朝靄の中、ピピルカお嬢様と私を乗せた馬車が静かにバーガンディオ街道を走っていく。
熱砂と熱風が吹き荒ぶ赤い大地が少しずつ、遠ざかる。
一泊二日の極炎の街ベルメリオ聖地巡礼の帰路を辿る馬車の中、お嬢様は窓の外を眺めて思い出に浸っていた。
「初めての聖地巡礼、勇者様の降臨の地……ベルメリオ。とっても楽しかったですわ」
マグマローズが咲くベル火山が遠くに見える。
「目を閉じれば、たくさんの思い出が蘇りますわ」
胸に手を当て、お嬢様はたおやかに微笑んだ。
「勇者様と女神様が出逢った勇者降臨広場」
お嬢様が四つん這いになって勇者の残り香を嗅いでいたこと。
「ドワーフの老舗鍛冶屋、ドヴェルグリッド」
お嬢様が読めもしないドワーフ語の聖典を十冊もぼったくられていたこと。
「脱長したエルフのラーメン屋、エルフとんこつ」
とんこつラーメンの美味しさに醜態を晒してしまったこと。
「勇者様が発案したマグマローズの温泉、陽キャの湯」
お嬢様が温泉のお湯をがぶ飲みしていたこと。
「本当、素敵な思い出ばかりですわ~!」
うう、頭が痛くなる思い出ばかりだ……。
「ね、メグリム。初めての二人旅、楽しかったですね」
天真爛漫なお嬢様のまばゆい笑顔。
ああ、どれだけ振り回されて迷惑をかけられても、その笑顔にいつも心を溶かされてしまうのだ。ずるい人だ、お嬢様は。
「……ええ、楽しかったです」
「メグリムがいてくれて本当、感謝していますわ」
「ピピルカお嬢様……」
朝日に照らされ、お嬢様の紅蓮の髪と小さな漆黒の角がキラキラと煌めく。
「メグリムと出逢えて本当、よかったですわ。メグリムがこの世に生まれてきてくれて、神に感謝しますわ。メグリムという存在と巡り合えた運命、それはわたしの人生の宝ですわ」
お嬢様……。
なんだか、最終回みたいなテンションですけど……どうしたんですか。
「ふふ、旅の終わりのせいで少しセンチメンタルになってしまいましたわ」
遥か遠くになってしまった極炎の街ベルメリオを窓から見据え、お嬢様ははにかんだ。
「旅はとても楽しいけれど、だからこそ……その終わりは切ないのですわね」
火山地帯を抜け、やがて景色から赤色が少しずつ抜け落ちていった。
火のマナも土のマナもない、淡白な草原。
旅の終わりの切なさを映し出すように、窓の外の景色も寂しさを増していく。
「旅が終わって、日常に戻ってしまいますわ」
ピピルカお嬢様は、ただのアンポンタンの限界オタクだと思っていた。旅の終わりにセンチメンタルになる繊細な心を持ち合わせているとは思ってもいなかった。……いや、違うのか。オタクだからこその、センチメンタリズムなのかもしれない。
私にはわからない世界だ。
だが、とても良いものだと思った。
誰かを限界を超えてまで好きになる美しさを、少しだけ羨ましいと感じてしまった。
私も旅の終わりのセンチメンタリズムにやられてしまったのかもしれないな。
「…………ん?」
お嬢様の雰囲気に飲まれて思わず感傷に浸っていたが、あることに気づいた瞬間センチメンタリズムが一気に吹き飛んでしまった。
「お嬢様、明後日から地下都市へ聖地巡礼する予定ではなかったですか?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「そうでしたわ!」
ポン! と手を叩いてお嬢様は満面の笑みを浮かべた。
「魔族や不死族、黒魔法使い達が集う地底の混沌楽園ガイアガルタ! いわく付きのお宝が多数出品される闇のマーケットで掘り出し物の勇者様グッズが手に入るかもしれませんわ! ワクワクが止まりませんわ~!」
先程までの切ない雰囲気はどこへやら……。いつもの限界なテンションでお嬢様ははしゃぎ始めた。
妙な安心感に私まで自然と笑みがこぼれてしまう。
「ガイアガルタではどんな勇者料理があるのか楽しみですわ! は~、おなかペコペコですわ!」
「出発時間ギリギリだったのでホテルの朝食あまり食べれませんでしたからね」
お嬢様が夜更かししすぎて寝坊したせいで。
「不死鳥のタマゴホットサンドを買ってありますので、お食べください」
バスケットからサンドイッチを取り出し、お嬢様に手渡した。
「わー! 流石メグリムですわ! さすメグ!」
保温の魔法がかけられた包装紙に包まれているため、出来立てアツアツだ。
「むしゃむしゃ、とっても美味しいですわ! むしゃむしゃ」
パンパンになるほど頬張りながらお嬢様は幸せそうな笑顔を見せた。まったく、御令嬢たるものもっと美しく食べてほしいものだ。……が、美味しそうな食べっぷりは見ていてとても気持ちがいいのも事実。
困った人だ、この人たらしのお嬢様は。
「五百年前むしゃむしゃ、世界を救い終わったむしゃむしゃ、勇者様と女神様は勇者様の世界へと旅立ったんですわむしゃむしゃ」
「食べるか喋るかどちらかにしてください」
「むしゃむしゃむしゃむしゃ……ごくん! ごちそうさまですわ!」
勇者流のごちそうさまのポーズを元気よくとり、お嬢様は笑う。
「いつか、わたしも勇者様の世界に聖地巡礼しに参りますわ!」
「は?」
それはつまり、異世界に転移するということ。そんな大魔法、星の女神アステラ以外に可能な者はこの世界には存在しない。
だのに、お嬢様は無邪気な子供のように夢を見る。
「その時は、メグリムもついてくるのですよ!」
「……」
やれやれ、まったくこの人はどこまでも。
「アンポンタンですね」
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s.h.n
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s.h.n
2020年11月13日 7時41分
Yuiz
2020年11月14日 15時27分
s.h.n様、ありがとうございます! もっと読みたいのスタンプとても嬉しいです! 次回は11/16月曜日、第二章 底都ガイアガルタ編を開始します! 混沌の地下都市でお嬢様の更なる限界突破、是非是非ご期待くださいませ! 新キャラも登場するかも――です!
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Yuiz
2020年11月14日 15時27分
薔薇美
ビビッと
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2020年12月22日 21時06分
《「わー! 流石メグリムですわ! さすメグ!」》にビビッとしました!
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薔薇美
2020年12月22日 21時06分
Yuiz
2020年12月23日 1時36分
さすメグにビビッとありがとうございます! 第一章、ベルメリオ編見届けていただきありがとうございます! 次回は地下都市、ガイアガルタ編! 混沌の都市でお嬢様がまたもや大暴れです! ご期待くださいませ!
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Yuiz
2020年12月23日 1時36分
千里志朗
あんな醜態晒しているのに、ちゃんと主従愛は存在している不思議で愉快なコンビ。さすメグで、さすピピでした。
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千里志朗
2020年12月25日 16時25分
Yuiz
2020年12月27日 17時31分
不思議で愉快なコンビ、とても嬉しいお言葉ありがとうございます! さすメグ、さすピピ! 次回はガラリと雰囲気の異なる都市、ガイアガルタを訪れます! ご期待くださいませ!
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Yuiz
2020年12月27日 17時31分
ゆきうさぎ
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ゆきうさぎ
2020年11月21日 9時58分
Yuiz
2020年11月21日 17時09分
ゆきうさぎ様、ありがとうございます! 第一章、見届けていただけて嬉しいです! この先も更に更に盛り上げて参ります! 是非是非ご期待くださいませ!
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Yuiz
2020年11月21日 17時09分
karin
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karin
2021年1月4日 3時39分
Yuiz
2021年1月5日 0時20分
極炎の第一章、お読みいただきありがとうございます! 限界オタクなお嬢様と、毒舌だけど酷い目に合い続けるメイドの旅路、これからも是非是非ご堪能くださいませ!
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Yuiz
2021年1月5日 0時20分
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