偽物笑顔の暗殺者 ―嘆きの精霊バンシーに取り憑かれた青年の行く末―

月さえも眠る夜に

 夜の(とばり)が下りる頃、海岸沿いの道、その手前の交差点付近に台のバイクが集っていた。  場所はコンビニエンスストアの駐車場。木村拓海、栗原勇斗、剣持陸の人だ。 「やっぱ勇斗のバイク良いよなぁ!」  栗原勇斗のバイクを褒めるのは剣持陸。 「お前のレブルも格好良いじゃねぇか」  褒められて機嫌の良い栗原勇斗は、剣持陸の愛機であるホンダ・レブル250を持ち上げる発言をする。 「いや、やっぱクラブマンのカスタムには負けるわ」 「んな事ねぇよ、同じホンダ同士仲良くしようぜ」  剣持陸と栗原勇斗は、共に同じメーカーのバイク乗りとして互いに互いの愛機を褒め合っていた。 「お前ぇら、時代遅れにも程があんだろ。一昔前から人気あんのはビッグスクーターだぜ?」  そう言って二人に水を差すのは木村拓海。彼はヤマハ・マジェスティを愛機としている。 「まぁ、女子ウケは良いかもな」  とは、剣持陸。 「ロマンが無ぇよ」  とは、栗原勇斗。 「このセンスが分からねぇとは、マジでやってらんねぇ」  二人の言葉を嘆かわしいとばかりに、大袈裟なジェスチャーで愚痴をこぼす木村拓海。なんやかんやと言い合いながらも、人は実に楽しそうに雑談を交わしていた。  これからバイクを走らせる予定の道は、国道402号線。地元で“海岸沿いの道”と呼ばれ慣れ親しまれているその道を夜に走らせる事には、理由があった。  つは、信号機がほぼ無い事。山側への分かれ道には信号機が設置されているが、それ以外の信号機の無い区間は十数キロにも渡る。  そしてもうつは、夜間の通行が(まば)らであるため気ままに走らせる事が出来るからだった。  栗原勇斗は、念願の免許取得の喜びから思う存分走らせたい。木村拓海も剣持陸も、やっと免許を取った仲間と気分良く走りたい。  そのような思いから、人の気分は自然と高揚していた。 「おう、待たせたな」  そこへ、真っ黒に塗装されたスズキ・ブルーバードに乗った男が現れる。ジェットタイプヘルメットを脱ぎ、茶色の短髪に髭を生やしニヤけた顔つきで声をかけたのは加藤竜也だ。 「あ、竜也くんちわっす」 「竜也くん、ちっす」 「ばんわっす、竜也くん」  人はそれぞれ、加藤竜也に“くん”付けで声をかける。それは人の力関係を如実に表していた。 「勇斗ぉ。お前ぇのバイク悪かねぇけどよ、ちと古臭ぇな」  栗原勇斗のバイクを見るなり、軽く貶す加藤竜也。 「そりゃ竜也くんのバイクに比べれば、どんなバイクも霞むよ」  免許を取得し念願叶って手に入れたバイクを貶されながらも、栗原勇斗はヘラヘラと笑って応えた。内心では、言い返せない自分に忸怩たる思いを抱き、ひと目見て早々に文句をつける加藤竜也に軽く苛立ちを覚えている。  しかし栗原勇斗は、そんな事はおくびにも出せなかった。栗原勇斗も集落に住まう者として、加藤竜也とは親も含めた絶対的な力関係の差があったからだった。 「しかし寒ぃなぁ。マジで走んの?」  愛機を走らせたくて気持ちの高揚している栗原勇斗には目もくれず、加藤竜也は木村拓海と剣持陸に向かって問いかける。 「いや、まぁ……せっかくだし」 「確かに寒ぃよね……でも、軽く流すぐれー平気っしょ」  問われた二人は、しどろもどろになりつつ答えた。問いかけに対して肯定の意志を見せたのは、栗原勇斗の気持ちを慮っての事だろう。 「そう、軽く。ね、軽ぅく」 「そのまま新潟市内まで走らせて、女でもひっかけようぜ」 「週末だし、市内のアミューズメント施設に行けば暇そうな女もいるかもな」  その言葉に栗原勇斗が続き、残る二人も対案を出す事で後押しした。 「ちっ、わぁったよ。んじゃ、さっさと流して市内行くぞ」  人の説得に折れた加藤竜也は、ヘルメットを被り直してバイクを発進させる。そしてそれに続くように、バイクに乗り込み発進させる木村拓海と栗原勇斗と剣持陸。  こうして人はコンビニエンスストアの駐車場を後にした。  その先に、死神が鎌をもたげて待ち構えている事も知らないままに……。 ◇  今回、標的がバイクを走らせる海岸沿いの道は、他県には余り見られない特徴があった。それは新潟県の山と海の地形に由来する。  新潟県にある山は、その端が崖となり直接海に面している地形が多く見られる事が特徴だ。それはこの海岸沿いの道も同様で、道の片側は海、そしてもう片方は急な斜面の山となる。  その海岸沿いの道の脇、海沿いと山側へ続く道との分岐路に、春樹と灯里は二手に別れて待機していた。二人の役割は当然の事ながら、一般車両の排除にある。万が一、蓮のバンシー発動時に一般人を巻き込む訳にはいかないからだ。 『そっちはどんなだ?』  待機中の春樹が、スマートフォンで灯里へ近況を問う。 『こっちはねぇ、ほとんど車通らないよ』  問われた灯里が暇そうに答えた。 『こっちもだ……時間的に間もなく標的が来る頃だな。封鎖したら合図寄越すわ』 『りょーかーい』  二人は今回、警備員の服装で潜んでいる。その潜伏する場所には、春樹が仕立てた簡易的な通行止めのバリケードも用意されていた。 (時間的には、もって30分だろうな)  春樹は標的の通過を待つ間に、そう試算する。  いくら交通量の少ない場所であっても、全く車が通らないほど辺鄙な場所と言う訳では無い。封鎖中に、台か台は確実に通るだろうと春樹は考えていた。ここは田舎だ。通行する車は地元民だろう。そうなると、通行止めを不審に思って警察に掛け合う可能性も大いにある。  その事を考慮しての、もって30分と言う試算だった。 (……来た。ヘッドライトがつ。これだな)  春樹が封鎖の算段に思考を奪われた、ちょうどその時。やや遠目からエンジン音とヘッドライトの光が春樹の居る場所に近付いて来た。そして分も過ぎない頃、標的人のバイクは春樹の潜伏する分岐路を通過する。 ――ブルルルルル。 ――ブルルルルル。  蓮と灯里に合図を送った春樹は、簡易バリケードを路面に展開させて道路を封鎖させた。 (蓮……飲み込まれるなよ)  赤く光る赤色灯を手に仁王立ちする春樹。心の中では、バイクの通過した先に居る蓮を案じていた。 ◇  春樹からの合図を受けた蓮は、雫の待機する駐車場からだいぶ離れた場所へと歩き出す。その蓮の目指す場所、それは和島歩が標的に嬲りものにされた場所であった。  今回、依頼人からの要望は伺う事が叶わなかった。そこで蓮は一計を案じる。犯行現場で発動させたならば、自ずと呪いの効果は被害者の意に添うように発動されるのではないか、と。 ――息子は本当に優しい子だった。寂しくとも文句つ言わない息子に、私は携帯ゲーム機を買い与えた。息子は楽しそうにゲーム機で遊んでいた。特に、クラフトゲームに執心だった。  彼方にヘッドライトの明かりを確認した時、蓮の中にバンシーの辿る依頼人の哀しみが流れ込んで来た。 ――ある日、息子はゲーム機の画面を私に見せた。「見て、お母さん。僕たちの家が完成したよ!」と言って見せてくれたその画面には、白くて大きな家が建っていた。「ここは僕の部屋、ここはお母さん、そしてここは書斎でお父さんの部屋は……」と、とても楽しそうに話してくれた。  目的の場所へ歩きながら、蓮は流れてくる哀しみの調べに同調してゆく。 ――「将来、僕がこんな家を建ててみせる」それが、いつしか息子にとっての夢となっていた。「好きな事をやって良いのよ」と何度言っても、息子の夢は変わらなかった。そして息子は夢を胸に抱いたまま、公立の進学校の入試を受けて、見事合格。息子の頑張りに、私は涙が止まらなかった。  同調するに従い、蓮はまた眉間の辺りに熱を感じとっていた。 ――思春期でも、息子は反抗期とは無益だった。多少は私を鬱陶しく思っているような時もあったが、それでも変わらず言ってくれた。「いつかあの家建てるから、母さん楽しみに待っててね」って。  目的の場所に蓮は到着。  ヘッドライトはエンジン音と共に、かなりの速さで近付いて来ている。 ――洗濯物も、気が付けば畳んでいてくれた。洗い物も、ぶつくさ言う文句とは裏腹に率先してやってくれていた。「岩みてぇ」とからかいながらも、事あるごとに私の肩を揉んでくれた。本当に、息子は優しい子だった。  ブツン、と、同調する蓮の頭の中で何かの弾ける感触が広がった。 ――その、息子の夢を! 先にあった未来を! 掴むはずだった幸せを! 屈託のない輝く笑顔を! よくも奪ってくれたな! この恨み、晴らさで置くべきか! 許すまじ! 何があろうと、私は絶対に許さない!  流れてくる怒りの奔流に、蓮は立っている事さえ精一杯な様子で虚ろに揺れる。 ――許さない、許さない、許さないゆるさないゆるさゆさ、ゆるるさるさなさなゆる、ゆるゆるゆゆささゆゆゆゆさなゆさなさないゆゆゆるるゆゆゆゆるさゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ 『っあ━━━━━━━━っあああああああああ!』  依頼人から流れる怒りの奔流と哀しみの調べが暴走したように繰り返された時、つんざくようなバンシーの悲鳴が蓮の頭の中に響き渡った。  そしてその悲鳴と共に、おどろおどろしいほどの呪いが濁流のように蓮の立つ場所を中心として展開される。  星々はその輝きを失い、月でさえも眠るような昏く静かな夜。  バンシーの呪いは渦を巻くように解き放たれた。

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  • 殻ひよこ

    秋真

    〇10pt 2020年3月19日 6時22分

    いよいよ復讐完遂の時ですね、次回、鉄槌が下される、楽しみです。以前富山に行ったときに新潟県との県境で思ったのがまさに今回の山が崖になり……の描写でした。山と海が凄く近いんですよねー!ファミコンはどうなんだろう……、あの差し込み口ですよね、もうスマホでの復刻版とかだけですかね泣

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    秋真

    2020年3月19日 6時22分

    殻ひよこ
  • 真田幸村

    猫屋敷たまる

    2020年3月19日 17時21分

    この地形は恐らく日本海側特有なのかもしれませんね。千葉や湘南とは全く違った地形で、『ひとネタ出来るな!』と思っちゃいましたもん(笑)次からはいよいよ遂行の刻っす。てか、まともに遊べるレトロ機はPSが無難っすかね(^_^;)

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