闇市から帰った時にはもう深夜で、あたしは何も食べずに、風呂にも入らず眠りについた。今日起こったことを忘れようと深く、深く……。 ――そして、羅蔵が来てから十日目の朝。 ……結局、昨日は何しに行ったのかわからねぇな……。せっかく相談しに行ったのに。 苛々しながら覚醒したが、自分に掛けられていた毛布を見て首を傾げた。 毛布なんか出したか? 確かあのまま布団に倒れこんで…… 「おはよう、麻弥さん!」 「!?」 知らない声を聞いて振り向くと、そこにいたのは十八歳位の若い男。しかもイケメン。 こいつは………羅蔵だ。 「今日はちょっとダルそうだね。まだ寝てていいよ」 爽やかにそんなことを言うから、つい甘えたくなる。だけど。 「そういうわけにもいかない」 羅蔵の姿に気を取られていた。凄く良い匂いがする。 「……何か作ったのか?」 「そう! 何作ったか分かる? 当ててみて!」 「知るか」 作った料理を見ようと、置いてあると思われるテーブルへ向かう。が、羅蔵に道を塞がれた。 「どけ」 「ダーメ! ちょっと考えてみて」 怒ったり笑ったり、表情がコロコロ変わるヤツだな。 「……味噌汁と……卵焼き……」 「ピンポーン! でも一つはハズレ。正解はこれ!」 テーブルの上には、飯と味噌汁とぐちゃぐちゃした卵があった。 「……何だこれ」 「スクランブルエッグだよ」 「……卵焼きと同じだろ」 「うーん、確かに卵を焼いた料理だし……じゃあ正解!」 自分のことでもないのに、嬉しそうに笑って拍手してる。 「じゃあご褒美! あーん」 羅蔵はそのスク何とかをスプーンに掬って、あたしに食べさせようとする。 そんな恥ずかしいこと出来るかっ! あたしは羅蔵の手を払った。すると、そのスク何とかが乗ったスプーンが落ちた。 「あっ……」 申し訳ないと思った。だけど、ほとんど謝った経験がなくて上手く謝れない。 謝るって、どうやるんだ……? 「ごめんね、麻弥さん……無理やりで嫌だったよね……」 羅蔵はいとも簡単に謝った。 お前が悪いわけじゃない! 「あ、あたしが……っ!……その……ごめん」 「麻弥さんは悪くないよ。俺のせいだから」 「お前は悪くないっ!」 あたしらしくもなく、声を荒げた。羅蔵は驚いたような顔をしてあたしを見てる。 「……じゃあ、お相子。どっちも悪くない!」 何事もなかったように笑顔を向けてくれる羅蔵。明らかに悪いのはあたしだろ?なのにそんな顔をするなんて……反則だ。 羅蔵と暮らすのは楽しい。周囲から色々非難されたが、そんなことはどうでもいい。只、この楽しさが続くといい。 この感じは何て言うんだ? 胸の中が満たされたみたいなこの感じ。 ……ああ、これが……幸せってことなのか……。 「どうしたの!? どこか痛い!?」 悲しい顔をして心配してくれる。どうやらあたしは泣いてるようだった。 「……そうじゃない。あたしは今、満たされてるんだ、だから……」 「じゃあ、俺も満たして」 羅蔵の手はあたしの肩から背中に移った。あたしを……抱きしめたんだ。 「麻弥。……好き。大好き」 心臓がうるさい。 この音は羅蔵の? それともあたしの? 煩わしくて、羅蔵から離れたい。 「……羅蔵、どけ」 「嫌だ」 一層、あたしを抱きしめる力が強くなる。 「ずっと、麻弥とこうしてたい。麻弥が好きだから」 何だ? また、体の中にくすぐったいモノがある。だからなのか、煩わしさは消え、いい気分になった。あたしも羅蔵の背中に腕を回した。 「麻弥……好き」 その言葉が合図だったかのように、あたし達は躊躇いもなく唇を重ねた。
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