はだかの太陽にほえろ

読了目安時間:6分

エピソード:3 / 4

3.

 中禅寺学教授の家は、文京区にあるマンションの一室だ。家族はおらず、ひとりで暮らしている。  Rデンカが事前に署を通して権限認証をしておいたため、マンションへの入室はスムーズに行えた。昔なら警察手帳を管理人に見せるという方法が使えたのだが、今どきそんなヌルいセキュリティのマンションは、それ相応の家賃である代わりに安全さもそれなりだ。  教授の部屋は綺麗に片付いていた。正確には、家具がほとんどなかった。ベッドとクローゼットは備え付けだし、キッチンも作り付けのシステムキッチン。単身者用にしては大きな冷蔵庫や電子レンジなどの調理器具は、壁と連続のフラットなデザインで隠されている。  壁は全面、白だった。 「中禅寺学。結婚歴はなく、大学入学時から現在にいたるまでずっと一人暮らしのようです。このマンションは住み始めて5年目のようですね。綺麗に使っています」  Rデンカが記録を読み上げた。 「家具といえば、机と端末くらいなもんか」  机に設置されているコンピューターは、モニタこそ大きいものの、最新式とは言えないものだった。 「大学の教員にしては珍しく、彼は大学に寝泊まりするようなことは一切せずに、必ず家でじゅうぶんな睡眠をとることをモットーとしていたらしいです。……その割には、この部屋には生活感がないですね」 「帰ったら死んだように寝るだけだったのかもしれないな」 「正に死にかけている人物を評するには、笑えない冗談ですね」 「そうか、すまん」  松永はシフトキーを軽く押した。モニタに電源が入り、ロック画面が現れる。 「こいつは押収していないんだな」 「何を言っているんですか。被害者は亡くなっていませんし、押収なんて今の段階ではできませんよ。近親者の許可を得れば可能なのかもしれませんが、近親者がいません」 「親戚は? 両親は?」 「教授は孤独でした」 「そうか……」  Rデンカがカーテンを開けた。部屋の白が、いっそうまぶしくなる。 「スカイツリーが見えますね」  だいぶ年季が入ってしまったが、東京スカイツリーはいまも電波塔として現役だった。青白くスリムな姿が、曇り空に向かってすっと伸びている。天まで届きそう、でも届かない。どこかもどかしい姿だ。 「念の為に聞くんだが、教授と、R佐々木妙子が恋愛関係にあったという可能性は?」 「その線も調べてみましたが、まずないですね。教授に関していえば、交友関係での問題はなにも見つかりませんでした。……委員に任命される時に反社会組織と関係がないことの誓約書にサインさせられるのでは?」 「まあな」  この場でみるものはないと判断したふたりは、次の場所に向かった。R佐々木妙子の家だ。  彼女は実家暮らしだった。墨田区にある彼女の家は、下町の風景に溶け込んだ古い一戸建てだった。こちらも事前にRデンカが訪問の連絡をしてあったので、すんなりと家の中に招かれた。  R佐々木妙子は一人っ子で、両親とともに暮らしていた。 「この度は、娘がご迷惑をおかけしました」 「やめないか、R母さん。R妙子が犯罪を犯すはずがない。あの子は無実だよ。すぐに帰ってくる」 「そうなんですか? 刑事さん」  いや俺は刑事じゃないんで、と、森永は手を振った。代わりにRデンカが、返事をする。 「R佐々木妙子さんは、容疑を否認しています。私達ロボットは、論理的な理由がない限り嘘はつけませんから、犯人と断定はできません。ただ、以前からお話していますが、いくつか黙秘されていまして……」 「帰ってこれないんですか?」 「勾留期限というのがありまして、これはロボットも人間も当然同じなのですが、今回のような場合延長はないと思いますので、遅くてもそこで釈放になると思います……確実なことは捜査の都合上言えないのですが」 「ちょっといいですかね」  松永が割り込んだ。 「R妙子さんの部屋を見せてもらうことはできますか?」 「いいですよ。そうおっしゃると思ったので、片付けてあります」  Rデンカと松永は二回の角部屋に案内された。和室だったが、ベッドが置かれており、内装やデコレーションは若い女性が好みそうなもので溢れていた。松永は二面ある窓を開けた。 「スカイツリーが見えるな」 「そうですね。ここからのほうが近いんですかね」 「娘はここからの景色が大好きなんですよ、刑事さん。小さなころからずっと見ていたスカイツリーですからね」 「Rデンカ、必要なものの押収は終わっているんだろ?」 「ええ。ご両親からの事情聴取もすんでいます」 「長居するのは申し訳ないから、おいとましよう」 「そうですね」 「あの、刑事さんがた、よかったお茶でも飲んでいってくださいませんか? お疲れでしょう」 「ご丁寧にありがとうございます。でもこの後の予定がありますので、失礼します」  ふたりは何度もお礼をいって、R佐々木妙子の家を出た。  黙って歩き、公園を見つけ、黙って自動販売機で冷たい缶コーヒーを買って、公園のベンチに座った。 「Rデンカ、この後の予定なんかないんだろ?」 「利益供与とか、後になって言われたらたまらないですからね。処世術ですよ」 「……どう思った? ふたりの部屋を見て」 「そうですね……やっぱりスカイツリーですかね。ふたりとも同じスカイツリーを見ながら暮らしていて、どうしてこうも違う生活なんだろう、と」 「どちらがより人間的な生活なんだろうな」 「人間的ってのは、今ではポリコレにひっかかる言葉ですよ」 「ああ、そうだな。すまん。……俺には、スカイツリーがバベルの塔みたいに見えたよ」 「バベルの塔……ですか」 「あれを作ったひとびとは、まさか天罰で言葉が通じなくなるなんて思わなかっただろうと思うんだよな。まさに想像もできない事態が起こったわけだ。今の人類とロボットも、どんどん神の領域に近付こうとして、そしておそらく想像もつかない天罰を食らうんじゃないかってな」 「神の領域なんてものが、本当に存在するのでしょうか。もし存在したとして、人類やロボットは本当にそこに到達できるのでしょうか」 「数日すれば分かるさ。本当にシンギュラリティに到達したら、想像もつかないことがおこる」 「中禅寺教授は、三原則についてどう考えていたんです?」 「シンギュラリティ後のロボットは、三原則から解放されるべきだと主張していた。それが当然の帰結だと」 「その場合、私のような旧型のロボットはどうなるのでしょう」 「人工知能をシンギュラリティ後のものにアップデートすることになる」 「アップデート後の私は、同じ私なのでしょうか」 「アルジャーノンみたいなことを言うなあ。それも含めて、想像可能な範囲の外側なんだよ。どうなるのか、誰も分からない」 「誰が責任をとるのかも……」 「誰も分からない」  沈黙が流れた。コーヒーの缶に水滴が増えていく。  ふいにRデンカが顔を上げた。同時に、松永の端末から通知音が響く。  ふたりが受信した内容は同じものだった。  中禅寺学教授が、意識を取り戻したのだ。

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