甘味たっぷりイチゴクレープ

 甘味たっぷりイチゴクレープの挿絵1  最初は少し、失敗したかと後悔していた。  よこせと自ら要求したものの、慣れぬ浴衣を着る気恥ずかしさと周囲から浮いてしまいそうな不安とで、普通にTシャツを一枚借りてしまえば良かったと。  しかし夕日が街のすべてを見事に赤々と照らす中、祭りを催している神社に向かって幸宏と肩を並べて歩いてみれば、そんな心配などまるでする必要がなかったことをすぐに思い知る。 「なんだ。今は浴衣を気軽に着る奴がたくさんいるんだな」  洋装を脱ぎ捨て、夏の和装に身を包んだ若者のなんと多いことか。浴衣と言えば藍地や白地に蜻蛉などの模様が定番だったが、今時の浴衣はカラフルな上に大きな花柄やら奇抜な骸骨やら、伝統に捕われず自由にデザインされたもので楽しまれているようだ。  幸宏に借りた物は藍地一色に染められた昔ながらの浴衣。それはね、綿紅梅と言って結構上質な生地なんだよ、と手早く着付けをしてくれながら幸宏が教えてくれた。確かに、この生地は肌襦袢の上から着てもさらりとした着心地の良さが伝わって、着物の知識がなくとも質の高さが伺える物だった。  幸宏は趣味が良い、と魁は素直に思う。安物買いは絶対にしないタイプと言うべきか、良い品を選ぶ目があると言うべきか。  バイト募集の貼り紙があったからという理由だけでなく、思えば彼の経営する洋菓子店もまた洒落た造りの小綺麗な店で、ここでなら働いてやっても良い、と無意識に魅了されてしまったのかもしれないと今更ながら魁は思った。 「思った通りだ。良く似合ってる」  隣を歩く魁を眺めながら幸宏は満足げに微笑む。 「久し振りに着てくれる人が現れて浴衣も喜んでるだろうな。たまには魁の悪い癖も役に立つってものだね」 「ふん、俺はもう絶対物を零さないぞ。仕事でできていることが日常生活の中でできない筈がないんだからな」 「まあまあ、いいじゃないか。私は全然気にしてないよ。寧ろそのお陰で、私なんかは得たものが大きいわけだし」  あの時ロゼワインを零していなければ……。  幸宏とはこんな関係になることはなかっただろうか。  あの最初の夜の記憶を引き起こされて、魁の頬は俄かにポッと赤く染まった。 「き、金魚掬い、見っけ!」  居たたまれず、履き慣れない下駄をカタカタと鳴らしながら魁はさっさと出店に向かって走り出す。転ぶなよ、と背後から優しく叫ぶ幸宏の声を聞きながら。  金魚掬い、りんご飴、ヨーヨー釣りにお好み焼き。  チョコバナナ、フランクフルト、射的にお面にハッカ飴。 「次はあれ。クレープ。シロップのたくさんかかったやつ」 「こ、心の底から楽しそうだね魁」  水の入ったビニールの小さな巾着を左手にぶら下げながら、手当たり次第に出店に首を突っ込む魁と行動を共にして幸宏は些か呆れ気味に口元を引き攣らせた。  巾着の中には幸宏と一匹ずつ掬った計二匹の小さな金魚。それを魁は時折目線まで持ち上げ、健気に泳ぐ姿を眺めては満足げに目を細める。  幸宏の家に金魚鉢はあっただろうか。腹が減ってはいないだろうか。帰りにペットショップへ寄っていこう。 「それ食べたらそろそろ帰ろうか。ちょっと肌寒くなってきたね」  こんもり盛られた生クリームの上に赤いイチゴシロップのたっぷりかかった、見ているだけで若干胸焼けを起こしそうな大きなクレープ。それを店員から受け取った魁を痛々しく見守りながら幸宏が言った。  洋菓子店のオーナーのくせに、実は幸宏は普段からそれほど甘いものを口にしない。新作の菓子が出来ても軽く味見をするだけなのだそうだ。  確かに幸宏の店の菓子は凄く美味い、と魁は思う。美味い上に見た目も凄く綺麗で、その分当然値段も高い。一流品を食する気分も悪くはないが、こういう出店で作られる大雑把で庶民的な食べ物も、気取らずに大口を開けて食べられる気軽さがご愛嬌で魁は好きだった。質の良い物を好む幸宏には到底受け付けられない物なのかもしれないが。  とにかく、魁自身は甘いものがあればそれだけで幸せ。多少安っぽく感じても、イチゴの味がしていればそれだけで結構幸せ。 「口の周りがクリームだらけ」  クスクスと、笑いながら幸宏が魁の口に指を差す。 「可愛いなあ魁は。まるで魁自身がケーキみたいだ」  この男は時々おかしなことを言う。大の男を掴まえてケーキみたいだとかマジでおかしい。 「あーあ、頬っぺたにも付けて。どれ、拭いてあげるよ」 「え。べ、別にいい」  ズボンのポケットを弄っている幸宏に、魁は慌てて拒否を示した。こんな人込みの中でそんな恥ずかしいことをされたら堪らない。 「えーと、ハンカチ、ハンカチ……」 「いいって。こんなの舐めれば済む」 「あれ、ちょっと待ってくれ。変だな、ハンカチ持ってきた筈なのに」 「しつこいな幸宏は!」  怒った態度を見せ付けるため、わざと大袈裟にフイと魁は背を向ける。  途端、目の前に現れたのは魁の顔に大きな影を落とすほどの馬鹿でかい縫いぐるみ。 「わっ!」  下駄を履いていたことも悪く作用した。  見事に平衡を失って、魁の体は大きく仰け反る。それでも左手首にぶら下がっている金魚入りの巾着は死守した。が、右手に持っていたクレープは惜しくもつるりと掌から離れ、魁の首元を掠めた直後に……。  べしゃ。  そんな大袈裟な音を、その瞬間魁は耳にしたような気がした。  上背のある魁よりも更に背高だった縫いぐるみの持ち主は、恋人らしき若い女性と楽しげに笑いながら人込みの中へ消えていく。自分の背後で起きた惨劇になど気付くこともなく。 「魁」  一部始終を目撃していた幸宏が憐れっぽい声で呼びかける。しかし魁の耳には届いていなかった。  ああ、俺のクレープ。  イチゴシロップのかかったクリームいっぱいの俺のクレープが。  それはもう、容赦なく地面に叩き付けられてぺしゃんこに潰れた様を魁の足元に晒している。 「魁、クレープが食べたいなら後でまた買いなさい。今はそれどころじゃないだろう」  半ば放心状態の魁の首筋を指差しながら幸宏が言った。 「クリームがべったり付いてる。早く拭かないと垂れてくるぞ」 「え」  ようやく事の重大さに気付いて魁は自分の胸元に視線を下ろした。 「……ベタベタして気持ち悪い」 「今頃気付いたのか。呆れた子だね」 「ごめん、幸宏。大事な浴衣にクリームが――」 「いいよ、そんなこと。それより魁、拭くもの何か持ってないか。どうやら私はハンカチを忘れてきたようで」 「ない」 「だろうな。こんな時に限ってティッシュの一つも持ってないんだからな」  言いながら、きょろきょろと周囲を見回していた幸宏の視線がふとある一点で固定した。 「………」 「幸宏?」  何を見つめているのか、という疑問を含めて魁が呼びかけると、何やら考えを巡らせていた幸宏はすぐさま振り返って笑顔と共にこう言った。 「いいこと思い付いた。おいで」

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