指先から伝わる恋

読了目安時間:4分

エピソード:14 / 16

落ち着きのない後ろ姿

昨日連絡を取ったのは栗原だけで、結局国木が大谷へ連絡することはなかった。 釈然としないままひたすら仕事を片付けていると、いつの間にか業後になっていた。伸びをしながらざっと社内を見渡す。 比較的落ち着いている時期なので、社内に残っている人はそれほど多くはない。残っている社員も忙しくしている様子はなく、切羽詰まったような状況ではないことが見て取れる。 見渡したついでだからと誰にともなく言い訳をしながら大谷のデスクを確認するも、本人の姿はなかった。 大谷だけでなくほかの社員も近くにいないため、チーム全体の業務が例に漏れず落ち着いているのだろう。   退社したのだろうとあたりを付けて立ち上がる。一息入れようと自動販売機に向かいながら未練がましく辺りに目を向けていることに気付いて、咳払いを一つ。 昨日は考えがまとまらず、結局メッセージを送ることができなかった。いま大谷の姿を見つけたとしても、昨日同様にかける言葉は恐らくすぐには出てこない。どんな状況になるか予測は立てられるのに、姿を探してしまう自分が不思議だ。 好意を向けられること自体は、正直珍しいことではない。告白された経験は何度かある上に、どれも長続きはしなかったが、付き合ったこともある。好きだと言われたからといって気持ちが浮足立つ年齢でもない。 だからこそ、自身が大谷に抱く感情の説明がつかない。迷惑でも嫌悪でもない。恋とも違う。どんな言葉も当てはまらず、渦巻く感情が宙ぶらりんのまま浮く。 今日は早めに帰ろうと決めてラウンジに踏み入ると、つい先ほどまで探していた人物を見つけた。驚いて反射で壁際に隠れる。 人がまばらなラウンジの奥、前に待ち合わせたテーブルに腰掛けているのは大谷だった。 背中を向けて座っているため、何をしているかはわからないが、隣の椅子に鞄が置かれているので、退社後にラウンジに寄ったであろうことはわかる。 少しの間大谷の背中を見つめていたが、座っているだけで立ち去る様子はない。 見なかったことにして、当初の予定通り飲み物を買って静かに去ろうと考えるも、髪に手をやったり、時折背を丸めたりと、大谷の落ち着かない仕草が気になり、結局近付くことにする。 「大谷」 「うっわ!」 後ろから声をかけると、がたんと大きな音を響かせながら大谷が立ち上がった。突然の出来事に目を丸くする国木以上に、口を開いて驚いている大谷の視線が泳ぐ。 「え、あ、お疲れ様です」 「あぁ、お疲れ」 間の抜けた挨拶に対して、同じく間の抜けた返事をする。短い沈黙が降りた後、国木は声を上げて笑った。 「お前驚き過ぎだろ。びっくりするわ」 過剰に反応した自覚があるのか、大きな音を立てたことに対して周囲に軽く頭を下げていた大谷が、口元に手を当てて長い息を吐く。 「完全に油断していました。国木さんいつからここへ?」 「ついさっきな。変なサイトでも見ていたのか?」 大谷の手に握られた携帯を認めて軽口を叩くと「へ?」と裏返った声が返ってきた。 「……お前職場で何を」 「いやいや、違いますよ! 変なサイトなんて見ていません!」 声をかけた際の過剰な反応と今の対応に、冗談ではなかったかと冷めた目線を寄せる国木に、大谷がぶんぶんと首を振って否定する。 あまりの必死な様子に、また笑いが込み上げてくるも、これ以上弄るのは可哀そうだと何とか身体の内側に留める。 「今から帰るのか?」 「え……あ、そうですね。仕事も終わったのでもう帰れる状態です」 今日の大谷はやはり様子がおかしい。少しズレた回答に首を傾げる。血色の良い顔色ではあるが、気分が優れないのかもしれない。 仕事が終わったにも関わらず、自宅に帰ることなくラウンジで休んだことを考えると、可能性は高いように感じた。 「なぁ、もしかして」 体調でも悪いのかと続けようとして止める。例え本当に体調が悪くても、大谷の場合は素直に白状するとは思えない。むしろ心配をかけまいと隠そうとするはずだ。 「帰るならエレベーターまで送る」 ラウンジからエレベーターまでの距離はそれほど長くはない。短い距離ではあるが、歩行に問題がないか探るには十分な距離だ。 「あの、」 少しでもおかしいと感じたら家まで送ろうと国木が画策していると、大谷が何か言いたげに口を開いた。しかし、その次の言葉はなかなか発せられない。 本来ならさっさと話せとせっつくところだが、体調が悪い可能性を考慮すると、無理に促すのは憚れる。 「どうした?」 言いやすいように努めて優しく水を向けるも、結局何でもないと結ばれた。疑問は残るもしつこくするのも違うので大人しく引き下がる。

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