「何てことだ……」
行き交う多様な種族を眺め、混沌とした街並みを見渡し、私は一人呆然と立ち尽くしていた。
そう、ピピルカお嬢様が迷子になってしまったのだ。
あれほど迷子にならないでください、と言ったのに!
しっかりと手を握っていなかった私の完全なミスだ! お嬢様が両手で超レア勇者グッズを大事そうに抱えていたからとはいえ、心を鬼にして手を繋いでおくべきだったのだ!
メイド・メグリム一生の不覚!
こんな荒れ狂った魔境の地でアンポンタンで世間知らずなお嬢様を一人にしたら、どんな酷い目にあうか……考えただけで発狂しそうだ!
「くそっ、くそっ」
確か、お嬢様はこの路地裏に入っていたはずなのだが……そこは、行き止まりだった。こんな入り組んだ街並みの中で不自然な、行き止まり。
何かがおかしい。ガイドブックの地図にもこんな行き止まりは書かれていない。
そして、振り返ると……先程までと景色が変わったように感じた。
「そこのメイドちゃん。お困りかい?」
突然、頭上から男の声が聞こえて私はハッと我に返った。
頭上を見上げると、湾曲した螺旋階段の上に一人の優男が座っていた。
キザなダークスーツに身を包んだ長身痩躯。ナルシズムに溢れた顎ヒゲ。そして、青白い肌に、歪んだ二本の白い角。
悪魔。
魔族の中でも、暴力のオーガ、謀略のデビルと称される悪辣な種族との邂逅に私は一歩後退った。
「おいおい、そんなに怯えなくて大丈夫だぜ。オレは人助けの旅をしている善良なデビルだからな」
人助けの旅をしている善良なデビル。なんという胡散臭さ。
「オレは、イビルベルト・バールボルト。神出鬼没のナイスデビル、イビルベルト・バールボルト。一日百善の旅人、イビルベルト・バールボルト。ま、名乗るほどの者ではないさ」
思いっきり三回も名乗ってますけど。
「ガイアガルタは迷宮都市だからねぇ。この都市の建造物は全て魔法で作られていて、自由気ままに勝手に変形し、移動するんだ」
「な、なんですかそれ……。不便すぎる」
「不便というのは面白いのさ。便利はすぐに慣れるが、不便は常に新しい発見の連続だからな。観光客にも理不尽な不便さを楽しんでもらうため、ガイドブックには嘘偽りが書かれているってわけよ。最高だろう?」
最低だ……。
「それはさておき、旅の出逢いは一期一会。キミのお困り事を解決してやるぜ。なんていっても、オレはナイスデビルのイビルベルト・バールボルトだからな」
そう言ってイビルベルトはポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
「こいつはバタータバコさ。バターリーフという植物から作られるタバコでね、クリーミーな口溶けの煙が最高なんだぜ。しかも、健康に良い」
「悪魔も健康を気にするんですか……」
自由気ままな軟派デビルを尻目に、私はガイドブックをペラペラと捲った。地図としては役に立たないかもしれないが、お嬢様の行きそうな場所の目星はつくかもしれない。
しかし、ページを捲っていくうちにガイドブックの文字は解読不能な象形文字へと変化していった。
「ガイドブックには何度もページを捲ると文字が読めなくなる魔法がかかっているんだ。面白いだろ?」
「面白くないです!」
悪魔の感性は理解できん!
とはいえ、もはや藁でも悪魔でも何でもすがる思いだ。背に腹は代えられない。
「共に旅をしているお嬢様が迷子になってしまいまして……」
「ほう、情報をくれるかな」
「可憐な紅蓮の髪をしているハーフオーガの美少女です。真っ白なワンピースに大きなリュックを背負っています。あと、陽キャ勇者の限界オタクです。お嬢様が行きそうな勇者関連の場所をガイドブックで調べようとしたんですが……このザマです」
私の話を聞いたイビルベルトは頷き、カッコつけた風に指を鳴らした。
「お嬢ちゃんのいる場所を見つけ出したぜ!」
★ ★ ★
変な悪魔イビルベルトに連れられてやってきたのは、小さなボロ小屋だった。かつて勇者と喧嘩した星の女神アステラが引きこもった、知る人ぞ知る観光名所らしい。
アステラハウス。
そこに、紅蓮の髪のハーフオーガの美少女は突っ立っていた。
「ピピルカお嬢様!」
わき目もふらず、お嬢様の元へ走り寄った。
私に気づいたお嬢様はパァッと表情を輝かせ、抱き着いてくる。
「メグリム! 迷子になった貴女を必死に探していたんですのよ!」
「私のセリフですよ! もう、お嬢様ったら……ご無事で何よりです」
「ふふ、やっぱりメグリムですわ」
私の顔を見上げ、お嬢様は柔らかく微笑んだ。
「メグリムなら、わたしの行きそうな場所を探して来てくれると信じて待っていましたの!」
「お嬢様っ!」
何と嬉しいお言葉!
「尊いな」
抱き合う私達を見つめながら、変態悪魔……じゃなかった、イビルベルトは満足げに頷いた。
「ぷえ? このデビルさんはどなたですか?」
「オレは、イビルベルト・バールボルト。神出鬼没のナイスデビル、イビルベルト・バールボルト。一日百善の旅人、イビルベルト・バールボルト。ま、名乗るほどの者ではないさ」
それ、持ちネタなんですか。
「いびるべると・ばーるぼると? どこかで聞いたことがあるような、ないような……」
「フッ、遥か昔に忘れられた名前さ」
妙に哀愁漂う雰囲気でイビルベルトは首を振った。
お嬢様が聞いた覚えがあるということは、勇者絡みの人物だろう。胡散臭いナルシストなデビル……もしや、魔王――
「さて、オレはここらでお別れだ。世界には困っている人々が沢山いるからね」
そう言ってイビルベルトはお嬢様に星の形をしたコンパスを手渡した。
「これをあげよう」
「コンパス、ですか?」
「ガイアガルタでのみ有効な、魔法道具さ。行きたい場所を告げると、コンパスの針が道を指し示してくれるんだ。こいつがあれば、もう迷わないぜ」
「そんなすごいモノをいいのですか?」
お嬢様の問いにイビルベルトは深く頷く。
「お嬢ちゃんとメイドちゃんの尊い関係性を見せてもらったお礼さ。それでは、アデュー!」
素早い身のこなしで去っていくイビルベルトを見つめ、お嬢様と私は同時にこう呟いた。
「なんか気持ち悪い」
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s.h.n
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s.h.n
2020年11月18日 7時44分
Yuiz
2020年11月18日 15時52分
s.h.n様、ありがとうございます! ダイレクトなスタンプとてもとても嬉しいです! ナイスデビル・イビルベルトとの出逢いを描きました。この出逢いがもたらすモノは何か――。少し伏線ですね。ご期待くださいませ。 そして次回はのんびりコーヒーブレイクです!
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Yuiz
2020年11月18日 15時52分
千里志朗
ビビッと
200pt
2pt
2021年1月9日 17時06分
《「なんか気持ち悪い」》にビビッとしました!
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千里志朗
2021年1月9日 17時06分
Yuiz
2021年1月10日 2時50分
二人の発言にビビッとありがとうございます! イビルベルト、中々癖のあるナイスデビルでした(´艸`*) また再登場するかもなので、是非是非ご期待くださいませ!
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Yuiz
2021年1月10日 2時50分
菊池竹光
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菊池竹光
2020年11月18日 21時08分
Yuiz
2020年11月19日 2時36分
菊池竹光様、ありがとうございます! 世界観お気に召していただけて嬉しいです! 励みになります! 混沌の都市で出逢った悪魔。胡散臭くも心優しい、けれど気持ち悪い。そんな男がくれたコンパスはどこに導いてくれるのか。ご期待くださいませ! 次回は安らぎのカフェでまったり過ごします。
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Yuiz
2020年11月19日 2時36分
晴羽照尊
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晴羽照尊
2020年12月3日 21時09分
Yuiz
2020年12月4日 1時07分
晴羽照尊様、ありがとうございます! 胡散臭いデビル・イビルベルト。彼のもたらしたコンパスが導く未来、是非是非ご期待くださいませ! そして、彼が再登場するかも……ご期待くださいませ!
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Yuiz
2020年12月4日 1時07分
小日向
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小日向
2020年11月18日 20時48分
Yuiz
2020年11月19日 2時34分
小日向様、ありがとうございます! 奇妙な悪魔、イビルベルト。元魔王っぽいですが、彼のたくしたコンパスは何を導くのか――。是非ご期待くださいませ! そして次回は混沌の都市で唯一の憩いの場、隠れ家的なカフェでまったり過ごします……
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Yuiz
2020年11月19日 2時34分
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