「愛してる」
互いの性欲を解き放ち、くたりと脱力している魁を優しく抱き締めながら幸宏が睦言を呟く。
「魁、愛してるよ」
果たしてそれはどこまでの意味を持つ言葉なのか。
幸宏にとって、自分は何か綺麗な愛玩物に過ぎないのではないか。たとえば彼が愛する美しくも繊細な、ショーケースに並ぶ芸術のような洋菓子の一つの如く。
もしそうだとしても、魁には幸宏を非難する資格がないことはわかっていた。なぜなら魁自身、この男を憎からず思っていながら、さりとて愛していると公言出来るほどの情を抱いているのかわからなかったから。
「魁、大丈夫?」
歩けるかい? とこちらの顔を心配そうに覗き込む幸宏に、こくりと力無く魁は頷き、少しばかりよろめきつつ幸宏の抱擁から離れた。
「……そうだ、金魚は」
もがいていた小さな命の存在を思い出し、魁は慌てて足元に視線を下ろす。
生きている筈もなかった。水を失った二匹の金魚は憐れにも粗末な袋の中で微動だにせず横たわったまま。
「落としちゃってたのか」
小さな遺体を茫然と見つめるばかりの魁の横を擦り抜けて、幸宏はしゃがんで金魚を袋から土の上に出してやった。
「悪いことをしたな。ここに埋めてやってもいいかい?」
「俺も、一緒にやる」
幸宏の隣にしゃがみ、魁は一緒に小さな穴を掘って金魚を埋めた。ごめん、と心の中で詫びながら。
「さて、どうする? また別の金魚を買っていこうか?」
「………」
しばらく迷った末、魁は無言で首を横に振った。
替わりなどいくらでもいる。そんな事実に仄かな反発を覚えた。これは金魚の話であって自分のことではないのだけれど。
もし自分がいなくなったら、幸宏はすぐに替わりを見つけるだろうか。賞味期限の過ぎた洋菓子を廃棄し、毎日次々と生み出されるそれを新たに愛でるように。
「じゃあ、真っ暗になる前に帰ろうか」
名もなき墓に軽く合掌した後に幸宏が立ち上がった。ほら、と微笑みながら手を差し延べ、魁を立たせて浴衣の乱れを手早く直してくれる。
「悪かったね、魁。こんなところでその、致してしまって」
浴衣の衿を正しながらぼそりと呟く幸宏に、魁は思わず目を丸くした。この自信家が自らの行為を詫びるなど珍しいこともあるものだ。
「今更打ち明けるのもなんだけど、どうも魁が相手だと歯止めが効かなくなるんだよなあ。それだけ私が魁のことを好きってことなんだろうけど、本当に好きになり過ぎてて困ってしまう」
「………」
だから、この男ときたら。
真っ赤になった顔を、魁は幸宏の前に晒しておくしかなかった。
この男ときたらどうしてそんな恥ずかしいことをスラスラ言ってのけるのだろう。本当にある意味羨ましい。
そうやって、あまりにも簡単に言ってのけるものだから。
「ゆ、幸宏は、誰に対してもそんなことを平気で言いそうだよな」
などと軽く拗ねた振りをしてみせてしまう。すると、そんなことはないよと幸宏は心外そうに目を見開いた。
「こんなこと、魁にしか言わないよ。今まではずっと遊びだったけど、魁には初めて会った時から……惹かれてた。覚えてる? 魁は黒いコートに黒いタートルネックを着てただろう。なんというか、あれは最高級のザッハトルテに出会ったような感動だったなあ」
ザッハトルテって……。
この男、やはり俺をケーキのように考えていたのか。
「うーん、難しいものだな、思いを伝えるのって。どう言ったらこの思いをそのまま魁に伝えることができるんだろう。好き、大好き、愛してるって、毎日何十回も何百回も言えば少しは伝わるだろうか」
「そ、それはやめてほしい。鬱陶しいにも程がある」
「でも魁は私のことを信じてないんだろう? 抱き方にも愛が足りなかったかな。もっとこう、魁がとろけてしまうような絶妙のテクニックを駆使して――」
「よせ、頼むからこれ以上寝技を極めるのはやめてくれ」
「へえ、じゃあ今のままで満足してるの?」
「満足なんて生温い言葉じゃ言い表せな……」
ハッと気付いて口を噤んだがもう遅かった。
目の前にあるのは、心の底から嬉しそうに満面の笑顔を広げている男の姿。
「魁、任せろ」
「う、うるさい。何が任せろだ」
「まあまあ、これからもそっち方面は任せておきなさい」
こいつめ……。
こいつめ、こいつめ。
なんだその幸せそうな面は。
そんな顔をされると、何かと翻弄されながらも魁は矢張りこの男を憎めない気持ちになってしまう。まったく厄介な、だけど愛嬌のある、切っても切っても同じ笑顔が出てくる金太郎飴みたいな男だと魁は思うのだった。
「よし、帰ろう。楽しかったね」
「……まあな」
「そういやクレープはもういいの? もう一度買ってく?」
「ああ、うーん……もういいや」
「それは良かった。また零されたりしたらまた舐めなきゃいけないからなあ」
「お、俺はもう二度と零さないぞ! 第一舐めてくれと頼んだ覚えも――」
「そうそう。昨日試しに作らせた新しいケーキがまだ店に残ってる。なんだかイチゴがたくさん載ってたなあ。良かったら魁、食べてかないか」
「……た、食べる」
不本意を示してやや口を尖らせながらもその美味しい誘いを断れる筈もなく。
結局常にこの男のペースに乗せられっぱなしだが、まあ、これはこれで悪い気分ではないと魁は思ってしまった。
ドン、と突如腹の底に響くような大きな音が轟いた。
反射的に二人が顔を上げた次の瞬間、夏の夜空に浮かんだのは華やかな大輪の花火。
その美しくも儚い芸術に、魁は素直に目を細めて称賛を送った。
《終》
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ノア・レザン
エロイの書かれるんですね 笑。幸宏は凄いテクニックの持ち主なんですね、あ、ケーキ作りの事ですけど 笑。地面に落ちて喘ぐ金魚と被らせたり、お上手ですね。幸宏の品のある感じとスウィーツが絡んでまったりと甘やかな気になりますが、裏路地で致してるんですよね!美味くR15にされた気が 笑
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ノア・レザン
2021年1月9日 22時07分
流世理
2021年1月11日 10時19分
エロいの書く時は自分で書いてて恥ずかしくなってジタバタしながら書いてます(笑) 幸宏はいつかきっと魁の全身に生クリームを塗ったくって……イヤ何でもないです(笑) 本当に路地裏で何やってんだかですね。二人ともイケメンだから何もかも許してください。コメントありがとうございました。
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流世理
2021年1月11日 10時19分
福寿 今日亜
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福寿 今日亜
2020年11月27日 8時37分
流世理
2020年11月27日 12時40分
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流世理
2020年11月27日 12時40分
淡月雪乃
お疲れ様でした! 綺麗な描写に、シチュエーション、もう色々と最高でした!! 私個人の感覚ですが、R15かなと思います。 本当に、お疲れ様でした!! 読んでいて、楽しかったです(*´`)
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淡月雪乃
2020年11月26日 23時47分
流世理
2020年11月27日 12時39分
楽しくお読みいただけて光栄です。私自身も甘いものが大好きで、書いてる間は頭の中にいろいろなスイーツが飛び交って幸せな一時でした。R15ですよね? ありがとうございます。参考にさせていただきます♪
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流世理
2020年11月27日 12時39分
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