下総の犬~玉響~

読了目安時間:5分

エピソード:93 / 100

無礼者参上

 現在の伊賀家の繁栄は、執権北条義時(ほうじょう よしとき)に繋がる縁によるものが大きい。  光宗(みつむね)の妹が義時の正妻であり、その威光により兄伊賀光季(いが みつすえ)が京都守護として上洛し、光宗(みつむね)自身も政所執事(まんどころしつじ)の職に就いていた。  政所執事とは、幕府の一般政務、財政などを司る職にあたる。別当(べっとう)(れい)執事(しつじ)という位置付けであり光宗は、政所のナンバー3であった。  しかし、いくら執権の親戚の部類に入るとはいえ、それに胡座をかいているわけではない。政所の政務も勿論行う。  8月には都方の公卿の処断、9月は鶴岡八幡宮の放生会(ほうじょうえ)が行われた。  それだけでも目の回る忙しさなのだが、それに加え六波羅(ろくはら)からも都の様子が飛び込んでくる。  10月には、承久の乱の首謀者とされた藤原秀康(ふじわらの ひでやす)が潜む情報がもたらされ、叛逆(ほんぎゃく)の余波は尽きないと大捕物の末、身柄は六波羅へ送られた。  その後には、三帝 (後鳥羽・順徳・土御門)・両親王 (雅成・頼仁)の配流など気を揉む処理ばかりであった。  疲労が溜まっていたのは云うまでもなく、そこに北条義時(ほうじょう よしとき)の妻である妹・伊賀の方に産気があり陰陽道で住まいを移ることとなった。これは弟の伊賀朝行(いが ともゆき)が執り行ったが、光宗は亡き兄・光季(みつすえ)の家のこともあり心底休まる日はない。  それ故、当然と言えばそれまでだが心労による頭痛胃痛を起こすことが多々あった。  ◆◆◆◆  何やら人の話し声がする――と、光宗はぼんやりと思う。 「今すぐ爺の元へ参って左衛門尉(さえもんのじょう)は体調が悪く、明日の出仕は控えると申して参れ」  若々しく落ち着き払う声音は千葉介だ。  爺とは、幕府の宿老大江広元(おおえの ひろもと)であり、内容から明日のことに手を回してくれていると気付いた。  ―― ありがたい。と、瞼を上げようと思うが気だるく、そのまま寝た振りをする。 「何だよ、泰村(やすむら)殿に言いつけられて来てみたら、夜空なんて見上げてる場合じゃないだろ」 (誰だ、この無礼な口ぶりは……) 「ホラ吹き、その方が来ても何の役にも立たぬわ」  千葉介が、ホラ吹きと呼んだ。どうやら無礼な口ぶりの男とは顔見知りであるらしい。 「へぇ~……ところで泰村(やすむら)殿を誘って星見とは如何なることで?」 「もう、どうでもよいわ」 (どうでも良い?……よかった)  光宗は、ほっと胸を撫で下ろす――が、すかさず誰かの声が遮った。 「良くありませぬ。殿様は年明けには番役が終わり下総へ戻られます。憂いは払わなければ」 (こやつ!余計なことを……)  この声は知っていた。千葉家家人(けにん)佐平(さへい)だ。 「憂いとは何でしょう?」 (多美子!!そなたも余計なことを!)  寝た振りの光宗は、なかなか忙しくなった。 「あ!わかったぞ~!アレだろ、ア~レ!!」 (黙れ、無礼者)  嬉々とした声を放つのは、無礼なホラ吹きだ。黙れと思う光宗の願い虚しくホラ吹きがハッキリと放った。 「泰村殿と多美子殿が、千葉介殿の目を盗んで逢い引きって話!」 「何を仰って……根も葉もない!……何です?そのお顔は……まさか!千葉介様はお信じになって……!?」 「し、信じるわけなかろう!」  多美子の声音に、怒気が混ざる気がした。不味い……何やら大変なことに……とは思うが光宗は、それでも固唾をのみ瞼を上げない。 「取り繕った嘘をついてはなりませぬ!いずれ気になり下総で悩むことになりますぞ!」 「た、たわけ!佐平!! 状況をわきまえよ!!」  おそらく多美子は、般若のような(おもて)をしているのだろう。いつも落ち着き払っている千葉介胤綱(ちばのすけ たねつな)の声がうわずるのがハッキリとわかった。 「いいえ!多美子様!この佐平、無礼を承知でハッキリと申し上げます!殿様は噂を耳にしてから大変思い悩まれておりました」 「それは私が不貞を働くような女だと思われていたと言うことですね!」 「おおおおお、思っておらぬ!!」  明らかに様子がおかしい千葉介の声を耳にし、光宗は周りの状況を見たくなった。薄目を開けて覗いてみる――。  外は暗く、本来ならば星でも見ている頃合いだろう。寝床から首をずらし騒がしい方を見やる。  血相を変えた多美子と、追及を受け止められないのか仰け反りジリジリと後方へ下がる千葉介。隣の間から入り込んだのだろう、家人の佐平が傍らに控える。  そして、こちらに背を向けている男が無礼な口ぶりの者だろう。 「では何故、思い悩まれるのです!?私に尋ねればよろしいではないですか!」 「その通りじゃ、すべてそなたの申す通り……である」  理詰めで詰め寄るのは千葉介ではなく、多美子だということに多少驚いたが、それ以上に千葉介胤綱の歯切れの悪さに驚いた。 (これは……尻に引かれる)  光宗は、確信した。  横たわる伊賀光宗(いが みつむね)の眼前で、理詰めで迫るのは千葉介胤綱(ちばのすけ たねつな)――ではなく、その許嫁多美子(たみこ)。  不貞を疑われたと迫る様子は、簡単には怒りの矛先を収められない程腹をたてている様子だ。 「まあ、まあ、元はと云えば当家の者が多美子様をいやらしい目付きで眺め回していたから悪いのであって」 「「い、いやらしい?」」  胤綱と佐平の声が揃った。  三浦泰村がそのような目で眺め回すとは思えなかったのだ。その考えが読めたのだろう。無礼な口ぶりの男は甲高く笑い声を上げ、身を乗り出す――と、 「ほら、このように……」  多美子の膝から眉の辺りまで視線を這わせるように、大きく頭を上下させた。 「な?そうだろ?多美子様」 「そ、それは……そうですが」 「多美子殿、実に泰村殿が不躾に眺め回したのか?」 「え、いえ。しかし千葉介様、三浦様はそのような意図ではないかと……」 「いいや!あれはそんな目付きだった!いやらしい!実にいやらしい!人に早く身を固めろなどと説教をするくせに堅物の振りをし、人様の許嫁を舐め回していた!」 「いや、()()()……とは、その方見ておったのか?」  捲し立てる勢いで熱弁していた男の口がピタリと止まり、しん――と静まる室内に秋の夜長を彩る虫の音が響いた。

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