指先から伝わる恋

読了目安時間:4分

エピソード:15 / 16

初めてのお誘い

大谷と並んでラウンジを抜けてエレベーターへ向かう。廊下を進む大谷の足取りは、見たところ問題はなさそうだった。 そのまま帰らせても良いだろうと判断して、到着したエレベーターのボタンを押して扉を抑える。 「気を付けて帰れよ」 大谷が乗り込んだのを確認して、ボタンから指を離す。 「国木さん」 呼び止められて顔を上げる。エレベーターの扉が締まる直前で見えたのは、携帯を掲げて指さす大谷だった。 謎のアクションを見送った後、携帯を見ろとのサインかと思い立って、尻ポケットに入れていた自身の携帯を取り出す。メッセージが届いている知らせは、認識が合っているとの答えだった。 送り主である大谷のメッセージを確認する。届いた時間は先ほどのやり取りの少し前のようだった。メッセージを送った直後に国木が声をかけたので、タイミングの良さに驚いていたのかもしれない。 タイミングが良くても、別段あそこまで驚くほどでもないだろうと過ったのは一瞬だった。届いた内容を読んで小さく笑う。 『お疲れ様です。もしご迷惑でなければ、今日ご飯でも食べに行きませんか。突然のお誘いですので、難しい場合は遠慮なく断ってください』 大谷から初めてのお誘いだった。後半部分に大谷らしさを感じる。先手を取られた形にはなったが、誘われたことが純粋に嬉しい。 大谷の様子がおかしかったことが意外なところから判明して、なかなか笑いが収まらない。自分を誘うためだけにあんなにも悩んだり焦ったりしていたのだと考えると、何だかくるものがある。 残っている仕事の算段を頭の中でつけながら、指先は返事を打っていた。 『行く』 ================= 大谷からの返信に添えられていた住所を頼りに歩みを進める。 住所が示すのは社内からそう離れた距離ではないが、近くに飲み屋もないのであまり土地勘がない場所だ。辺りに目を向けながら目的地のお店を探す。 指定されたお店にはホームページもSNSも存在しないらしく、いわゆる隠れ家と呼ばれるお店らしい。 住所とともに外観の写真も送られてきたが、ぱっと見た限りはただのアパートの一室に過ぎず、よく見るとドアの横にお店の名前が入ったプレートが小さく掲げられている。 見落とさないように一つ一つ建物を確認していると、曲がり角の先から大谷が姿を現した。国木に気付いた大谷が手を振る。 少し前にもうすぐ着くと連絡を入れたので、外に出てくれたのだろう。小走りで近付いて合流する。 「ここ少し場所がわかりにくいので、お迎えにきました」 やっぱりどこか緊張した面持ちながらも、大谷が笑顔で告げる。向けられる笑顔に引っ張られるように国木も頬を緩ます。 「ありがとう」 礼を伝えると大谷の笑みが深くなった。こっちですと指さされた先に、写真で見たお店のアパートを見つけた。実際に見てもやはり普通のアパートにしか見えない。 本当にお店かどうか疑いたくなる外観なので、一人で入るとなると戸惑ったかもしれない。お迎えがあって良かった。 先導に立つ大谷が空けたお店のドアの先に広がっていたのは、こぢんまりとしたバーだった。 店員が立つキッチンの前にはカウンター席が数席。入口からだと壁が邪魔して全ては見えないが、カウンター席を過ぎた奥に空間があるので、恐らくテーブル席があるのだろう。 明るさをほんのり抑えた落ち着いた照明の下に広がる店内は、壁や床だけでなくカウンターまで木で造られていた。 深みを感じる濃い茶色や薄く淡いベージュでまとめられた色味は、木の温もりが伝わってくるようで雰囲気が良い。 一目見ただけでセンスが良いとわかる。会社の近くにこんなにも好みに合うお店があるのは知らなかった。知らなかった事実に少しだけ悔しくなる。 「いらっしゃいませ」 キッチンに立っていた店員が国木たちに近付いて静かに頭を下げた。つられて軽く頭を下げる。 「田島さん、こちら俺と同じ会社に勤めている国木さん」 「はじめまして国木さん。このお店を経営している田島と申します」 田島と呼ばれた店員はどうやら大谷の知り合い。国木に握手を求めるように手を伸ばす。 「国木です。はじめまして」 握手に応えるときゅっと力が込められる。白髪が交じった外見から恐らく六十代くらいと思われるが、しっかりしている体付き通り力が強い。 眼鏡の奥にある瞳がつと細められたように感じて背筋を伸ばす。営業柄この手の視線は身に覚えがある。訪問先でよく晒される視線の意味は、値踏みまたは品定めだ。

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