世界に響かせたい音があるから

読了目安時間:5分

エピソード:1 / 4

Stage1, Roll Up

「Uh……ha,ha」  小さな部屋、色んなステッカーが幾重にも貼られて、黒いインクのサインが踊る壁。  高音の伸びがまだいまいちな自分の発声を認めながら、低音と高音を繰り返す。  隣でスティックを振りぶつぶつと消えそうな声でメロディを口ずさむ、ロングヘアの紗枝(さえ)は、鳴らす音に比べて華奢な身体を黒いTシャツに包み、真っ黒な髪を揺らしていた。 「なんか変な感じ。合同練習がリハのみで本番とか」  アンプにつながずにベースをいじっていた杏美(あみ)が、癖のある茶髪をてっぺんでまとめてお団子をつくり始めた。今は大ぶりの黒縁眼鏡をかけているけれど、ステージに眼鏡姿で立ったことはない。 「通える範囲にスタジオがなくなっちゃったからね。ライブできる場所が残ってるだけでもラッキーだよ」 「言えてる」 「オンラインだと、やっぱテンポずれて合わせてる感じしないしね」  杏美と会話をしていたのは、このバンドで一応リーダーということになっているギターの優梨愛(ゆりあ)だった。メンバーの中で一番華があって男にもてる。どこにでもいそうな女子大生の雰囲気で、話し方がちょっと舌足らずで、独特の可愛らしさがあった。  みんなが会話をしている間も、あたしはずっと発声練習を繰り返す。ちょっとだけ高音が出るようになってきた。低音も良い感じ。 「今日のセトリ(セットリスト)、しょっぱなは紗枝に掛かってるよ」 「順番が最初ってだけで、そのうち優梨愛のギターソロだってあるでしょ」 「杏美のベース兼キーボードも」  そんな話をしていた3人が、相変わらず発声練習をしているあたしを見る。 「真琴(まこ)は普通だね」 「ほんと、普通」 「緊張とかしないの?」  あたしは発声練習を止めずに首を縦に振ってピースサインを送る。  みんな分かっているくせに。  あたしからこれを取ったら、どれだけ何も残らないか。   *  出番の時間が来た。  あたしたち4人はステージから客席を眺める。  オールスタンディング。昔だったら人がぎゅうぎゅうに詰まって熱気にあふれていたこの箱は、すっかり「ソーシャルディスタンス」仕様になって一定間隔にマスクの白がずらりと並んでいる。 「今日は、どうもありがとう」  あたしがマイクに向かって最初の挨拶をすると、客席から大きな拍手が上がった。  あたしたちの音楽は、これまで拍手なんかをもらうような上品なものではなかったはずで、声を上げられなくなると人っていうのは上品になるのかもしれないなんて思う。 「なんか、変な感じ」  マイクを通して思わずそう言ってから紗枝を見た。紗枝の心の準備が整うまでは、あたしがいつも会話で繋ぐ。 「えーと、実は……あたしたち、久しぶりのライブっていうのはみんなも知っている通りなんだけど、こうやって音楽を鳴らすのがホント、久しぶりなんだ」  また、拍手が上がった。声が無いってやりづらい。 「このライブハウスも一旦閉店が決まってから復活してくれて。戻って来れて嬉しい」  ちょっと喉の奥がぐっと締まったみたいになった。いつもだったら、ここで観客から『真琴(まこ)ちゃーん!』って声が上がる。でも、まばらな拍手がパチパチと焚火の音みたいに響くだけ。  紗枝の方をちらりと見る。頼もしい黒髪が、口角を上げて頷いた。 「One, Two, Three, Four!」  あたしの掛け声の後、紗枝のシンバルが鳴ってきっかけを作り、ドラムが激しくリズムを刻む。  その後すぐに杏美と優梨愛が加わっていく。  よし。 「手だけでも上げて! 楽しんで行こうね!」  あたしの歌い出しから、観客と共に世界が揺れる。  ああ、すっかり変わってしまったって思っていたけど、何も変わっていなかった。  この箱の音。音は振動だって思い知るような会場。ライブならではの、今ここにいる感覚。  最後列まで表情が見える。目だけしか見えないと思っていた人の、口元がどうなっているかまで分かる。    あたしの居場所。あたしの声を届けるために置かれたボーカルマイク。 「ただいま!」  そして、おかえり、みんな。   * 「まー良かったんじゃない?」  優梨愛がTシャツを着替えながら言った。 「うん、ブランクがあるとは思えない感じはした」  杏美は広げていた譜面をまとめ、リュックに入れている。 「ソーシャルディスタンスは、いつまで続けなきゃいけないんだろうね」  紗枝がぼそりと言う。みんな、思っても言えなかったこと。  これまでのライブ収入は、もう見込めない。今日は満員御礼ということになっているけど、過去の1/4しか人を入れていない。 「まあでもさ、ここが感染源になったらそれこそダメじゃない?」 「それこそね」 「それこそだよ」  あたしたちは昔よりも聞き分けが良くなったのだろうか。  社会の規律とかそういうことに、どこか否定的に生きてきた4人だった気がするのに。 「ライブってやっぱ良いよね」 「うん」 「やっぱライブって必要だね」  そんなことを話していたのに、誰からも次回のライブの話は出なかった。  分かってる。みんなのまとめ役である優梨愛は、もうすぐ就職活動が始まる。みんなあたしよりも1つ年上で、これから社会に出る準備をしなければいけない。  優梨愛はこれまで金髪だったりオレンジだったり、明るい髪色にしていることが多かった。  だけど、今日のライブは黒髪のボブスタイル。バンドマンというより、まともな社会人みたいな雰囲気がする。  あたしたちのバンドは、高校の軽音楽部で生まれた。  ガールズバンドがストイックに鳴らす本格的な演奏と、杏美の作る楽曲の良さが噂になり、周辺の学校や音楽ファンの間でも話題になって行った。  地元のライブハウスで演奏をすれば、レーベルの新人発掘担当だという人が見に来ていることもよくあって、音楽系の個人事務所の人からもしょっちゅう名刺をもらった。  学生のくせにライブで稼げるようになっていたから、当たり前のようにプロの道を考えていた。楽曲をMV(ミュージックビデオ)にして配信サイトに上げるだけで収入が入ってきていたし、活動は至って順調だったのだと思う。  あたしは音楽以外、もっと言うと楽器だってロクに出来なかったけど、歌詞を書いた曲で収入が入った時には「生きていても良いよ」って言われた気がした。  だけど、突然世界は変わる。  2020年、音楽は……ライブは暗黙の了解という空気に殺された。

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  • ひよこキング

    冴木黒

    ♡500pt 2022年8月6日 9時47分

    誰もが実感しているこの閉塞感みたいなものが物語の中からもひしひし伝わってきますね😭そして、実は私初っ端で複数のキャラが出てくるお話って見分けがつかず苦手なのですが、こちらはそれぞれの特徴がすっと頭に入ってきて、気にならず読み進められました✨続きもまた読ませていただきますね!

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    冴木黒

    2022年8月6日 9時47分

    ひよこキング
  • 大正むすめ

    碧井夢夏/日常に追われ気味

    2022年8月6日 10時13分

    こちらにもお越しいただきありがとうございます!!短編慣れしていなくて「ここで終わって良いのか葛藤」と戦い続けつつ公開しました。夏っぽい青春なお話にしてみましたので、楽しんでいただけましたら幸いです・・!

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    碧井夢夏/日常に追われ気味

    2022年8月6日 10時13分

    大正むすめ
  • 探偵

    尾仲庵次

    ♡300pt 2022年8月6日 7時29分

    音楽のことはよく分からないのですが物語に引き込まれていきました。 続きが楽しみです。 少しずつ読み進めていく予定です。

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    尾仲庵次

    2022年8月6日 7時29分

    探偵
  • 大正むすめ

    碧井夢夏/日常に追われ気味

    2022年8月6日 7時50分

    ありがとうございます!全4話で完結なので、さらりとお読みいただけるかと思います・・!作者の趣味全開なのですが、楽しんでいただけますように・・!

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