――東京都内某所。
西部池袋線江古田駅より徒歩十分のアパート。
小さな畳の部屋中央、六畳一間の真ん中に置かれたちゃぶ台に突っ伏している銀髪の女性。
日頃の同居人からのストレスやらリモート会議続きの日常やら、溜まりに貯まった呪詛を吐くかのように声を漏らしていた。
「ヴァ~~~~~」
ノベラちゃんの愛称で親しまれている銀髪眼鏡女子な彼女――野辺良華子は、この日も朝からリモート会議続きだったらしい。昼から夏にピッタリのうどんメニューを考える会議だったなら、まだ彼女のモチベーションは保たれていたのかもしれない。
だが、昨日から酷暑のテレワークには必須とされるエアコンが故障し、この日、朝からレトロ扇風機だけで粘っていた彼女は、三つ目の会議を終えたところで、カーテンを閉めた窓の隙間から入り込んで来る日差しと熱気に、遂に限界を迎えたのである。
「ヴァッ、ヴァヴァ~~~~~~!」
畳の端で回転するレトロな扇風機から放たれる生温い風が、彼女の口から漏れた低音ヴォイスを乗せていく。
ちょうどその時、玄関のドアを開ける者が居た。外に居ると目立つであろう桃色ツインテールを揺らした彼女は、部屋の奥から聴こえてくる呻き声に驚き、買い物のビニール袋を一旦置いて、華子の居る部屋の中へと向かう。
「お姉様! 大変、部屋の中でウシガエルが泣いてる! この後ゲリラ豪雨が降るかもしれないわ……って、お姉様っ!」
「ヴァヴァ、ヴァヴァヴァ~~~~(ステラ~~お帰りぃ~~)」
「ちょっと大変っ。お姉様、口から魂が抜けかけてますわっ!」
桃色ツインテールの彼女――華子の同居人である天の川ステラが慌てて冷蔵庫からのべらの麦茶を取り出し、コップへ入れる。華子は手渡された麦茶を一気飲みし、ひと言。
「ステラGJ……危うく天界へ召されるところだったぞなもしよ」
「全く……わたくしの到着がもう少し遅れていたら大変なことになっていましたわよ」
ようやくヴァ以外の言葉を話せるようになった華子は、ひと呼吸置いて、ステラへ話題を振る。
「してステラよ。例のものはちゃんと買って来たんだろうな……」
「バッチリですわお姉様、ちゃんと買って来ましたわよ」
そう、のべらちゃんこと、華子は、テレワークで家から出れないこの状況下で居候の身で家でゴロゴロしていたステラへ、『クーラーのある場所へ涼みに行ける』という口実を使い、買い出しをお願いしていたのである。
華子が考えていたのは、ズバリ、夏バテ撃退メニュー。
華子宅のキッチン、冷蔵庫の横にある戸棚には、うどんの乾麺とカップ麺、麺つゆが大量にある。夏バテメニューにこれを使わずして何がうどん女神だ……これがのべらちゃんのポリシー。ざるそばを食べようというステラの申し出を断り、足りないものを買って来てもらった……という訳だ。
「はい、まずはゴリラパッケージのゴリゴリ君ね。夏と言えばソーダアイス。という訳でお姉様もどうぞ」
「これは気が利くぞなもしね……くぅ~~冷たいのが頭にキンとクル~~~」
アイスは頼んでいたものではなかったものの、クーラーが壊れている部屋で過ごさなければならないこの状況で、アイスはむしろファインプレーとも言えるのだ。という訳で、華子はステラと一緒にゴリゴリ君を食べる。
「んで、これが邪気眼ぱいせんがアルバイトしていて大人気のコロッケ二個ね。深淵の炎で揚げたドラゴン肉で出来ているらしいよ?」
「いや……コロッケは頼んで……まぁいいでしょう。邪気眼ぱいせんもきっと出番が欲しかったぞなもしね……」
邪気眼ぱいせんがコロッケを揚げると、女子高生の行列が出来るほど、あそこのコロッケ屋さんは人気なのだ。百歩譲って人気のコロッケ。うどんの付け合わせに添えてもいいだろう。
「んで、夏バテ撃退と言えば……やっぱりこれ……オクラ~~~」
「ヴァ~~~~~!」
遂にうどんの乾麺袋の緒……じゃない、堪忍袋の緒が切れたのべらが叫声をあげる。オクラに続けて蕎麦が出て来た時点で、恐らくステラは窓の外へと投げ出されてしまうところだろう。
「え~~、お姉様。オクラのネバネバには食物繊維がたっぷり含まれていて、お腹の調子も整うし、βカロチンがレタスの3倍、ビタミンB1がピーマンの3倍以上も含まれていて夏バテにも効果的なんですのよ~~」
「いや、そんなWikipediaで調べた情報を並べたかのような説明をせずとも知っているぞなもし。納豆とオクラでネバネバぶっかけうどんというレパートリーもある。が、わたしが頼んだものは違う筈ですよ?」
「だから、ちゃんと買って来たよ、ほら。豚バラと胡麻ドレッシング。レタスに夏野菜でしょう」
「わかってるならいいのです」
そう、のべらちゃんは豚バラを炒めたものにトマトなどの夏野菜を添え、冷水でしめたうどんへぶっかけで胡麻ドレッシングでいただく予定だったのだ。
シンプルなざるうどん。
タレにつけた鴨肉を添えた鴨南蛮風つけうどん。
大根おろしとしょうがのおろしぶっかけうどん。
納豆、なめこ、オクラ、海苔のネバネバぶっかけうどん。
と来て、今日は違ったうどんを食べたかったという訳で。
「そうそう、夏野菜だけど、ミニトマトの値段が高かったんで、きゅうりと茄子を買って来たよ」
「ヴァッ……!?」
「え? どうしたの……お姉様……!?」
次の瞬間、食べ終えたゴリゴリ君のはずれと書いてあった木の棒を畳へ落とす華子。
突然、全身をわなわなと震わせ始めた華子の様子に首を傾げるステラ。
「ステラよ……何故……トマトじゃなくて茄子を買って来たのだ」
「え? だって……茄子の方が安かったし、茄子も夏野菜じゃ……」
「ヴァヴァッーーーー!」
「ぎゃあああああ」
華子の叫びにステラが畳の奥へ吹き飛ばされる。眼鏡の奥を光らせ、華子がゆっくりとステラへ近づいて来る。それは数日前、華子に無断で課金してしまった事がバレて雷が落ち、クーラーが破壊された日の再現のようで。
「待って……お姉様……どうして……もしかして……まさか、茄子……嫌いなの?」
黒いオーラを出したまま眼前に迫るのべらちゃんへ向かってステラが核心をついた質問をする。
その場に立ち止まったノベラちゃんは、ボソッとひと言。
「茄子は……天敵であり、仇ぞなもしよ」
「え?」
「あれは、わたしが天界で女神見習いの仕事をしていた頃の話だった」
「ぇえ?」
何かとんでもない回想が始まりそうな予感がして、驚くステラ。そのときだった!
『その続きはわたしから説明しましょう』
声がした方を向く二人。いつの間にか玄関のドアが開いており、そこには腰のあたりに可愛らしいリボンのついたワンピース姿の女性が笑顔で立っていた。
「ぷれこ!」
「ぷれこお姉様!」
★★う★ど★ん★★
後半へ続く!
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2021年9月3日 0時45分
とんこつ毬藻
2021年9月4日 2時48分
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とんこつ毬藻
2021年9月4日 2時48分
葛西
まりもさんのノベステはネタ満載で楽しいですね。レトロ扇風機まで入れてくるとは。うどんはTwitterのやり取りで合ったうどんですよね〜。
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葛西
2021年8月27日 19時49分
とんこつ毬藻
2021年8月28日 11時28分
葛西さん、応援ありがとうございます(´ω`)いやぁーレトロ扇風機は自然に出て来ましたよ(笑)そうそう、今回の話はのべらちゃんとこないだ実際会話した内容から浮かんだネタを書いてますー。後編は夜あげますのでよろしくお願いしますー。
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とんこつ毬藻
2021年8月28日 11時28分
猫村まきこ
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猫村まきこ
2021年8月27日 18時47分
とんこつ毬藻
2021年8月28日 11時29分
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とんこつ毬藻
2021年8月28日 11時29分
三原みぱぱ
茄子はイカン、茄子はいかんのじゃ~(茄子嫌いです) ちなみにウシガエルって食用できるのでは?(なんか違う)
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三原みぱぱ
2021年8月30日 15時23分
とんこつ毬藻
2021年8月31日 17時15分
みぱぱさーん、お越しいただきありがとうございます(´ω`)あらま、茄子嫌いなんですね。それはのべらちゃんときっと話が合いますよ? ← ウシガエル食用だと(゜ロ゜)(あれはウシガエルじゃなくてノベラカエル……食べようとすると返り討ちに 笑)応援ありがとうございます。
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とんこつ毬藻
2021年8月31日 17時15分
東郷しのぶ
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東郷しのぶ
2021年8月28日 4時14分
とんこつ毬藻
2021年8月28日 11時29分
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とんこつ毬藻
2021年8月28日 11時29分
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