脱法勇者

読了目安時間:9分

エピソード:35 / 109

リリヤの毒麦狩り

「あの……ずっと後ろにいられると怖いんですけど」 「あらら、失礼しました。人の後ろをとるのが好きで」  リリヤは物騒なことを言って笑う。  彼女は椅子をリクのとなりに引いて座りなおした。  なんか近い。  が、背後よりはましだ。 「……一か月ほど前に、衛兵がひとりの男を捕まえました」  リリヤはリクの肩にひじを置く。  けっこうボディタッチが多いな。この人。 「元冒険者の流れ者でした。平和になった後、身の落ち着けどころが見つからなかったたぐいの者です。その男は人狼病にかかっていました。すぐに治療されましたが。問題は、感染した理由です」 「理由って……」  人狼病の感染源は一つしかない。  人狼、すなわちほかの感染者だ。  しかしリリヤは予想外のことを言った。 「ある夜。誰かに刃物を刺されたと言うんです」 「刃物?」 「その刃物に、血がべっとりと付いて、というより、塗られていたというのです。その男も元冒険者ですから、なにか悪い予感がしたんでしょう。すぐに傷口を切開して酒で洗ったそうです」  できる限りの善処だったと思います。とリリヤは付け加える。 「しかし感染しました。人狼病の感染源は、人狼の血です。それが刃物に塗られていたんです」 「わざと病気を移したってこと?」 「ええ。もともと人狼病は、とても感染しにくい病気です。感染するためには、人狼の血液が人間の傷口に、ようするに体内に入り込む必要があります」  リリヤはリクのほおの傷を撫で、頬をぷにぷにと押す。  一瞬びくりとしたが、特段の意味はなさそうだ。 「そのような条件が満たされるのは『人狼と戦い、負傷したうえで人狼の返り血を浴びた』というようなケースだけです。少なくともこれまではそうでした」 「だから人狼を倒すと呪われて人狼になるって……」 「そうですね。人間がそう誤解したのも無理はありません」  いくらか慰めるような口調でリリヤは言う。 「そんな条件が満たされるのは戦いの中だけですから、平和になるとともに急速に人狼病は鎮圧されていったんです。とても感染しにくいんです」 「でも、血の付いた刃物で傷つけられたら」 「当然うつるでしょうね。確実かはともかく」  リクはいくらか思考をめぐらし、リリヤに問う。 「だから、武器を持った男のことを調べてたの?」 「……まあ、おおむねそうです」 「それで僕に」 「ええ。リク様がたまに棒を持って徘徊するという奇行癖をお持ちなので」 「奇行癖って言わないでください」 「なんにせよ。しばらく監視させていただきました。悪しからずご了承ください。どうも、リク様の奇行と噂になっている不審人物は別人のようですね。はあ。武器を持ってうろつく者が二人もいるとは、ここは変態大陸でしょうか」 「変態大陸って……」 「リク様はシロだと確認できたので」 「僕が犯人だって疑ったの?」 「……いえ、その可能性はあまり。どちらかというと、患者のほうで」 「僕が人狼かもって?」 「初期症状、なのですよ……徘徊は」  リリヤは人狼病の症状をひと通り説明する。 「人狼病の中核をなしているのは夢遊病です。  はじめは眠りながら目を見開いたり、非常にはっきりした寝言を言ったり、頭をかきむしる。そういったことが増えます。これはふつうの人でもあるレベルですが、これが第一段階です。  やがて眠りながら歩き回るようになり、その長さと頻度は次第に増します。これが第二ですね。  本人はそれらをまったく覚えていません。  やがて歩き回るだけでなく、眠りながら食事や、着替えなどの日常の動作を行うようになります。これが第三段階。  さらに何段階も進行するあいだに、刃物を研いだり荷物をまとめるといった、目的のある複雑な動作をこなすようになります。眠る時間は増え、二重生活のようになりますが、本人は眠ってから現れる『もう一人』のことはまったくわかりません  そのもう一人が『人狼』です」 「本人に自覚はないの?」 「夢を覚えていられないのと同じです」 「それにしても気づきそうだけど」 「おそらく自覚できないことも症状の一部なのでしょう。多くは周りの者が先に気付きます。この時点で発見されて治療を受けることが多いです。周りの者がいれば、ですが」 「孤独でなければ」  リクはなかば無意識につぶやいた。 「症状の段階が進行するほど『人狼』は恐ろしい怪力や身体能力を発揮します。そして同時に、異常な食欲を示すようになります。食べ物を食いつくしたり、盗んだり、それで飽き足らなければ『狩り』をはじめます』 「狩り……」 「朝起きたら、部屋が血まみれ、ぐちゃぐちゃの台所に鶏の羽根が散らばっている……そうなったときに患者は初めて『何かがいる』と気づきます。それでも、その何かが自分だとは気づきません。受け入れられないんです。それが最終段階のひとつ前ですね」 「……最終段階は?」 「人間を狩りの対象にします。そのころには人狼は、鉄板を紙のようにちぎるほどの力を得ていますから、人間を八つ裂きにして喰らうなど造作もありません。人間を食べたら、もう治療は不可能だと言われます。人の味を覚えたら、もはやこの世界の人間ではなく異界のモンスターです」 「助けられないの?」 「あはは。殺してあげるしかありませんね~」  リリヤは料理の味付けでも間違えたような口調で言う。  しかし、冒険時代にはよくある悲劇だったらしい。 「人狼病は周期的に症状が悪化します。だんだん悪化して、ある時急に軽くなったと思ったら、つぎの症状が始まり、また悪化していきます。それがだいたい月の周期と同じです。とくに夜が明るいと悪化するので『満月が来ると一段階悪くなる』と言われます」  人狼病についてのひと通りのレクチャーを終えると、リリヤは欠伸をかみ殺した。  それからがばりとリクの肩に手を回す。 「わっ」 「とにかく、この『シグの呪い』をばらまく邪悪な存在を狩らねばなりません。これが不肖リリヤとリク様のクエストです。よろしいでしょうか」 「は、はい」 「がんばりましょう。いぇい」  やれやれ、リリヤのペースに乗せられてしまったな。  そう思いつつも、リクの胸は高鳴る。  待ち望んでいた非日常だ。  冒険だ。  ……思ってたのとちょっと違うけど。  リリヤに協力しよう。と決めた。 「ところで、その犯人、なんでそんなことするのかな」 「あ、それは考えても仕方ないと思いますよ」 「どうして?」 「リク様。あまり敵の動機が理解できるものだと思わないほうがいいですね」  リリヤははっきり「敵」という言葉を使った。  そのうえで未熟な後輩をさとすように、彼女は続ける。 「もちろん。想像して仮説を立てることはできます。たとえばシグの死によって、彼の作り出した人狼病が不安定になったという可能性は、一応あるかもしれません」 「不安定?」 「これは素人考えです。わたしに体系だった魔法の知識はありません。ただ。先ほどもお話しした通り『人狼』は最終的に別の人格のようなふるまいをします」 「別人格……」  リクはその言葉に、思わずリリヤを見た。  ろうそくにちらちら光る彼女の横顔をじっと見た。 「その人格が、自分の血を他人に打ち込み、感染させることを望むとしたら……少なくともその人狼病は、これまでの人狼病よりはるかに感染の脅威が高くなります。そういった『変異株』が生まれないとは言い切れません。繰り返しますが素人考えです」  素人考えにしては精緻だ。  と、リクは思った。何らかの根拠はあるのだろう。  ひと通りの筋は通っているように聞こえる。  人狼病の弱みがその感染のしにくさにあるとしたら。  患者が感染を望むように仕向けることは、病気にとっては意味がある。病気に意思があればだが。 「でも、仮にこのように考察したところで、意味はありません」  リリヤは手のひらをかえすような仕草をして見せる。 「無意味です。敵の行動が予測できるようになるわけではありません。わかった気になるかもしれませんが、それ以上の意味はありません。動機を考えるとはそういうことです」 「そうかな……」 「敵の行動原理がわからないことは、怖い」  納得のいかないリク。  彼を誘惑、あるいは脅すように、リリヤはささやく。 「怖いから、知りたいと願う。確かなことがわからないから、考える」 「それが悪いことには――」 「考えれば、先ほどのような理屈も立ちます。それはもしかしたら意味があるかもしれない。でももしかしたら危険かもしれない。それは月にかけた梯子です」  リリヤは独特の言い回しをした。エルフの慣用句かなにかだろうか。  月にかけた梯子。  正確にはわからないにしろ、意味は何となく想像はつく。 「ウサギさんを狩るときに、ウサギさんが何を目指して走るか考えても仕方がないじゃありませんか。そんなことは足跡を追い、弓を引き、ウサギさんが倒れたら、考えたらいいのです」  リリヤの言いたいことはおぼろげに理解できてきた。  彼女は要するに、気構えの話をしている。  狩人に必要な「気質」の話をしている。  そうリクは解釈した。 「じゃあ。またお会いしましょう。勇者様」  リリヤは話すべきことは話したと判断したらしい。  すっとリクから離れ、椅子から立った。 「口外無用でお願いしますよ」 「帰るの? リリヤさん。もう暗いよ」 「泊って行けということですか?」 「え、いや……」  リリヤはリクをふり返り、唇に指をそえる。  細いあごから胸にかけてのシルエットが妙に気を迷わせた。  リクは頬を赤らめたが、暗いから本人にしかわからない。  いや、リリヤならわかるんだろうか。そんなことを逡巡する。 「そうじゃなくて、危ないから送っていくよ」 「ありがとうございます。でも残念ですが必要ないのです」 「でも」 「われわれは夜に害されることがないので……」  リリヤはにこやかに言う。  なんの話かわからず。リクはいくらか当惑した。 「とっても残念ですけどね。そのうち無意味に送ってください」  リリヤは前に向き直り、歩きだした。  リクは妙に後ろ髪引かれるような思いで、その後すがたを見送る。  そのまま数歩。  彼女の姿は消えていた。 「……えっ」  その消失があまりに突然だったので、リクは自分がうたた寝でもしたのかと疑った。  リリヤを追うように足を進めてみる。  玄関に開いた形跡はない。  ふと頬に風が当たる。見ると、閉じていたはずの窓が半分ほど空いていた。  リクは窓に駆け寄る。  半ば予期していたが、リリヤの姿はない。  すみれを思わせるかすかな残り香を嗅いだ気がしたが、気のせいかもしれない。 「消えるのはいいけど、窓から出入りしないでほしいな……」  星が良く見える夜だった。  冷たい夜風に、影絵になった樹がさざめいている。  月は三日月だった。たしかこのあいだ新月だったはずだ。  リクは窓を閉め、明かりを消した。  眠る前にリリヤの言葉を思い出す。  目を閉じていると妙に不安だったが、そのまま寝入った。  翌朝。  いや、朝ではない。  リクが目を覚ました時には、もう昼近かった。  目の前にアルルがいる。  彼女が起こしてくれたらしい。 「勇者リク、連行するぞ。着替えろ」  アルルはまだ寝ぼけているリクにそう言った。  そして、おはようと付け加えた。

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