指先から伝わる恋

読了目安時間:4分

エピソード:16 / 16

格好つけるなら最後まで

「彼から国木さんのお噂はかねがね聞いております」 どんな噂だ!と、今すぐにでも大谷を問い質しいところだが、ここは穏便に過ごすに越したことはない。悪印象を与えないようにと微笑みを乗せておく。 「……噂通り美しい方だ。どうぞ、大谷君をよろしくお願いいたします」 先ほどの視線は気のせいだったと思えるほど、今度は柔和な瞳だった。店内同様に温かみのある人柄だと感じ取れる。 「田島さん、国木さん困らせないでくださいよ」 国木と田島のやり取りを横で見ていた大谷が間に割って入ってきた。大谷の登場に田島の手が離れる。 「いや、すまない。大谷君からよく名前が挙がるので、興味を引かれてね。不躾に申し訳ない」 「いえ、お気になさらず」 頭を下げられ慌てて同じようにお辞儀する。田島への挨拶を済ませた後、大谷の案内で店の奥にある席へと座る。 「先程はすみません。国木さんが来られる前に田島さんと話していたもので。あれは国木さんじゃなくて、俺をからかっていたので、気にしないでくださいね」 「いや、あれはからかっているというより――」 恐縮した様子の大谷への返答を途中で止める。田島が最後に見せてくれた柔和な瞳に上書きされそうだったが、最初に向けられた視線の意味を今なら理解できる。 あれは、心配の裏返しだ。大谷を心配しているからこそ、こちらを品定めする色を浮かべていたのだろう。 営業先で向けられる品定めの視線も、大半は心配からくるものだ。信用できる会社なのか。自社に対して本当に利があるのか。見極める必要があるからこそ、自ずとそういった視線になる。 相手は何もこちらを傷付けようと敵意を剥き出しにするわけでもないので、多少身構えはするが変に引きずることはない。あまり気にはならないが、田島の視線は引っかかる。 大谷にとって国木がどんな存在かを心配するのは、田島の本来の気質なのか、それとも心配されるような何かを、大谷が抱えているのか――。 「国木さん?」 大谷が遠慮がちに声をかける。一瞬迷うも、立てた憶測を奥にしまい込んで、何でもないと頭を振る。 もし仮に大谷が何かを抱えていたとしても、大谷との関係に答えを出せてない自分が踏み込んで良い範囲を超えている。 それに、これはあくまで仮説だ。考え過ぎの可能性も十分にある。 「美しい方って面と言われてびっくりした。田島さんみたいな落ち着いた大人の人に言われると、なんか緊張するな」 微妙に話題を変えると、大谷が目を瞠った。露骨だったかと焦るも、腕を組んで考え込む大谷の様子に、どうやら話題を逸らしたことが気にかかっているのではないと悟る。 「お噂はかねがねって田島さん言っていたけど、お前俺のことについてどんな話したんだよ」 チャンスだとからかう方向に思いっきり舵をきる。恥ずかしがったり気まずくなったりして、言い訳でもしてくれるとより誤魔化せると悪い考えを抱く国木の期待は、あっさりと砕けた。 考え込んでいた様子を見せていた大谷が、ゆっくりと顔を上げた。熱を含んだ視線は揺るがない。無意識に唾を飲み込む。 「仕事ができて優しくて、綺麗な顔をしたかっこよくて尊敬できる上司で――俺の好きな人」 ぐっと喉が鳴る。注がれる視線はつい最近も浴びたにも関わらず、相変わらず胸の奥をざわつかせる。視線に耐えきれずに逸らしそうになったところで、目の前の顔がふにゃりとした。 「どうでしょう。少しは緊張してくれましたか?」 「は?」 突然のやり取りに素の声が漏れる。同時に自身が大谷の視線に緊張していたことがわかって、面白くない気持ちになる。むすっとしていると、慌てたように大谷が弁明する。 「国木さんが田島さんに緊張するって話されたので、俺にも緊張してくれないかな……なんて思っちゃいました」 後半はお店で流れる曲に掻き消そうなほど小さいものだった。先程までの勢いはどこへやら、畳みかけるように大谷が頭を下げた。 「すみません! 調子に乗りました!」 不機嫌な顔を維持しようと試みるも、一人忙しくする大谷に耐えきれず、早々に表情を崩して笑う。 「格好つけるなら、最後までやり通せよな」 「ですね。今度は最後までやり通します」 真面目に頷く様子がまたおかしい。田島とは別の店員さんがタイミングよく差し出された水を飲んで一息つく。 「あの……もう今日は格好つかないと思うので、格好悪いこと言っていいですか」

コメント

コメント投稿

スタンプ投稿


このエピソードには、
まだコメントがありません。

同じジャンルの新着・更新作品

もっと見る

  • はちみつ色の東風の姫【番外編】レナード・エスト

    完結済み長編のその後。シスコン兄の(あっ

    2,300

    1


    2022年10月7日更新

    前作『はちみつ色の東風の姫』完結後のお話です。 (※すでに他の番外編を一つ書き上げているのですが、そちらはイラスト入りが「小説家になろう」の本編続きに。イラストなしは「エブリスタ」にて下記のタイトルで投稿済みです。 『はちみつ色の東風の姫【番外編1】トール王子』 https://estar.jp/novels/26012503 よろしければ。) 22歳の公爵子息、レナード・エストは自他ともに認める優良物件。しかしシスコン。 そんな彼はこれから、どんな恋をするのか……? 全7話で完結です。

    読了目安時間:35分

    この作品を読む

  • マスターインハッキング

    イギリス大学院留学をする女の子の物語

    2,600

    0


    2022年10月7日更新

    世界で初めてサイバーセキュリティを学問として大学で教えたと言われる【ロンドン大学ロイヤルハーウッド校】の修士課程への留学が決まったユーこと遊馬遊。 そこで出会うイギリス人のエイドリアンとアリアナ、韓国人のヒョンソク、ハウスメイトのドイツ人やリトアニア人との国際色豊かな大学院生生活を描く。 大好きな国イギリスに再び留学できることに胸を膨らませるユー。 しかし、ユーと一緒にサイバーセキュリティを学ぶ学生の中には、実はとんでもないことを企んでいる者も!? 海外留学、恋愛、ハッキング。

    読了目安時間:33分

    この作品を読む

読者のおすすめ作品

もっと見る

  • 無垢の巫女と八百万

    人と人ならざるモノが紡ぐ、幸せな物語

    93,700

    216


    2022年10月6日更新

    人と『神祇(じんぎ)』と呼ばれる人ならざるモノ達が暮らす国——中津国。 10年前に起きた大規模な異種族戦争『黄昏の虹』を乗り越えた両者は、水面下で不穏な動きを見せつつも『共存』という道を辿っていた。 突如『神獣』に襲われ全てを失った主人公・柘榴は神獣を返り討ちにしたことからその腕を見込まれ、政府公認の『狩人』になることに。そんな彼女が所属することになったギルド『やおよろず』は、主に『禍津神(マガツシン)』と呼ばれる危険な神祇を取り締まる『特殊ギルド』だった。 無条件に歓迎をしてくれるメンバーに戸惑いながらも心を開いていく柘榴だが——彼女には、自身も気付かぬ『秘密』があったのだ。 彼女が持つ『秘密』が暴かれた時、決して目覚めてはいけない『神』が目覚める。それと同時に、物語は決して語られることのなかった真実を浮き彫りにし始め—— これより紡がれるは——無垢な巫女が1柱の神に殺されるまでの物語。 数多の祈りを集い、重ね、交じり、けれど決して綴られることのない——幸福な物語である。 ※2022年8月19日 話数が多くなったことで、あまりにも総エピソード数が見辛くなっていたのに気付き、修正いたしました! 今まで総エピソード数の画面から見てくださった方、見辛くてすみませんでした!

    • 残酷描写あり
    • 暴力描写あり
    • 性的表現あり

    読了目安時間:8時間39分

    この作品を読む

  • 第三のローマ ~ テルティウス=ローマ

    アンカラの戦いをめぐる物語

    64,500

    164


    2022年10月6日更新

    時は十五世紀初頭。西ヨーロッパ諸国は東のイスラーム教国であるオスマン帝国の圧迫を受けていた。防波堤であるビザンツ帝国は衰退はなだしく、その対応が求められていた。レコンキスタの途上にあってイベリア半島の雄でもある新興国カスティリヤ王国はさらに東から勃興しつつあったティムール帝国に目をつける。彼の国はかつてユーラシア大陸を席巻したモンゴルの末裔を称し、領土を拡大していた。さらにオスマン帝国の領土も狙い、両国は雌雄を決する対決に向かっていた。この状況を踏まえ、カスティリヤ王国はティムール帝国との同盟によりオスマン帝国の圧迫に対抗することを決意する。派遣された外交団を狙う刺客。その窮地を救う謎の集団。オスマン帝国の『稲妻』とも称されるスルタンバヤジットと、暁のごとき勢いで西に領土を拡大するティムールの対決。アンカラの戦いの中に埋もれた、忘れられた物語を、今綴ろう。

    読了目安時間:1時間6分

    この作品を読む