつも案内しているようだ。  それで、今回のやつはひどいと暗に言っているらしい。口には出せないようだが、たしかに、さっきの男の世話は大変そうだ。  シフの彼への態度は、さっきの騎士に対するものよりずっと柔らかだった。リクやヴァスに見せる態度よりは、いくぶん威厳を保ってはいたものの、気づかいのようなものが垣間見えた。 「この小娘は?」 「孫です。私めもそろそろ先がわからないので、この先を引き継がせようと」 「そうなのか。おまえもうすぐ死んじゃうのか」 「時期は私が決めることでは。でも年ですので」  シフのずいぶんな言い方にも、老人はさっぱりした笑顔を返した。  赤毛の娘が、彼の横に並んでぎこちなく挨拶する。 「わかった。じゃあそれで」 「は、はい。よろしくお願いしますです」 「そうびびるな。とって食いはしない」 「ひええ」  シフはそう言うが、赤毛の娘は明らかにシフを恐れていた。  外見的にはシフの姿は怖いものではないが、それなりに知れ渡っているのだろう。  彼女は助けを求めるようにリクを見た。 「あ。あの。偶然だね」  リクが彼女に声をかけた。 「あっ、勇者様。えーと。先日はどうも」 「あの後はうまくいった? あの、薬草の」 「ええもう」  赤毛の娘は老人の腰を軽くはたく。 「おかげさまで、じいさんの尿の出もだいぶ」 「ん? 知り合いか?」  リクと娘は、大まかにいきさつを説明した。たまたま出会って、薬草取りを手伝ってやったことなどだ。  シフは黙って、面白くもなさそうにその話を聞いていた。  いっぽう、老人のほうは、リクが勇者でアークウッドの息子と知ると、ひどく恐縮した。 「なんとまあ。アークウッド様のご子息にそんなことを」 「あ、ぜんぜん気にしなくていいですよ。ヒマだし……」 「ありがとうございます。本当に。恐悦というほかありません」 「お、大げさだなあ」  老人があまりに感動して見せるので、リクはどうしていいか分からなかった。  ああ、そうか、この人はお年寄りだから、まだ勇者がすごいものだった時代の人なんだ。と、遅れて気づく。  過去の残り香のような老人の賛辞に面はゆい思いをする。 「勇者様、またお会いしましょうね」  赤毛の娘は両手を振ってリクに別れの挨拶をして、帰っていった。 「う、うん」  リクも同じように手を振って送り出す。  そしてふり返ると、シフがじーっとリクを見ていた。  というより、ちょっとにらんでいた。 「ふーん……」 「な。なに。シフさん」 「べつに?」  あ、なんか気まずいな。  リクはなんとなくそう感じた。  実際、それ以降シフはいくぶん気難しい調子になり、ヘルハウンドを借りるという難題はまた一歩遠のいた。  とはいえ、それでもリクにはシフと打ち解けつつあるという実感があった。  充分な時間があれば、彼女は手助けしてくれるはずだ。そう確信した。  しかし、時間がないことをリクはその日のうちに思い知らされる。  昼間に会ったあの妙な騎士が、道中で殺されたという知らせがリクの元に舞い込んだからだ。

コメント

もっと見る

コメント投稿

スタンプ投稿


  • ラティナ(うちの娘)

    CoRuRi

    ♡3,000pt 〇100pt 2019年9月30日 10時49分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    さすがですね

    CoRuRi

    2019年9月30日 10時49分

    ラティナ(うちの娘)
  • ひよこ剣士

    kotoro

    ♡3,000pt 〇100pt 2019年9月30日 6時04分

    リク、燃え上がらせるの上手だなぁリク…将来がおもいやられるというか、アルルが心配するのもわかる…

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    kotoro

    2019年9月30日 6時04分

    ひよこ剣士
  • うどん

    まくるめ

    2019年9月30日 8時53分

    リクのヘキです

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    まくるめ

    2019年9月30日 8時53分

    うどん
  • ブルーマーメイド

    桑白マー

    ♡2,000pt 〇100pt 2019年9月30日 5時44分

    急に(。ŏ﹏ŏ)最後の数行でめちゃくちゃ緊迫させるのが凄い上手。読んでていつも、ええ?って声が出ますぞ。

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    桑白マー

    2019年9月30日 5時44分

    ブルーマーメイド
  • うどん

    まくるめ

    2019年9月30日 8時53分

    ありがとうございます

    ※ 注意!この返信には
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    まくるめ

    2019年9月30日 8時53分

    うどん
  • ひよこ剣士

    kotoro

    ♡1,000pt 〇100pt 2019年12月6日 19時04分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    続きを楽しみにしてるよ

    kotoro

    2019年12月6日 19時04分

    ひよこ剣士
  • ひよこ剣士

    からあげ

    ♡300pt 〇100pt 2019年9月30日 5時38分

    ※ 注意!このコメントには
    ネタバレが含まれています

    タップして表示

    ▼▼

    えんどろ~!ファイ

    からあげ

    2019年9月30日 5時38分

    ひよこ剣士

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • 虹の騎士団物語

    ちょこちょこ&ほのぼの進むファンタジー

    2,100

    0


    2022年5月28日更新

    昔々、神様は世界をひとつにできる架け橋、虹を作りました。 けれど、いつまで経っても世界から争いはなくなりません。 悲しんだ神様が流した涙が虹に落ちると、虹は砕け、空から消えました。 それから、虹が空に現れることはありませんでした。 でもある日、虹のカケラが、ある国の9人の少女の元にとどきます。 虹の騎士団と呼ばれた彼女たちが世界をひとつにしてくれる、最後の希望になった。そのときのお話です。

    読了目安時間:3時間14分

    この作品を読む

  • 魔竜少女リーファ ~邪神に騙されている勇者に生贄にされた私は聖剣の守護竜と合体ッ!! 絶対に勇者を止めて見せます!!~

    生贄から始まるコメディファンタジー

    124,500

    0


    2022年5月28日更新

    冒険者ギルドのSランク冒険者、大陸でも勇者の呼び声も高いアルベルトにクエストを手伝って欲しいと頼まれた駆け出し冒険者のリーファ。 彼女はEランクの自分が何の役に立つのかと疑問を感じながら、報酬に釣られアルベルトのパーティーと共にダンジョンへと潜る。 そのダンジョンの最下層でアルベルトは聖剣を手に入れる為、リーファを生贄に捧げると告げ、彼女の胸にナイフを突き立てた。 死んだかに思われたリーファに、聖剣を守護していた竜アルマリオスの魂が語り掛ける。 「僕と契約して魔竜少女になってよ」 騙されて利用された間抜けで終わるのは御免だ。 リーファはアルマリオスと契約し、黒幕である邪神の計画を阻止すべく暗躍を始めるのだった。 なろうでも公開中。

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり

    読了目安時間:6時間55分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 龍を討つもの、龍となるもの

    愛してはならない者同士の恋愛劇

    38,100

    190


    2022年5月28日更新

    敵である龍を討つために西の果てから龍が支配する世界にやってきたものの、 龍を護衛する役目を就いてしまった男がいずれ龍となるものである女と出会ってしまう。 今はまだ出会ってはならないもの同士が出会ってしまい、気づいてはならないものに気付いてしまい、 そして抱いてはならない感情を抱き合う。 ふたつの龍を巡る闘争の世界において交錯する宿命の物語。

    読了目安時間:3時間12分

    この作品を読む

  • 戦国夜話 ドラゴンVSフェニックス

    よろしくお願いします

    100,742

    1,762


    2022年5月26日更新

    戦国時代で最強とうたわれた武将、越後の龍( ドラゴン )・上杉輝虎ちゃんと、戦国時代きっての最弱大名でありながら、領民や部下に支えられ、何度ボコられても復活する不死鳥( フェニックス )のような小田氏治。何の因果か、はたまた運命か?この二人が今、なし崩しに激突する! 戦国時代で異彩を放った、最強と最弱の二人がいかに「 山王堂合戦 」で八時間もの激闘を繰り広げ、雌雄を決していったかを綴って参ります。

    • 暴力描写あり

    読了目安時間:1時間41分

    この作品を読む