いつか私を思い出して

読了目安時間:4分

すはら少年

 昼からの予定は勉強するだけだったので、食べ終わった後もしばらく部活を観戦していた。  部活動を見ていると美更の方へとサッカーボールが転がってきた。遅れてボールを追ってきた生徒はいつも見ている生徒よりは幼く見える。  美更は今朝、春人が言っていたことを思い出した。今日横浜から中学生が遠征に来るということを。  足もとまで転がってきたサッカーボールを見て、美更はベンチから腰を上げた。 「あの、すみません……」  遠くから走ってくる男の子は、身長は高いが、顔はまだ幼げだった。  青いユニフォームに白パンツ。高校生との遠征試合ということで、試合用ユニフォームで来たのだろう。  美更はスカートなど気にせず、左足でサッカーボールを拾い上げ、リフティングを始めた。  その光景を見て、男の子は、ボールを返してと言うよりも、華麗なリフティングに目を奪われていた。幼い頃から春人と公園で一緒にやっていたサッカーは今でも経験値として残っていたので、美更にとってはリフティングなど朝飯前だった。  足のくるぶしも使って技を見せると、優しいタッチでボールを蹴った。 「はい」  数回続けたリフティングの後、軽く蹴ったボールは少年の胸元へと飛んだ。そのまま両手で受けとるも呆然とした少年は、驚きで立ち尽くしたまま美更を見ていた。きれいなリフティングに驚いていた。その様子に気づいた美更は、言葉を詰まらせた少年に優しく声をかけた。 「今日は横浜から来たの?」  呆然としていた少年は正気に戻ったようにビクリと身体を震わせる。 「あ、はい。そ、そうです」  ようやく自分の世界から戻ってきた少年は、美更の言葉に動揺して返事した。  普通の人でも上手く見える華麗なリフティングに、それを女子がやっていることで更に美しく見えたのだろう。  春人が今朝言っていた情報は正しかったようで、横浜の中学生が遠征でこの学校に練習しに来ている。 「そっか、遠いのに大変だね」  美更はその後に「じゃあ頑張ってね」と添えるつもりが、少年はそのまま会話を進めてきた。 「お、お姉さん。サッカー上手いんですね」  お姉さんと呼ばれて、いい気になってしまい、少し照れくさく言う。 「昔、ちょっとやってたからね。今じゃ全然だめだよ」  春人と一緒にやっていたサッカーを思い出して笑う。小学校五年生くらいまでは美更の方が上手くて、サッカーチームのユースにも呼ばれていたことを。  結局、小学校でサッカーチームを辞めてしまい、中学校では春人と遊びでやっていたくらいだったことを思い出す。 「おーい、栖原! 早くボール持ってこーい」  遠くから聞こえる声に二人は反応した。  ついつい話してしまったが、当然だろう。練習中にボールが流れてしまったら、素早くとって戻るのが普通だ。  すぐに少年を練習に戻してあげることが普通なのだが、美更は呼ばれた名前に聞き覚えがあったので、気になって言ってしまった。 「すはら……くん?」  かすれるような声で呟いたので、呼び止めるつもりなどなかったのだが、その声は少年の耳にも届いてしまい、足を止めた。 「え、は、はい」  練習に戻ろうとした少年は、驚いたようにして振り向く。  正直、少年自身のことよりもその名前に興味があったのだが、そんなことは言えない。  そう、昨日、幼少期の服を探している時に見つけた名前。服のワッペンの裏に書かれたのと同じ名前に反応してしまう。 「あ、えっと、すはらくんか。変わった苗字だね」  つい呼び止めてしまったので、誤魔化そうにも言葉が見つからず安易な切り抜け方になってしまう。 「はい、木辺に西って書く文字が珍しいみたいです」  美更の戸惑うような言葉にも笑顔で対応してくれた栖原少年にも感謝する。これ以上、練習の妨害をするわけにはいかないので、ベンチに座り込んで言った。 「そっかそっか。うん、部活がんばってね」 「はい」  小さく手を振ると栖原少年は深くお辞儀をして、笑顔で走って行った。  背中に見える背番号8がだんだんと遠くに行き、練習に戻っても自然に目で追ってしまう。  美更の頭には栖原という名前が残ってしまっていた。昨日見た名前を思い出しながらも、遠目に少年を見ては頭の中で重ね合わせる。  だが、そこまで深く気にすることではなかった。ただ単にバザーで買った品に名前が付いていただけかもしれないし、もらい物の服かもしれない。名前が書かれたことだけでここまで考えなくてもいいはずだ。  それでもどこかで聞いたことのあるような違和感がほんの少しだけ胸の奥に残る。

もうすこしつづきますよ

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