脱法勇者

読了目安時間:9分

エピソード:83 / 109

そんな子がいるならなんで言わないんだ

「姉がご迷惑をおかけしてます。多分、これからもっとご迷惑をおかけすると思いますが、ボクのせいじゃありませんから、よろしくお願いします」  来訪してきたシルクは、リクにそう言った。  出迎えたリリヤに手ぶりで挨拶し、抱えてきた大きな包みをテーブルに置く。  テーブルの上で寝ていたゼストリエルは、包みに追いやられるように場所を移す。 「おっと。これは失礼」  ゼストリエルがぴくりと顔をしかめる。 「なにか飲まれますか。シルク様」 「必要ない。すぐ戻るから」 「左様ですか、今日のお衣装も尊いですねえ」  リリヤははしゃいだ口調で言う。 「ありがとう。夜に一雨来そうだね。髪が湿気る」  シルクは肩にかかった髪の束をもち上げて後ろに払った。  彼女は……いや彼か、どちらでもいいが、例によってまた新しいドレスを着ていた。  新作はいわば「道化師風」のあつらえで、青と黒の布を互い違いに縫い合わせ、襟とスカートのすそは花弁のような作りになっていた。  黒い部分には真珠、青い部分には月長石が点々と縫いこまれ、芸の細かいことに、縞模様の長い靴下も左右で色が逆になるようになっている。 「姉はいまどうして?」 「お休みになられてます。お疲れのようで」 「それは僥倖です。手短に用件を済ませましょうか」  シルクはテーブルの上の包みを指でつつく。 「まずリリヤ、頼まれてた物です。問題なく回収できた」 「旦那様を説得するのはだいぶ骨が折れたでしょうね」 「父上が怒り疲れるのを待つだけです。時間はかかるが簡単です。うまいこと言いつくろって渡してください。キミの手柄ということでかまわない」 「承りました。そのようにいたします」  シルクはしばし間をおいて、言う。 「きょう一人死にました。王都の騎士です」 「王都の騎士って、まさか」  リクが口をはさむ。 「シフさんのところに来た、あのへんな人?」 「おや。ご存知ですか。ヴァスさんから聞いたのかな」  シルクは意外そうにリクを見る。  リクも、そこでなぜヴァスの名前が出てくるのが不思議だった。  シルクはとりあえず了承したといった風にうなずき、話を戻した。 「なんにせよ。そうです。変な人かは、生きてる間に会ってないのでなんとも言えませんけどね。シフのもとから例のものを回収した帰りに殺されました。手口と場所から考えて、追い剥ぎのたぐいではないでしょう」 「手口って?」 「生き残った従者が言うには、何者かが汚い布をかぶって橋の近くにうずくまっていたそうです。騎士が無視して橋を通ろうとしたところ、立ちあがって近寄ってきた。と」  シルクは立ちあがり、身振りでその殺人を再現して見せる。 「次の瞬間にはもう騎士は刺し殺されていたと言っています。武器はその騎士が持っていた剣です。相手の剣を引き抜いて、それで刺した」 「騎士が難なく剣を奪われたというのか?」  ゼストリエルは驚いた様子で言う。 「不用心もあったかもしれませんが、相手が手練れということでしょうね」  シルクはさして驚きもせず、ゼストリエルに答えた。  ゼストリエルは顔をしかめて首を振る。 「え、あれ? ゼストリエルの言うことがわかるの?!」 「え? ああ、この猫のかたですよね」  シルクは手ぶりでゼストリエルを示す。  猫のかた、というのもどうかだが、たしかにそういう表現になろう。 「前回、姉上の様子を見て妙だなと思いましたので、それで父上の執事に……ようするにうちのエルフですが、質したところ、あれは常人には聞こえぬ声で喋っていると」 「まあ。そんなところだ」 「とりあえず、異界の干渉を受けておけば聞こえるというので、ちょっとうちの執事に頼んで、魔法をかけてもらってきました」  シルクはそう言って、服の袖をまくり上げ、リクに示す。  手首にうっすらと黒い刻印が見える。それはアザのように見えるが、動いている。  初めはぼんやりとしか見えなかったそれは、盾の紋章のような姿に変化し、さらにそれに脚が生え、不気味な虫のように蠢いた。かと思うと無数の眼球のような模様に変じ、リクを睨む、かと思うと、読めない文字の集合に変わる。  リクは目まいがしてきて、目を逸らした。  ゼストリエルはそれをじっと見て、顔をしかめる。 「……なるほどな」 「そういうことです。ボクに聞こえない声で密談はできませんよ」  シルクは勝ち誇ったように笑い、首を振り、空中をつつくような仕草をする。 「ボクは他人が知らない情報を持つのが好きだが、逆は大嫌いだ」 「結構だ。目端が利く小僧だな。リクも見習え」  ゼストリエルはリクを見上げて言う。カチンとくる。 「光栄ですね。座りますよ」  シルクは自分で椅子を引いて腰かけ、頬杖をついた。  いつもよりリクに対する態度がいくぶん刺々しく感じる。ゼストリエルのことを知らせずにいたのが気に入らなかったらしい。リクは気にならないふりをしている。  ゼストリエルが彼の前に歩みより、ひと通りの自己紹介をする。 「お初にお目にかかります。ゼストリエル卿。グラフト・ニンフライトの息子、スカイルでございます。この格好で拝謁することになりましたが、成り行き上ということで、なにとぞご容赦願いたく」  シルクはゼストリエルの前足をとり、握手をする。  思いのほか丁寧に扱われたので、ゼストリエルは逆に驚いたようだった。 「話の続きを」 「ええ。とにかく、騎士はその者に殺された。そのあと死体を探ったのち、従者のほうに手をさし出してきた。従者は運んでいた荷物をさし出したそうです。男はそれを奪って去った」 「従者は殺されなかったんだな」 「ええ。もっとも、精神的にはかなり参っていますけどね。いま、こちらで確保……というか、ええと、客人として」 「わかった。それはいい」  従者というのは、シフの家で見かけた若者のことだろう。  彼も災難だな、と、リクは少し同情した。 「それは従者がそう述べたということだな」 「ええ。うちの執事が言うには、嘘は一切ないと言っています。布をかぶっていて、人相はわかりません。武器は、少なくとも大ぶりなものは持ってなかったとのことです」 「他には?」 「後始末は相応に済ませてはおります。口止めも含めてね。口の堅い者ばかりではもちろんありませんが、話が漏れても、単に王都の騎士が辻強盗に襲われて死んだ。といった程度の認識に留まるはずです」  ゼストリエルは黙って、納得したようにしばらくうなずいていた。  シルクはゼストリエルに向かって話していた。リクにはなんとなくそれが面白くなかったが、まあ年長者だしな、と思い直す。猫だけど。 「問題は荷物ですが」 「なにを運んでたの?」 「……ご存知と思いましたが」  シルクは意外そうにリクを見る。 「シフの血ですよ」 「血?」 「ウェアウルフの血、人狼病の治療薬の材料です。感染源でもあるが、治療薬にもなる。彼女には必要に応じて血を提供するように約束が取りつけてある。血は教会に運ばれ、ヴァスの手で治療薬に変えられ、王都の備蓄品となるはずだった。それが奪われたということです」 「それって、治療薬を作らせないために襲ったってこと?」 「それは意味がない。リク」 「材料はまだあるわけですからね。貰ってくればいいだけだ」 「シルク、言い方」  リクは軽くシルクを睨む。シルクは気づかないふりをした。 「代わりの血は、ヴァスが直々にシフから受け取ると言っています。まあ、失くしたからもう一回よこせと言うのも気が引けるところですから、仲間だった彼女に事情を説明してもらったほうがいいでしょうね。それで、彼女はあなた達に同行してほしいと言ってます。よろしいですかね。ゼストリエル卿」 「結構だ」 「それはどうも」 「ふん」  やれやれ。勝手に決めてくれ、という風に、リクは顔を逸らす。  自分でも子供っぽいと思うが、なんとなく流れが気に入らなかった。 「明日、ヴァスが迎えに来ます」 「了解した」 「じゃあ。ボクはこれで失礼します。ではゼストリエル卿、今後とも」 「ああ。よろしく頼む」 「じゃあ。リクさんも」 「はーいはい」 「そんな。すねないでくださいよ」  シルクは言った通り、急ぐ様子で帰っていった。  リクは面白くない気分でその背中を見送る。  彼の足音が遠のいたあたりで、ゼストリエルが言う。 「リク、なにを不機嫌にしている? みっともないぞ」 「べつに。そっちは気分がいいだろうね。ゼストリエル卿?」 「まったく。リク、やはりまだ子供だな。あの子はお前の友人なのだろうが、友達の取り合いで喧嘩している場合ではないだろうが。だいたい、筋合いから言えば私が一枚上の扱いを受けるのは当然なのだ。あの子は礼儀に従っただけで……」 「はいはい」 「あららら、変な雰囲気になっちゃいましたね」  リリヤが困ったように笑う。  まるで食べきれないほどの好物が目の前にあるような顔だ。 「これはこれで尊いですけど……」 「リリヤさん、あんまり人の人間関係で楽しまないでよ」 「まあ聞け。お前の留飲が少し下がるような話が――」  その時、上からどん、と大きな音がした。  アルルが大きな足音を立てて、階段の上から降りてくる。  まずい。  起きてたのか。リクは頭を抱える。 「リク、なんなんだよ。あの子」 「あ、アルル。あの」 「誰なんだよ! あの女の子は!」  アルルはリクを指さして距離を詰める。  女装したきみの弟だよ!  と、言いたいところだが、秘密なのだった。 「あれは近所の子って言うか……」 「嘘つけ! その辺の子があんな格好してるわけないわけだが!」 「そうですね」 「誰なんだよ! さいきんちょっと様子がおかしいと思ってたら、なんだよ! そんな子がいるならなんで言わないんだ! 分かってたはずだろ! わたしをだますつもりだったのか!」 「あ、あの、アルル……」 「あのとき抱きしめてくれたのは何だったんだよ!」  アルルの目から涙があふれだす。  リクはアルルの肩に手を置く、彼女はそれを払った。 「アルル。冷静になれ。誤解だ。リクは……」 「やかましい! ゼストリエル! お前は猫らしく黙っていろっ!」 「ぐっ」  アルルの剣幕に押されるゼストリエル。 「お前もしょせん男だ! 信用できないわけだが!」  いや、シルクも男だってば。中身は。  しかし、言わない約束だ。  リクは助けを求めるようにリリヤを見る。 「尊い……」  リリヤは両手を組んで祈るようにふたりを眺めていた。 「あーもういい! リリヤさんも当てにならない! あのねえ!」  リクもさすがに限界を迎えた。  空中を両手で叩くような動作をして、リクはアルルに言い返す。 「あれはねえ! スカイルだよ! きみの弟のス・カ・イ・ル! スカイルが女装してうちに遊びに来てるんだよ! きみは弟に妬いてんの! そういうんじゃないから!」 「は?」  アルルが一瞬、止まる。 「うちの弟が女装してリクの家に遊びにくるわけないだろうがああああああ!」 「来てるんだよおおおおおお! リリヤさん! シルク……じゃなかった! スカイル呼び戻してきて! 全部あいつのせいだ!」 「は、はい!」 「こらリク! うちの侍女を勝手に使うな! 指図するならレディをつけろ!」 「はいはいわかりましたよ! レディ・リリヤ、あいつ呼び戻してきて!」

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