泣かないで、と言えなくて。

読了目安時間:8分

エピソード:4 / 26

母の愛、歪み

 検査と治療が終わったのを確認して、お母さんと病室に入ると、春光さんは安心したのか大声で泣きました。 「佐々木先生。春光さんの治療は無事に終わりましたが、完治するまでは時間がかかります。トイレもしばらく痛がると思うので、薬を使って痛みを抑えてあげてください。精神的な治療はそちらに任せます」 「分かっています」  短いやり取り。  本当に元に戻るかの保証はどこにもありません。  お母さんは相変わらずの表情をして、特に深刻に受け止める訳でもなければ、心配をする様子もありません。  春光さんがだっこを求めて甘えてきても、手で払い、治療したばかりの腕を叩こうとして――私は大急ぎで止めました。まだ麻酔は効いているでしょうが、傷が開くのは危険です。  本当に、お母さんにとって春光さんは自分の自慢に使う時にしか存在理由を見いだせないのでしょう。本人が苦痛に思う事をあえてして、従順にさせようという魂胆と今までの生活の様子を垣間見る事が出来てしまったのが残念でありました。 「……やめてください。いい加減にしてください。医師達が懸命に治療をしてくださっているのです。それを無駄にするつもりですか。そこまでするなら、なぜここに来るのですか」  私はお母さんが春光さんの元に来る理由がもうわからなくなっていました。一体どうしたいのか、私には到底理解する事が出来ません。 「この子を元の()()()に戻す為に、私はここに来ているのよ。今の子供みたいな状態をこらしめてやらないと」  思わず、はあとため息をついてしまいました。  わざとではない、とあれほど言ったのにも関わらず何故理解をしていただけないのでしょう。 「おかーたん、だっこ。おてていたいの」 「その喋り方をやめたらだっこしてあげる」 「……? だっこ? だっこしてくれう?」 「ちゃんと喋って」 「んー! だっこちて、だっこ!!!」 「ちゃんと喋ってって言ってるでしょ、この馬鹿!!」 「……」  いくら幼い状態に戻っても、自分を侮辱しているという事は理解ができます。泣きながら、私の元に走ってきました。 「春光さん、ちょっとお外でご飯食べてもいいか聞きに行きましょうか」  急いで病室の外に連れ出して、ナース・ステーションへと向かいました。普通であれば個室で朝ごはんを摂るのですが、運の悪い事に個室で安心してご飯を食べられる様な状況ではありません。少し時間を遅らせてもらうか、別の場所で食べる事が出来ないか聞く事にしました。 「すみません――こういう事情がありまして、少し食事を時間を遅らせて食べても大丈夫か、個室以外の併設されている場所で食べても平気でしょうか?」  ナース・ステーションのいる看護師さん達にそう聞いたのには理由がありました。  個室で私という目があっても春光さんに危害を加えようとする、そして親である以上簡単に拒否をする事も出来ない様子から、大勢の目がある所で食事をさせた方が安全だろうと踏んだのです。あの様子であれば、食事をしている時にもきっと無茶をさせるに違いありません。あの手の親というのは、大勢の目がある場所であれば、大胆な行動は取る事はないでしょうと思ったのです。 「おかーたん、こわいの。ごはんたべたい」  ぶるぶると震えながらも、簡単な言葉で自分の要求を伝える春光さん。  泣いている様子に看護師さん達もただならぬものを感じたのか、中で特別に食事をしてもいいと言ってくださいました。確かにここならばお母様は入っては来られないでしょう。 「ああ、ありがとうございます……」  わざわざ配膳する人にも連絡を入れてくれて、看護師さん達と春光さんと私でおしゃべりをしながらの食事となりました。 「おいしい! みてみて、たべた〜!」  おかゆの入ったお茶碗を指差して完食した事を自慢する春光さん。  腕を上手く使えないので、私が食べさせてやると、本当に美味しそうにするのです。お母さんとも、元々こんな風に生活をしていたのかもしれません。 「すごいねえ、おいしかったのよかったね!」  食事をしている春光さんにも、看護師さん達は優しく声をかけてくれます。 「えへへ。ぼく、ごはんたべられるのえらい?」 「えらいえらい」 「みてみて! 桃おいしいよ!」 「春光さん、お口開けて……ん、おりこうさん。美味しいですか?」 「おいしい! かんごしさんの、ちょーだい」  よほどお腹が空いていたのか、看護師さんのお昼ご飯も食べたいと指差してアピールをします。後でお菓子でも買ってあげましょうか。    周囲の方は幼児退行している状態の人の事情もわかってくださっているので、本当に完食するまで落ち着いた状態で過ごす事が出来ました。  春光さんは見た目は完全に中学一年生のままですから、余計に子供に見えてきっと可愛くて仕方がないのでしょう。優しくして下さる人がとても多いです。  こうした小さな気遣いが本当に助かるのです。簡単に実親の面会謝絶は出来ませんから、これから色々と工夫をしなくてはいけませんが。  ご飯を食べてから病室に戻ろうとなった時、看護師さん一人が付き添ってくれる事になりました。  本人の泣き方を見て、判断した様でした。ありがたい話です。  一方歩いている春光さんは動きが少しぎこちなくなりました。 「春光さん、トイレしました?」 「……んぅ」  ビャー、と泣き出してしまいました。きっと傷にしみたのでしょう。ただ、多目的トイレに連れて行こうとするとパニックになって、さらに危なくなります。  一度ナースステーションにとんぼ返りし、ベッドを借りておむつを交換する事にしました。 「春光さん、痛いですか?」 「いたい」  外しながらそう聞くと、痛いと帰ってきました。時間がかかると言われたのも頷けます。 「春光さん、ちょっとつめたいですよ。すぐ終わりますから、我慢ね」  看護には他の看護師さん達も手伝ってくれました。  傷は深く、患部を軽く拭いただけでも泣いてしまいます。 「春光さんは強いですねえ。もうおしまいですよー」  丁寧に拭いてあげ、お腹をマッサージしました。長時間吸収するおむつを看護師さん達が分けてくださいまして、本当に感謝してもしきれません。  春光さんはこの段階で、ドッと疲れが出たのか眠ってしまった為、車椅子で部屋に連れて帰る事にしました。  懸念していたお母さんの事ですが、流石に姿を消していた様で、少しホッとしました。  ベッドにそっと寝かせて、見守る事になります。  寝顔のなんと可愛らしい事。 「……いっぱい寝て下さいね。私はちょっと、お母さんとお話しがありますから、少し抜けますね。すぐ戻りますよ」    ついてきてくださった看護師さんに、少しだけ見ていてもらえる様に頼んだ後、私は春光さんのお母さんを探して回りました。  昨日の発言といい、今日の振る舞いといい、一体どうしたいのかを本当に真剣に聞く必要があると感じたからです。春光さんがこのままの状態が続くのもよくありませんし、初めてお母さんを怖がる素振りを見せたので、何か対策をしなくてはと思いました。  お母さんを見つけるのに、そんなに時間はかかりませんでした。  私達が先程いたナース・ステーションにいたのです。春光さんの事を問い詰めていました。きっとあからさまでなかっただけで様子も観察していたのだろうという様子でした。 「あの子を子供扱いしないで頂戴」 「でも本人が望んでいる事です。それを叶えて上げる事も心の回復につながるのですよ」 「あの子は演技をしているのよ。変態じみた事をさせないで――」 「お母さん、ちょっとお話が」  私は段々と加熱していく話の様子に割って入り、少し外で離さないかと提案しました。病院の中には広い庭もありますから、多少は本心を聞き出せるのではないかという魂胆でした。  庭を歩きながら、私は聞きます。 「どうして、元の春光さんに戻ってほしいのですか? 今の春光さんを捨てるという事は、元に戻るという可能性も捨てる事になるのですが、何が嫌なのですか?」  と聞きました。 「あの子は、私なのよ」  その発言に私が思っていた事は、あらかた当たっていた事がここでわかりました。  実際春光さんの容姿はお母さんにそっくりで、そのまま幼くした様な印象でした。声もそんなに低くないので女性用の服を着せたら、そのまま女子として通ってしまうのではないかというほどです。お母さんが同一視してしまうのも、わからなくはないかなと思ってしまいました。 「でも完全に貴方と同じ考えを持っている訳ではない、というのはわかりますよね? 同じ人生を歩んでいる訳ではない、性別も同じではないのですから」 「まあ、多少は。でも私の子供だから」  こういった状態を、親子という関係に甘えていると私は呼んでいます。 「元に戻るまで貴方が育てて。完全に元に戻ったら私が引き取る。それまでのお金と思えば安いものでしょ?」  人はお金でなんとか出来るものではなく、そんな都合良く母親の元に戻ってくれる訳がない。その事も理解していただけない辺り、自分の欲求に基づく形でしか子供の事を見ていないのだとわかります。 「春光さんはおかあさんの事が怖い、と先ほど初めて口にしましたよ。今のお母さんは春光さんに当然の様に危害を加えようとしましたよね。治療も相当苦労していますし、今のお母さんの精神状態は非常に危険です。カウンセリングを合わせて受ける事をすすめます」 「私は普通よ。そこまで面倒くさい事をするくらいだったら、もう縁を切るわ。貴方が行っている仕事の事は徹底的に調べた。あの子が元に戻らないなら、私が徹底的に破壊してやる……」  お母さんが立ち上がるのを見て、私は急いで春光さんの病室に駆け込みました。  危ない予感がする――。

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  • メカノベラ弐号機(ステラ作製)

    klmi-wata-mawa

    ♡1,000pt 〇10pt 2022年8月7日 15時18分

    ここまで読み進めて、怖ろしい物語だなと初めて思いました。人が人でなくなる瞬間を見た思いです。心をえぐる描写が次々と飛び出してきます。作者さんも神経を研ぎ澄まされていらっしゃることと感じます。どうぞご無理のないように。

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    klmi-wata-mawa

    2022年8月7日 15時18分

    メカノベラ弐号機(ステラ作製)
  • 文学少女(心と身体フェアver)

    岸谷メルカ

    2022年8月7日 15時20分

    人って本当に鬼になる瞬間がある、という事ですね。 私も自分で書いてて恐ろしい物語だなと思います。

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    岸谷メルカ

    2022年8月7日 15時20分

    文学少女(心と身体フェアver)
  • メカノベラ弐号機(ステラ作製)

    klmi-wata-mawa

    ビビッと ♡1,000pt 〇8pt 2022年8月7日 15時13分

    《こうした小さな気遣いが本当に助かるのです。簡単に実親の面会謝絶は出来ませんから、これから色々と工夫をしなくてはいけませんが。》にビビッとしました!

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    klmi-wata-mawa

    2022年8月7日 15時13分

    メカノベラ弐号機(ステラ作製)
  • 文学少女(心と身体フェアver)

    岸谷メルカ

    2022年8月7日 15時15分

    佐々木さんの苦労はかなり大きいです

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    岸谷メルカ

    2022年8月7日 15時15分

    文学少女(心と身体フェアver)
  • れびゅにゃ~

    アルカディア

    ♡1,000pt 2022年8月30日 12時28分

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    きゃーーーっ!

    アルカディア

    2022年8月30日 12時28分

    れびゅにゃ~
  • 文学少女(心と身体フェアver)

    岸谷メルカ

    2022年8月31日 6時06分

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    真っ白に燃え尽きた・・・

    岸谷メルカ

    2022年8月31日 6時06分

    文学少女(心と身体フェアver)
  • ハーピー

    しがない文芸部鳥

    ビビッと 2022年8月19日 21時52分

    《危ない予感がする――。》にビビッとしました!

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    しがない文芸部鳥

    2022年8月19日 21時52分

    ハーピー
  • 文学少女(心と身体フェアver)

    岸谷メルカ

    2022年8月19日 22時30分

    かなり焦りを感じる状況だったのだろうなと思います

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    岸谷メルカ

    2022年8月19日 22時30分

    文学少女(心と身体フェアver)
  • 野辺符羅亭寅瓶

    蒼田

    ビビッと 2022年8月7日 15時46分

    《危ない予感がする――。》にビビッとしました!

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    蒼田

    2022年8月7日 15時46分

    野辺符羅亭寅瓶
  • 文学少女(心と身体フェアver)

    岸谷メルカ

    2022年8月7日 16時01分

    さて次はどうなるのか、楽しみにしていただければと思います。

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    岸谷メルカ

    2022年8月7日 16時01分

    文学少女(心と身体フェアver)

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