脱法勇者

読了目安時間:5分

エピソード:95 / 109

個人教授

「もっと集中して」  ヴァスがリクの顔をじっと見る。 「そ、そう言われても……」 「いいから、もっと自然にいつも通りで」  無理ですよ。  とリクは頭の中だけで言う。  リクの手はヴァスの胸元に置かれている。これだけで年若いリクの集中を妨げるには十分に過ぎる。指先に伝わる体温、髪の匂いもそれに追い打ちをかけるようだ。  集中しよう、と心を清ましてみようとすれば、彼女の吐息の音が聞こえ、心拍が肌を通して伝わってくる。だめですね。  じっさい、そう言うヴァスも自然体ではいられないようで、珍しく顔を赤くして、困惑したようにリクを見ている。それでも彼女は年長者らしく取り繕おうとする。 「……気後れするのはわかるけど、魔法を教えるのはこれが一番早い。異界の力に直に触れて覚えてもらう。言葉で教えることはうまくいかない。あなたたちの言葉はこの世界のものに対応していて、むしろ妨げになる。肌感覚で覚えるしかない」 「じかに触れて覚える……肌感覚……」 「なんでそこだけ抽出すんのよ」 「な、なんとなく……」  リクは薄笑いして目を逸らす。 「……こんなに雑念が入っている状態では、次の段階に行くのが難しい」 「そ、そんなに僕って余計なこと考えてますか」 「悪いけど、わかる。……リクくんさっき『次の段階』って聞いて変なこと考えたでしょう? いま、私があなたの精神に同調しようとしてるから、手にとるようにわかる」 「ぐはっ」 「……この話は流しましょう」  ヴァスは小さく首を振り、小休止しようという。  リクは正直、安堵した。停戦協定のように感じた。 「……失敗してもいいから、でたらめにやってみるとかじゃダメなんですか?」 「魔法の失敗はそんな生易しいものではない。異界の力のコントロールに失敗したら、多くの場合裏目に出ることになる。たとえば破壊の術であれば、術者本人が吹っ飛んだりする。強化の術を失敗したら物体が壊れたりとか」 「回復魔法の場合は?」 「腫瘍とかになるわね」 「げえっ!」 「アルエファの力は、引きだすのは簡単だけど、止めるのは逆に苦労するの。膨大な生命力が注入されると、逆に致死的になることもある。だから人間にはふつう教えないの。まあ、私が加減するし、傷跡が残る程度は覚悟してるから、気にしなくていい」 「それって……」 「そう」 「……ヴァスさん」 「ほかの者を練習台にはできないでしょうが。真面目にやってよね」  彼女は、いわば練習台になるために、自分で治せる傷を治さずにおいたのだ。リクの未熟な術で自分の身体に害が及ぶのを覚悟して。  リクはいくらか自分を恥じた。  まったく、自分はなんてだらしないのか。ヴァスさんが身を賭しているのに、自分ときたら。そう考えた。照れたり、妙なことを考えたり、おっぱいがふたつあることに大喜びしている場合ではなかった。 「ヴァスさん、お願いします」 「うむ。変なことは、なるべく考えないように。努力義務で」  しばらくのち。 「……そう、その調子」 「大丈夫ですか」 「ええ。上手ね……」 「そう……かな?」 「慣れたら……そんなに難しいことじゃないでしょ? 自信ついた?」 「う……うん」  リクとヴァスがそんな会話をしていると。  ドアが爆ぜるように開いた。 「こらあああああああ! リクううううううううううううううう! なあああああああああああああああああああにを、しとるんじゃああああああああああああああ! わたしというものがありながらあああああああああああああああああ!」  アルルである。 「げえっ! アルル!」  二度述べるが、アルルである。  アルルは鬼の形相で、リクにつかつかと歩み寄る。 「アルル、いや、違うよ? これは誤解……完全な誤解!」 「なにがどう誤解なんだよ! ヴァスの胸を触ってただろ!」 「ちがうよ! 傷を治してたの! 回復魔法は合法でしょ! 勇者の僕でも使えるんだよ! だからそれでヴァスさんの胸の傷を……!」 「そんなウソついていいと思ってるのか!」 「なっ、ちょっと! アルル!」  アルルは無理やりヴァスの胸元をつかみ、ローブを引きはがした。 「傷なんてどっこにもないわけだが!」  アルルがあらわになったヴァスの胸を指さす。  リクは目を逸らすふりをしたが、なんだかんだしっかり見た。  そこに傷はない。肌をえぐる深い傷は、いまや完全に消えていた。肌は傷の形にわずかな赤みを帯びていたが、それすら、気を向けなければ見えないほどだ。 「治したんだよ!」 「そんな簡単に魔法が使えるようになってたまるか! 基礎的と言われる魔法すら、長いことかけて身につけるのが普通なんだぞ! それすら才能のある人間の話で、才能のないやつは五十年修行してもなにも身につかない世界なわけだが!」 「覚えるよ。勇者なんだから」 「うががが」  結局、アルルの誤解がとけるまでずいぶんな時間がかかった。  地団太を踏んだアルルが転び、その時のケガをリクが治してやったので、ようやく彼女もリクたちの言い分の正しさを認めた。  とはいえ納得してからも、まだふてくされていたが……。 「リク、頼みがある」  ようやく場が落ち着いたところで、ヴァスは言った。 「守ってあげて欲しい。ウェアウルフを」 「ヴァス。逆なわけだが。ウェアウルフから町を守るんだろ」  アルルが口をはさむ。 「そうね。もちろん。町のみんなも守らなければならない。でも、ウェアウルフからではない……リク、あなたに頼んでおく。みんなを守ってほしい――」  ヴァスはしばし沈黙し、言いよどむ。 「――私から」 「なっ」 「どういうこと?」 「その時がもしくれば、わかる。来ないことを祈っている」  なにか他人事のように彼女は言う。 「それが起こったら、私に容赦をする必要はない……どうせ死ぬことはないから。どんな攻撃をしてもかまわない。必要なら逃げて、一晩以上は続かないはず。患者や市民を連れて逃げて、隠してあげて。私から」 「どういうこと?」 「ごめんね。上手く説明ができない……予想もつかない」

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  • 男戦士

    Jun

    ♡9,000pt 〇300pt 2019年12月10日 6時30分

    かなり重いフラグが・・・ 誰も傷つかずに事件は終息するといいなぁ。 人狼病に罹患した人間たち。今後の展開から目が離せません

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    Jun

    2019年12月10日 6時30分

    男戦士
  • うどん

    まくるめ

    2019年12月14日 1時16分

    お読みいただきありがとうございます。

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    まくるめ

    2019年12月14日 1時16分

    うどん
  • ラティナ(うちの娘)

    CoRuRi

    ♡7,000pt 〇100pt 2019年12月9日 22時37分

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    えんどろ~!セイラ

    CoRuRi

    2019年12月9日 22時37分

    ラティナ(うちの娘)
  • ブルーマーメイド

    桑白マー

    ♡3,000pt 〇100pt 2019年12月9日 21時57分

    えっ、どういうこと(。ŏ﹏ŏ)ヴァスさん、なの?

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    桑白マー

    2019年12月9日 21時57分

    ブルーマーメイド
  • うどん

    まくるめ

    2019年12月14日 1時16分

    続きをお楽しみに

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    まくるめ

    2019年12月14日 1時16分

    うどん
  • ひよこ剣士

    kotoro

    ♡1,000pt 〇100pt 2019年12月9日 22時17分

    うーん、うーん、ウェアウルフは複数いるわけで…ヴァスもそうなってしまったってこと?勇者リク、みんなを守れるほど強くなれるのか!?

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    kotoro

    2019年12月9日 22時17分

    ひよこ剣士
  • うどん

    まくるめ

    2019年12月14日 1時16分

    続きをどうかよろしく

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    まくるめ

    2019年12月14日 1時16分

    うどん
  • エリナ(QB)

    tkkt

    ♡8,000pt 2019年12月10日 21時06分

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