下総の犬~玉響~

読了目安時間:2分

エピソード:19 / 100

裏切り

 いつまでも、突っ立っている分けにもいかぬ――と、千葉胤綱(ちば たねつな)は全身に力を込めた。  身を固くするのは、背後から来る者に怖じ気づいているからなどではない。 『何故、和田(わだ)一族を裏切った?』  誰もが思ったことであり、既に6.7年の歳月が流れているというのに、胤綱(たねつな)の心を締め付ける起因となる事柄であった。  おそらく、誰も問うたことなどないであろう。恐ろしくて聞けたものではない。  しかし、仮に尋ねたとしても答えは決まっている。 『先祖より続く恩祿(おんろく)の為』 (嘘じゃ!)  胤綱(たねつな)は、そう思う。  北条義時(ほうじょう よしとき)も、ハッキリと違うと口にした。誰しもが嘘だと、出鱈目(でたらめ)だと分かる理由なのだ。 (逃げに決まっておる!事が明るみに出たのが早過ぎたのじゃ!)  しかし、ここまで来たら――と、覚悟を決め胤綱(たねつな)は振り返った。  御所の死角になる回廊(かいろう)は、折れ曲がる角を抜ければ死角でもなんでもない。  現に、此方からは良く見える。広々とした廊下を此方へ向かってくる三浦義村(みうら よしむら)の姿が。  鼻歌でも歌っているのか、溜め息でも洩らしているのか、白く(くゆ)るものが顔に棚引く様子も、落ち葉色の直垂(ひたたれ)の袖から腕を抜き、懐に仕舞い込んでいる姿までもが――。  そして、何気に上げた(まなこ)胤綱(たねつな)を捉えた瞬間までもが、ハッキリと見て取れた。  歩幅は、緩まりはしない。  おそらく、横をすり抜ける気だろう。胤綱(たねつな)は軽く息を吸い――吐く、真横をすり抜けた落ち葉色に向かい、放った。 「(しばら)く、三浦介(みうらのすけ)殿」  ピタリ、と足を止めた三浦義村(みうら よしむら)は答えた。 「何用じゃ、千葉介(ちばのすけ)殿」  お互い背を預けた形となった体勢を、ゆっくりと向き直る。片や50を過ぎ、片や10を幾つか過ぎた者、子とも孫とも、父とも祖父とも言える開きがあったが、軽んじる事など出来ぬ立場は2人、共に同じであった。  鎌倉殿の家人(家来)。  尊い源氏の御家来(ごけらい)――、鎌倉御家人(かまくら ごけにん)。  胤綱(たねつな)の視線は、回廊の中庭に咲く寒椿(かんつばき)に吸い寄せられた。その真紅(しんく)は、先程まで舞っていた白雪をかぶり(まばゆ)い。  鮮明な色合いは、まるで熱を放っているようにも感じる。 (和田(わだ)様――)  在りし日の侍所別当(さむらいどころ べっとう)は、屈託なく笑う。 その破顔(はがん)する(かんばせ)は、眩く、熱く、視線が逸らせない――。  胤綱(たねつな)は グッと顎を引き、見たくもない者を見据えた。 「和田合戦(わだがっせん)にて、和田義盛(わだ よしもり)様を……その御一族を裏切られたのは、どういう心づもりであられたのか?」  どういう答えが返ってくるか――。  おそらく、例の口上だろう。  忠義を果たす……、胤綱(たねつな)の真っ直ぐな(まなこ)には、諦めにも似た色が漂っていた。

●千葉胤綱(ちば たねつな) 国府役人のナンバー3の 下総権介。通称 千葉介。 上2つの役職は不在の為、事実上 下総守護と見なされる12歳程の少年御家人。 ●三浦義村(みうら よしむら) 源頼朝の平家討伐にも従った 幕府の重鎮。 北条家とも肩を並べる程の力を持つ。 ●和田義盛(わだ よしもり) 源頼朝の平家討伐にて敗戦で 沈み込む源氏の御家人らの前で 勝ったあかつきには 侍所別当にしてほしいと願い出る。 沈んだ空気を 一瞬で笑いに変えた。 鎌倉幕府 初代 侍所別当。

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