脱法勇者

読了目安時間:4分

エピソード:16 / 109

わたしに一日中監視されたいのかぁ?

「やれやれ。何度もするんだよな。その話」  アルルの言葉がリクの回想をさえぎる。  さっきまで思い返していた子供時代の姿が、目の前のアルルに一瞬重なる。  一瞬で十年が過ぎたような気になって、リクは目まいのような感覚を覚えた。  それぐらい納屋で起こったことの記憶は鮮明で、はっきりしている。 「たしかにリクと一緒に納屋に入ったし、戸棚に隠れたけどな。戸棚の奥でくっついてたまでは……ほんとだ。たしか」  アルルはちょっと気まずそうにリクから目をそらす。 「でしょ」 「でも、わたしにはそんな声『勇者よ~』みたいな声、聞こえなかったわけだが」  アルルはリクの語った何者かの声を、茶化して真似て見せた。  このことについては何度もリクが話していたので、アルルもリクが語った記憶をほとんど覚えている。ただ。それが現実だとは思っていない。 「だから。それはお前の見た夢なわけだが」 「でもさあ」 「でもじゃないわけだが。だって、そのあとわたしたち、気がついたら家のベッドに寝かされてただろ」 「そう……だね」  リクはしぶしぶうなずく。  納屋での一件のあと、リクとアルルはそろって眠っていた。  だれかに背負われて運ばれたような、ぼんやりとした記憶がある。はっきりした記憶があるのは、家のベッドで目が覚めてからだ。  だから、アルルの主張は合理的ではあるのだった。 「わたしたち。たんにそこで寝ちゃったんだよ。子供のころって、いつの間にか寝ちゃうってよくあったじゃないか。それで、リクのご両親がわたしたちを見つけて、運んで寝かしてくれたわけだが。そうだろ」 「でもさあ」 「またこのパターンだな」  アルルはうんざりしたように言う。  これと同じようなやり取りを、リクとアルルは何度も何度も繰り返していた。  そして一度も、双方が納得するような推論は得られなかった。  なんでもない見解の相違ではあるが、二人にとってこれは決定的な事件だったのだ。  ふたりはそれまで、一緒に読んだ絵本も、行った場所も、見つけたものも、あらゆる記憶がふたりのものだった。それが当たり前だったし、ちょっとした意見の食いちがいはすぐに修正できた。  幼年期の自我のあいまいさもあわさって、いわば精神活動の一部を共有していたと言ってもいい。ほとんど対称的な記憶の共有だ。    そんな二人にとって、事件の記憶の食い違いは、ひとつの衝撃だった。  ふたりはどうにかその差異を埋めようと互いの記憶を突き合わせたが、できなかった。  リクとアルルの幼年期が終わったのは、明確にそこだ。  彼と彼女は、同じ溶鉄から鋳られたふたつの道具に似ていた。  溶けている間はないまぜで、お互いの区別すらつかないほどだったが。いまやお互いの形は定まり、もう溶けて混ざり合うことはない。  そんな不可逆な変化が、対称の破れが起こったのが「あの時」なのだ。 「ねえ。やっぱりさ……」 「それはダメだが」  リクが言いかける前に、アルルは止めた。 「最後まで言わなくてもわかるわけだが。もう一度あの納屋に行こうっていうんだろ。それはダメだって何度も話したわけだが。危ないかもしれないだろ」 「危なくないよ」 「あぶないだろ。もしリクの言った通り、へんな声がほんとに聞こえたなら、そこにはなにか変なものがいるわけじゃないか。そんなところにわたしをまた連れていく気か? このか弱いアルルちゃんを?」 「それ、矛盾してない? 夢じゃないって認めてるでしょ」 「万が一ってことだが! とにかく危ないだろ!」 「僕がひとりで行くよ」 「ダメだダメだ。行ってはならん。これは、行政命令である」  アルルはかぶりを振る。 「そんなこと言っても、勝手に行けるよ。アルルだって僕をずーっと見張ってるわけじゃないからね。夕方になれば家に帰るし」 「なんだその言い方は。わたしに一日中監視されたいのかぁ?」  アルルは顔を赤らめる。 「そ、それもう、結婚だろ」 「そういうことじゃないよ! こっそり行くって言ってるの!」 「ご両親に止められているだろう」 「16になったし、別に勝手に入ったって、もう大目に見てくれる……と思う」 「ふうん。そうかそうか」 「そうだよ」 「……で、鍵はあるのか」 「あの納屋のカギ? い、いまは無いけど」  リクは一瞬、ひるんだ。  子供時代に一度鍵をくすねて以来、両親はもう納屋の鍵をリクの手の届くところに置くことはなかった。あの日以来、その鍵を見たことは一度もない。 「探せば見つかると思う」 「見つからないぞ。家をひっくり返してもな」 「なんでわかるんだよ」 「さあな。わたしはリクの家のことはリク以上によくわかってるからなあ」 「……あ! まさか!」 「そう! そのまさかだが!」

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