脱法勇者

読了目安時間:9分

エピソード:86 / 109

勇者でよかったかも?

「よかった。まだ無事だ……」  リクたちが駆け付けたときには、まだ惨事には至っていなかった。  シフの家の前に四人の人間たちがいる。老人がふたりと、若者がふたりだ。家の壁ぞいに追い込まれていた。顔にははっきりと怯えの色が浮かんでいたが、傷つけられてはいないようだ。途方にくれたような顔でこちらを見ている。  ヘルハウンドは気が立った様子で、彼らから一定の距離を取って動きまわっていた。  たてがみと尾はふくれあがり、漆黒の身体はなにか流体の塊のように見える。赤い瞳が鬼火のようだ。低いうなり声をあげるたびに、一瞬だけ赤い口がのぞく。  魔物の足元は弧の形に地面がえぐれていた。人間を逃がさないように、何度も何度もそこを往復し続けていたようだ。 「よし。どうにか間に合ったようだな。急いだ甲斐があった」  ゼストリエルがカバンから顔を出して言う。 「走ったの僕なんだけどっ」 「うむ。大儀であった」  小突いてやろうと思ったが、息を整えるのが先だった。  走ってきたので息が切れていた。 「ふーん。まだみんな生きてますねえ。意外です」  追いついてきたリリヤが言う。 「血の海かと思いましたけど……」  リクは人間のうちの二人に見覚えがあった。  この間ここで会った老農夫と、その赤毛の孫娘だった。ふたりはお互いにかばい合うようにして壁のそばにへたり込んでいた。  リクがいることを見てとると、呼びかけてきた。 「あっ、勇者様だ!」 「リク様! どうかお助け下さい!」 「大丈夫ですよ! 今何とかしますから!」 「おおっ!」 「さすが勇者様です!」  ふたりの目が輝いた。  リクは胸の前で両手を握りしめる。 「……ああ、いいなぁ」 「そうだな。分かるぞ。リク」  ゼストリエルが応じる。 「こういうの。勇者っぽいなあ。これだよこれ」 「そうだ……これだ」 「勇者でよかったかも……」 「そうだろう?」  リクとゼストリエルは、うっとりと眼前の光景を見つめる。  モンスターに追い詰められ、勇者に助けを求める民間人。リクが物語の中で何度も見てきて、しかし現実ではついぞ体験できなかった、そんなあこがれのシチュエーションであった。  なにしろ「勇者様」などとこれまで呼ばれたことがない。 「いいなー」 「いいよな」 「――感動してる場合かっ!」 「ぐは」  後ろから頭をはたかれる。  ふり返ると、アルルがシフに背負われてそこにいた。 「シフがなんとかするから、お前の出る幕はないわけだが!」 「なんでおんぶされてんの」 「ああ。ちょっと転んだわけだが。お前が急に走り出すから、追いつこうと思って、走ったら、根っこにつまづいた。だからシフに背負ってもらったのだ」  見てみると、たしかにアルルの膝には小さな傷があった。  シフは納得いかないといった表情で、背負ったアルルを親指で示す。 「リク、こいつ足手まといだ。やめとけ。私のほうがいいぞ」 「なんだとっ!」  アルルはシフの頭をつかんだり、彼女の尖った耳を引っぱったりする。あげくひじまで打ちこんだ。もちろん、シフにそんなものは効きはしない。  しかしイヤではあるらしく、面倒そうな顔をして、やがてしびれを切らしたようにアルルを降ろした。 「お嬢様ぁ! 大丈夫ですかあああ!」  リリヤがアルルに駆け寄り、抱きあげた。 「ちょっと痛い。くじいたかも」 「早く治療を! あっヴァス様! どうか回復魔法を! 急いで!」  ヴァスがのんびり追いついてきた。  リリヤが急かすのに対して、ヴァスは面倒そうな反応をする。 「……そんな急ぐようなケガではないでしょう」 「アルルお嬢様が最優先です! 首長令嬢ですよ? ほかの者なんか、内臓が出てようが食われてようがどうでもいいです!」 「どっちかというと貴女のほうが別の意味で重症よ。とにかく。アルルを座らせて」  リリヤは大急ぎでアルルを近くにあった石の上に座らせた。  ヴァスは手早く診察のようなことをして、持っていた小瓶の液体で傷を洗った。 「擦り傷と軽い捻挫。本来、こんなものに魔法を使うべきではない。が――」  ヴァスはリリヤをふり返る。  リリヤがどんな表情をしているのか、リクの立ち位置からは見えない。  ただ、なんとなく想像はついた。リリヤを見たヴァスの表情のせいだ。  ヴァスの、あの、いつもの永久凍土のような無表情に、何とも言いがたい影がさしたのだ。恐怖と呆れの色が入り混じったような顔だったが、だんだん恐怖のそれが濃くなってきた。 「――リリヤが納得しなさそうだし、こ、今回は処置してあげることにする」 「す。すまないな。ヴァス」  アルルも引きつった顔で言う。 「ありがとうございます! やっぱりヴァス様はお優しいですね! 人間たちが信じる天使のように慈悲深く美しいです!」  何かをごまかすかのように世辞を言いだすリリヤ。  さて、彼女らが騒いでいる一方で、シフはつかつかとヘルハウンドに向かっていった。 「わんわん。もういいぞ」  一言。それだけでヘルハウンドは動きを止めた。  彼はシフに駆け寄り、つがえた矢のようにその足元に伏せた。 「人間たちを逃がさないように命令したのか?」  ゼストリエルがヘルハウンドを見やる。 「いや、攻撃するなと言っただけなんだけど」 「もともと気性が荒いにしても、妙に気が立っているな……」  ヘルハウンドは、まだ警戒を解いていなかった。  シフの足元でさかんにうなり声を上げ続ける。 「うん。あいつらが来てからああだ」  シフは不思議そうに言う。 「シフさん。とりあえず。あの人たち怖がってるからさ」 「うん」 「この子、ちょっと離してあげないと。あとは僕らが話してみるから」 「わかった」  シフはヘルハウンドの背を撫でてなだめようとする。  しかし魔物は、納得いかないように警戒心を示し続けた。彼はリクの服を引っぱったり脇でうなったりした。そしてしきりに人間たちのほうを睨みつけた。  リクにはその動作が何を意味しているのかわからなかった。なにしろ、この魔物は、目の前にいる民間人よりもはるかに強いはずなのである。それこそ、その気になれば、ひと思いに殺してしまえるほどに。 「むう。わんわん」  シフは怒った子供のような表情をした。  それから、指を立てて、ヘルハウンドの前で揺らし、舌を鳴らした。  それから彼女は、ゆっくりとため息を吐いた。  それでも魔物が落ち着かないのを確認すると、シフは言う。 「いい加減にしろ。リクを邪魔するな!」  そして叱責するように低いうなり声をあげた。獣の声だ。  それはほんのわずかの間だったし、さほど大きな声でもなかった。しかし、ヘルハウンドも含め、その場にいたほとんど全員が身をすくませた。リクは内臓が何かに捕まれたような錯覚を覚えた。  次の瞬間、周囲から一斉に羽音が聞こえる。鳥がすべて飛び去ったのだ。 「前と同じだ……」 「シフの力だな」  ゼストリエルがカバンから顔を出す。彼ですら、頭を引っこめていた。 「魔法と同じ?」 「そうだ。カルカナエの力のひとつだ。かの異界には闘争が与えるものが総てある。純粋な恐怖もそのひとつ。シフの敵対者は、先ほどの恐怖に晒され続けながら戦うことになる。恐れはどんな美徳も砕く。挽き臼のように」 「ゼストリエルでも怖いの?」 「……あの力に抵抗することは難しい」 「抵抗なんてできないぞ」  シフは顔をあげて、ゼストリエルを見やる。  ゼストリエルは目を細めた。  彼女は安心させるように笑いかけてから、威厳のある口調で言う。 「これは、食べる者を前にして食べられる者が感じるそれだ。抵抗なんてできるものか。私の声に怯えないのは死んだ者だけだ。まだ死んでない者は、耐えることなどできない」  シフはヘルハウンドに目を戻す。  魔物はおびえたように身をすくませる。まるで無力な小動物のようだ。  シフはしきりにその頭を撫でて安心させようとするが、魔物はまだ怯え続けていた。先ほどの威勢は消えている。まるで死刑囚のようにすら見える。 「ちょっと、おこりすぎたかな」  シフはヘルハウンドを促し、人間たちから離れていく。 「とにかく、リク、あの人間どもを追い払ってくれ」 「ええと……何があったんですか?」  リクは恐れを抱かせないように様子を見ながら、人間たちのほうに近づいていく。  先日会った老農夫と赤毛の孫娘のほか、初老の男と青年がいた。 「すみません。この子が禁を破りまして」 「どうしてもって言うから……」  老農夫が何度も頭を下げる。  赤毛の娘のほうは、何か言い訳めいたことを言い、初老の男を見やった。 「禁って?」 「森に入っていいのは、許可のある者だけで」 「ああ。一応そうだっけ」 「それなのにこの子が、この二人を連れて来てしまって」  初老の男のほうは、日焼けの強い肌に小じわが目立ったが、健康そうだし、服の仕立てもそう悪くないものに見えた。暮らし向きのいい農民といった感じだ。  彼は疲れ切った顔していて、怯えの色もまだ表情から抜けていない。 「勇者様……あなた勇者様なんですか?!」 「まあ。そうです……」 「おいおめ! こら。アークウッド様の息子さんだっつの。失礼あったら洒落にならんぞ。わきまえんと。ことだぞ」  老農夫がそう言って、初老の男の脇を突く。  リクやシフに話しかけるときよりも、ずっとくだけた言葉だった。普段の口調だろう。 「ありゃ! アークウッド様の!」 「そうじゃ!」  男二人はしばらくのあいだ、リクにとっては聞き取りにくい言葉で話をしていた。 「勇者様ねえ」  青年のほうが言う。初老の男の息子のようで、雰囲気が似ていた。  彼は親よりもすんなりした雰囲気だった。だいたい同年代だな、と思った。 「役に立つといいけどな」  刺々しい言い方だった。  彼は疑うような目でリクを見る。何か敵意すら感じられた。  リクがむっとしていると、青年を押しのけるようにして父親が割って入る。 「勇者様! 助けてください! うちの土地にウェアウルフが出るんです。本物のウェアウルフです! それで、シフ様になんとかしてくれとお願いにあがりまして、そしたら」 「やだって言ってるだろ」  シフが返事をしながらこちらに歩いてくる。 「あ、シフさん」  シフの背後を見やると、アルルがこちらに手を振っている。  ヘルハウンドはアルルのひざに頭を乗せて撫でられていた。いくぶん落ち着いたようで、以前よりも気を許しているようだ。  リリヤは心配そうにアルルの傍らにいて、その様子を見ていた。  ヴァスは少し離れたところにいて、木の棒を地面にさしてなにやら掘っていた。どうやらアリの巣を掘っているらしい。しばらく見ているとこちらの視線に気づいて、指を二本立てるジェスチャをした。意味が分からない。 「シフ様、信じてください」 「いないからいないと言っている。ウェアウルフなんか、こいつの土地にはいない。ほかのどんなモンスターもいない。いないものは殺せない。あたりまえのことだ、それなのに、こいつはウェアウルフが自分の土地にいると思い込んでいる」 「ちがいます。勇者様。ウェアウルフがいるんです。信じてください」  男がリクにすがりつく。シフが首を振る。 「いない。こいつの土地にウェアウルフが現れたことはない。私がここに来てから、いちどもない。それでも、どうしても、いないウェアウルフを殺せというなら、こいつを殺してやるしか、ほかにない」

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  • 男戦士

    Jun

    ♡5,000pt 〇500pt 2019年10月22日 4時17分

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    これは期待

    Jun

    2019年10月22日 4時17分

    男戦士
  • 殻ひよこ

    はんばーぐ

    ♡1,000pt 〇500pt 2019年10月21日 21時14分

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    待ってました!

    はんばーぐ

    2019年10月21日 21時14分

    殻ひよこ
  • ラティナ(うちの娘)

    CoRuRi

    ♡6,000pt 〇100pt 2019年10月22日 19時37分

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    CoRuRi

    2019年10月22日 19時37分

    ラティナ(うちの娘)
  • ブルーマーメイド

    桑白マー

    ♡4,000pt 〇100pt 2019年10月21日 21時17分

    リリヤさんのアルルさんへの忠誠は結構本物なんだなぁ(。ŏ﹏ŏ)あとシフさんに背負わせたりわんわんを膝枕したりアルルさん強いぞ₍₍ (ง ˘ω˘ )ว ⁾⁾そしてそのわんわんの反応がメチャメチャ気になる_:(´ཀ`」 ∠):_強い人は初見殺しに弱いから凄い心配

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    桑白マー

    2019年10月21日 21時17分

    ブルーマーメイド
  • うどん

    まくるめ

    2019年10月22日 8時46分

    アルル、育ちがいい人間特有の人に世話されるのがうまいタイプですね

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    まくるめ

    2019年10月22日 8時46分

    うどん
  • ひよこ剣士

    kotoro

    ♡1,000pt 〇100pt 2019年12月15日 7時54分

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