「いちおう言っとくけど、戦わないのがいちばんなんだからな」 「分かってるよ」 「リクが戦うのは、ほんとに非常事態の中の非常事態の話なんだぞ」 「他にどうしようもないときだけだよ」 納屋に向かうあいだ、アルルとリクはそんな会話を交わした。 アルルを安心させるように答えたが、その「非常事態」はいずれ訪れる気はしている。 「ティステルさん、なんでついてこなかったのかな」 「わからん」 ティステルは来なかった。家で待つという。 アルルがついてくるように促したが、自分の仕事ではないと断った。 家で酔いを醒ましているという。たしかに見た目でもわかるほど酔ってはいた。 「あの人、お酒好きじゃないんですけどね。酔うなんて珍しいです」 リリヤが言う。 「そうなのか? じゃあなんでお酒なんか買ったわけなんだよ」 「さあ。お嬢様に物申すのに勇気がいったんじゃないでしょうか」 「むう」 アルルは心外そうな顔をする。 「まったく。わたしのボディガードのくせに」 そういえばティステルはシフの家にもついてこなかった。 「冒険者特有の、ある種の勘かもしれんな」 「なにそれ」 「自分の能力の及ばなさそうなものを避けているのかもしれん、ということだ。常人はそれでいい。ここから先は勇者の領分だ」 「ティステルが常人かなあ」 「私とかリク様に比べたら、そうなりますね」 リリヤがいくぶん申し訳なさそうに言う。 「もちろん、人間の基準であれば強いですよ。その辺にいるような悪漢だのといった手合いであれば、彼女でかたがつきます。だから表向きはティステルさんがお嬢様のボディーガードというわけです」 「ふーん……」 なるほど。リリヤは暗に言っている。本当のアルルのボディガードは彼女なのだ。 おそらく、アルルの侍女になったというのも表向きの話で、実際にはそれよりずっと以前からアルルの身辺を守っていたのだろう。アルルが成長したから、姿を現すようになっただけだ。リクに自分の正体を暗に明かしたのも、それで問題ないと判断したのだろう。 「リク様、ティステルさんの事も守ってあげてくださいね」 リリヤはそんなことを言った。 「どう考えたって逆の展開になりそうなわけだが」 「だといいですけと」 納屋の入り口に立ち、カギを開けるとき、アルルは一瞬、不安げな表情を見せた。 リクが彼女のほうを向いてうなずくと、大丈夫だといった風に彼女もうなずき返す。 「で、ここにどんな武器があるんだ? 本当に合法だろうな」 「合法なのは間違いない。ヴァスにも確認したが、間違いないと言っていた。早いところ回収してしまおう。使いかたを覚えてもらわなければ」 隠し部屋に入ると、ゼストリエルは前と同じようによろい戸を開けさせた。 そして武器の数々がかかった壁を前足で指す。 「あれだ」 「この壁にあるやつは全部違法なわけだが!」 「あれそのものではない。いいから。アルル、悪いが取ってくれ」 「きったないなあ……あんまり触りたくないぞ」 「リリヤに触らせるとまずい」 アルルは不平を言いながらゼストリエルの指したものを持ってきた。 彼女はゼストリエルに手渡そうとしたが、彼は触れないからテーブルに置けという。 テーブルに置かれたのは、壁にあった中でもひときわみずぼらしい武器だった。なぜそれが武器棚にあるのか不思議なぐらいだ。 それは朽ちかけたような木の棍棒だった。丸太の端を削っただけのように見える。握りの部分には布が巻かれているだけ。どう見ても、あり合わせで作った棍棒に見える。せいぜい素振りに使うようなものだろう。 「こんなのテーブルの足にもならないわけだが! こんなのでうちの勇者に戦わせる気か! もっとすごい武器を出せ!」 「アルルがそれ言う?」 「散々もめて、こんなしょぼい武器だったらそうなるわけだが!」 「そうだろう。こんなもの。だれも盗みはしない。万が一ここに盗賊が入ったとしても」 ゼストリエルは勝ち誇ったように言う。 「盗賊対策か」 「そうだ。何のためにこの隠し部屋があると思っている。とにかくアルル嬢。布をはずして中のものを取り出してくれ」 「指図するな。まあいいけど」 アルルが握りに巻かれた布を外すと、その下に細工された柄があった。 木と石の中間のような奇妙な素材で作られ、何度も反復する幾何学模様が掘りこまれていた。エルフの品らしい。 棍棒の端がねじ細工になっていて、回して外すと柄だけが取り出せた。 「魔剣『グリスタルフの約束』だ。言っておくが私に触れさせるなよ」 ゼストリエルはそう言って、リリヤを見やる。 「リリヤ、お前も触れてはならんぞ。致命的だ」 「……でしょうね。それが本当に彼なら……グリスタルフなら」 「知っているか」 「エルフか、エルフだった者で、グリスタルフを知らない者はいません」 リリヤは何とも言えない表情をする。 「先に由来を説明しよう。これは――」 「わ、なんかすごい」 リクはアルルの置いた空っぽの柄を手にとる。 握りしめると、氷柱のように冷たかった。 冷たい、と感じた。その感覚は腕全体に広がる。とにかく体温が根こそぎ吸い取られるような感覚があった。 次の瞬間、中空の柄から、光の柱が立ちのぼる。 それはたしかに剣のような形をしていた。 「すごい! 魔法の武器だ!」 「馬鹿者ー! 説明する前に触るな! すぐ手を離せ!」 ゼストリエルが後ろに飛びのきながら叫ぶ。 「えっ、離す? これ、どうやって離そう」 リクの右手の指はもう動かなかった。指の感覚はすでになくなり、凍てついたようにその柄に張りついている。寒さは全身に広がっていた。凍えるような感覚がする。 「あほか! 死ぬぞ!」 「勇者リク! 違法行為だぞ! そんな事していいと思ってるのか!」 アルルが叫ぶ。 前回はこれで魔力が遮断された。 しかし、今回は何も起こらなかった。 「あれ? あれ?」 アルルはもう一度同じことを繰り返したが、やはり何も起こらない。 「なぜ何も起こらんのだ!」 「合法だからだ! リク! どうにか手を離せ!」 「くっ」 リクはやむなく、右手をテーブルに叩きつけた。 数度目かで、動かなかった指が外れた。 光の剣はかき消え、空にもどった柄はテーブルを転がって床に落ちた。 「説明を聞いてから使おうと思わんのかッ!」 ゼストリエルが飛びかかってきて、肩に乗ってリクのほおを何度も叩いた。 爪が当たってかなり痛い。 右手はまだ言うことをきかず、強く打ったのに痛みもない。 ゼストリエルはまだリクを叩き続けている。 「痛い! 痛いってゼストリエル!」 「痛いように爪を立てている! 痛みで覚えろ! 冒険時代のものをすぐ触ろうとするその悪癖をいい加減に直せっ!」 「ごめんってば! アルル、何とかして!」 いっぽうアルルは、呆然と佇んでいた。 「な、なんで勇者の紋章が起動しないわけだ……?」 「形状を見ろ。あれはただの『柄』だ。武器禁止法の禁止物に当たらん。何しろただの木の化石を掘って作った中空の棒だ」 ゼストリエルはアルルに解説しはじめたので、リクへの攻撃はやんだ。 「で、でも、魔法だろう。魔法の道具の使用は魔法禁止法に」 「対象外だ」 ゼストリエルは首をふる。 「回復魔法の一種だからな。これ」 「は?」 「なんでこれが回復魔法なの?」 つい質問してしまったリク、アルルとゼストリエルから睨まれた。 「それを説明する前にお前が触ったんだよッ!」 「そうだぞ! お前ほんとにそれ悪いくせだが!」 「私に敬意がないからそうなるのだ! 敬意を払え!」 「そうだぞ勇者おたく! 骨董おたく! 大人の言うことを聞け!」 「その奇癖を直せ! つぎは死ぬぞ!」 「ふええ」 リクが説教されているあいだ、リリヤは転がった魔剣につかつかと歩み寄っていく。 「……こんなところにいたんですね」 彼女はいくらか遠巻きの距離を維持したまま、それに話しかける。 「最古老も変わり果てたものですねえ。ねえ。グリスタルフ。聞こえますか。私です」
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harukary
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harukary
2019年9月12日 0時23分
桑白マー
全然ちゃんとした武器だった!どのような効果なのかはまだハッキリしていないけど(๑•̀ㅂ•́)و✧銀のカトラリーとか思って申し訳なかった。エルフ「だった者」かー。
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桑白マー
2019年9月11日 21時06分
まくるめ
2019年9月12日 4時48分
銀食器もなにかの役に立つかも
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まくるめ
2019年9月12日 4時48分
CoRuRi
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CoRuRi
2019年9月11日 22時08分
kotoro
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kotoro
2019年12月1日 14時02分
からあげ
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からあげ
2019年9月12日 5時10分
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