脱法勇者

読了目安時間:7分

エピソード:45 / 109

回復魔法をかけてもらおう わくわく骨折治療

 ほどなく、二階から女性が降りてきた。  彼女がアルルの言う回復魔法の達人、ヴァス・エミアルのようだ。  薄い唇と、人形めいた無表情が印象的だった。  肌は霜が降りたように白く、よく言えば神秘的だし悪く言えば生気がない。 「申し訳ない。ヴァス、いきなり呼び出して悪かったが」 「どうも……負傷者は?」  彼女はリクたちを一瞥する。 「まあまあひどいわね。……何をやったわけ?」  アルルを中心に、大まかな経緯を説明した。  口ぶりからすると、アルルとヴァスは顔見知りのようだった。 「いいけど……お金はとる」 「治療費はわたしが払うから大丈夫だ」 「勝手だけど……おすすめはしない。身銭を切らせないとくせになる」  ヴァスは必要最小限という感じの静かな話し方をした。  ふるまいも物静かだが、不思議と威厳が感じられる。  くせのない銀色の髪は、耳にかぶさるほどの長さで定規を当てたように切りそろえられている。空を映したかのようにわずかに青い。  頭の両脇に三色の飾り紐がある。青と緑と金をあわせた平坦な組み紐で、髪と混ぜて編むようにして身に着けている。  人間の僧侶が着るような黒い法衣をまとい、文様の折り込まれた帯状の袈裟をかけている。飾り紐と同じ色だ。  エルフたちが好む無限に枝分かれする樹のモチーフや、いくつも入れ子になった三角形、雪の結晶のような幾何学図形が見てとれた。 「……こっちに来なさい。歩けるでしょう」  ヴァスはきびすを返し、建物の奥に歩いていく。  さきほど要件を聞いた若者がそれを追う。彼は助手らしい。 「座って。順番はなんでもいい」  通された部屋は、壁ぞいに木の長椅子が並べられ、それとは別に向かい合わせの椅子と小机があった。そのわきに細いベッドがある。  リクたちは長椅子にめいめい腰かける。ティステルだけ立ったままだ。  診療室のようだ。先ほどよりも強い薬品臭が鼻をつく。  薬品棚らしき錠前つきの戸棚があった。そこから臭ってくるらしい。針葉樹、酒精、タールなど、いろいろなものが混じった皮膚がざわつくような匂いだ。  ヴァスは若者に指図をしつつ、なにか準備のようなことを始めた。  彼女は戸棚を開け、中から液体の入ったガラス瓶を取り出して机に並べる。  若者は部屋を出入りし、包帯や布巾のようなものを持ってくる。 「エルフだ」 「綺麗だな」 「美人はいいけど、大丈夫なのか。腕とか落とされるんじゃ」 「回復魔法だっていうから大丈夫だろ」 「わからんが、コボルトの外科医よりはマシだろ」 「はは。あれよりマシでもなんも嬉しくねえ」  男たちは小声で会話する。  明らかに不安そうで、不安を紛らわすために冗句を言おうとしているようだ。 「……ご希望なら腕も切除するけど」 「ひっ」 「ちなみに道具はある」  ヴァスは会話が聞こえていたらしい。  彼女は棚の別の開き戸を開けて見せる。  そこには目の粗い鋸や、ドリル、小さなハンマーなどが収まっていた。  手術道具らしいが、鍛冶の道具と区別がつかない。 「……そう怖がらなくても」  男たちがおびえているのを見て、ヴァスは心外そうにする。  その時の表情は拗ねた子供のようだったので、リクは意外に思った。  その時はわからなかったが、本人的にはサービスのつもりで手術道具を見せたようだ。ヴァスのそのような性格をリクが知っていくのは、いくらかあとのことになる。  彼女は袈裟を外し、丁寧にたたんでわきに置いた。  それから法衣のすそをまくり、紐で結わえた。細い腕があらわになる。黒いローブから伸びる細い手は、蜘蛛を思わせる妖艶な雰囲気があった。 「どういう順番でやろうかな」  まるで食事の献立でも考えるような口調だった。 「ふむ。リクくんは骨折と打撲だけのようね。悪いけど後回しにする」 「なっ……いや、しょうがないか」  アルルが抗議しようとして止めた。  明らかにほかの者のほうがケガがひどそうだ。  とくにジャケットの男は辛そうだ。青い顔をしている。 「泣かなくて偉いわ。これ噛んで我慢してて。勇者なら痛みに耐えなさい」  リクは子供扱いされてむっとしたが、同時に勇者と言われたのに驚く。  自分を知っているのだろうか? そう言えば名前も呼ばれた。  この人、どこかで……。リクは記憶をたどりはじめる。  そのとき、リクの口の中に何か薬品をしみこませた布切れがほうり込まれた。  記憶の追跡は中断される。 「にっがあ!」  すさまじい苦みが口の中にひろがり、思考が停止する。  こんなに苦いなら前もって言ってほしかった。  唾液がどんどんわき出て、口の中がしびれてくる。 「リク。大丈夫か?」 「これ超まずい」 「こんどお菓子もってきてやるから、がまんしろ」 「子供あやすみたいに言わないでよ」  アルルが何かぶつぶつ言ったが、聞き逃した。  口の中にある液体は、とにかく苦い。苦すぎて記憶喪失になりそうだ。 「あなた、けがらしいけがはないみたいね」  小柄な男はヴァスに言われ、うなずいた。 「そこのマッチョ……とりあえずあんたから。いったん傷口を洗う。痛いわよ」  ヴァスは大柄な男を呼び寄せ、自分の向かいに座らせた。  水の入ったビンと消毒液、それから金だらいが用意される。 「ま、魔法で治してくれるんじゃないのかよ」 「木片や砂が入ったまま傷がふさがるのはあまり愉快ではないと思うが、そちらが好みならそのようにする。追加することもできる」 「すいませんでした」 「……口あけなさい」  彼女は先ほどリクに食ませたのと同じものを男の口にねじ込む。  助手がジャケットの男にも同じものを食わせた。 「げえっ」 「にげえ!」 「痛み止め。呑むんじゃないわよ」 「こんなに苦いなら痛いほうがましだよ!」  男は口にものを含めたまま抗議する。 「俺たちだって元は冒険者だ。ちょっと痛いぐらいで泣きゃしねえ」 「ああそう。……ならもう始める」  助手が水をかけ、ヴァスが手早く傷口をきれいにしていく。毛抜きのような道具で、傷口に入り込んだ異物を取り去ってきた。 「いてええええ!」 「うるさい。動くんじゃない」  見栄を切った男だったが、やはり痛いらしい。 「だらしないやつだな」  ティステルがうんざりしたような口調で言った。 「ティステル! ケガさせたお前が言うんじゃない!」 「こいつらみたいな半端なのがいるから、あたしら元冒険者が白い目で見られるんだ。殴り殺したかったぐらいですよ。この程度、傭兵なら麻酔なんか使わんです」 「ティステルさん。そんな言い方しなくても……」 「そうだぞ。少しは反省しろ!」 「そうしたいが、やり方がわからないんで。お嬢。反省ってなんですかね? それをしたらお嬢が喜ぶなら。そうしたいとこだが」  そんなやり取りをしている間にも、治療は進んでいた。 「あー、あんまり痛くなくなってきたかも……えっへへ」  男ははじめ痛がっていたが、やがてまろやかな口調になる。  死にかけてるんじゃないかと思ったが、たんに痛み止めが効いているようだ。  リクも同じく痛み止めが効いてきた。心臓の鼓動とともに痛みが走っていた腕が、今は暖かいしびれに変わっている。心地よいほどだった。 「魔法をかける。動かないで」  ヴァスは男の頭を覆うように手をかざし、深い呼吸をする。  一瞬、彼女の身体が光ったように見えた。  室内の雰囲気が一変した。  空気が緑色に光っているように見えた。  森に足を踏み入れた時に感じる独特の爽快感、それが何倍にも濃密になったものが体を覆うように感じる。  奇妙な匂いが鼻をつく。雨上がりの森の空気のような匂いだ。爽やかで甘く、ほんのわずかに生臭い。呼吸するたびに胸が軽くなる。 「治した……ったく、頭の皮がめくれかけてたわよ。次、そこのオシャレ」  ヴァスはジャケットの男を指さす。 「あんたはもう終わったから、さっさと起きて」  筋肉質の男は身を起こし、不思議そうに頭をなでる。 「なんだ今の……あ。治ってる」 「そりゃ治したんだから治ってるでしょ。胸の傷のほうは浅かったから大丈夫。座ってなさい。オシャレ、呼んだでしょ。さっさと来て」  ヴァスの口調には、医術を行うものに特有の支配性があった。  リクはその変化に、これもエルフ特有の多重人格か、などと思った。  実のところ人間でもありがちなことだが、職業経験のないリクにはそう見えたのだった。 「そ、そんなあっさり治るのか。魔法ってすげえな。ワクワクするぜ」  ジャケットの男はおどけた調子で言う。  足どりがいくらかふらついている。どうも痛み止めのせいらしい。  彼はベッドに寝かされ、先ほどより丁寧な診察を受けた。 「……折れたあばらを直す。暴れないでね。ずれたまま回復魔法をかけると、変な風にくっつくことがある」 「なにそれこわい」 「しゃべらないの。いいから」  男はけっこう痛そうなことをされていたが、にこにこしていたのでかなり不気味であった。  その後、先ほどと同じように回復魔法が発動した。  やはり先ほどと同じように部屋の雰囲気が一変し、男の負傷は治っていた。  この変化は、異界がこの世界に侵入することで起こるのだろう。  もはや自分の傷などどうでも良く、リクはこの驚異に心が引きつけられるばかりだった。 「すごい! 早く僕の番にならないかなあ!」 「なんではしゃいでるんだよ!」  アルルはリクをいつものように小突こうとしたが、あわてて手を引っこめた。

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