下総の犬~玉響~

読了目安時間:2分

エピソード:23 / 100

ずる賢くあれ ②

(和田(わだ)様の弓が……!?)  胤綱(たねつな)(おもて)の変化は、言うまでもない。  見られるのは癪に障ると、背を向けてはいるが止まる足は正直だった。 「気が向いたら参れ、いつでも良いぞ」  明らかに楽しむような笑いを混ぜ、義村(よしむら)は誘う。胤綱(たねつな)は、誘惑を振り払うように駆け出した。  御所の廊下を駆ける様子は、まるで童がふざけて走り回っているようだ。  童でもない。ふざけているわけでもない。  突き進む胤綱(たねつな)の様子に、皆が振り返る。  幼さ残る(おもて)は、寒さの為か、興奮の為か紅を差したように染まり、黄櫨色(はじいろ)の袖は大きく揺れる。 (見たい!見たい!見たい!! 和田(わだ)様の弓を引いてみたい!)  駆け出したのは齢12。下総権介(しもうさごんのすけ)千葉胤綱(ちば たねつな)。  鼻息荒く、この日 誓った。 (いつか盗んでやる!! )  とんでもない決意をする、千葉介胤綱(ちばのすけ たねつな)の後ろ姿に、そのような決意が秘められているとは知りもしない三浦義村(みうら よしむら)は、背後に立った者に声をかけた。 「盗み聞きとは悪辣(あくらつ)ではないか?」 「そなたが、どう答えるか気になったまでじゃ、()()()」  胤綱(たねつな)の真似をし、義村(よしむら)のことを『三浦介(みうらのすけ)』と呼んだのは、北条義時(ほうじょう よしとき)。  ニヤリと、唇を引き上げた。 「三浦(みうら)の犬殿、下総(しもうさ)の犬殿を屋敷に招くとは如何した?」 「なかなか面白いと思うたまでじゃ、あれは嫁を迎えてはおらなんだな?」  この言葉に、義時(よしとき)は「ん?」と思わず漏らす。義村(よしむら)の発言は、まるで三浦家(みうらけ)から千葉介(ちばのすけ)へ姫を嫁がせる考えがあると取れたからだ。  北条義時(ほうじょう よしとき)は、弓のように背を逸らせ大笑(たいしょう)した。頭の中では千葉介(ちばのすけ)の困惑した顔が過り、止めたくとも笑いが沸いて出る。義時(よしとき)は、涙を浮かべ途切れる声を懸命に発す――。 「止めておけ、あれは真っ直ぐ過ぎる」 「それよ、それをひん曲げたい」 「気の毒じゃ、見逃してやれ」 「それは、無礼ではないか?」  姫をくれてやろうと言うておるのに、北条義時(ほうじょう よしとき)は『千葉介(ちばのすけ)が可哀想だ』と、言い放つのだ。  失礼極まりないと思いはするが、間違いではない――と、深緑と落ち葉色の肩は小刻みに揺れた。鎌倉に賢く、真っ直ぐな者など存在しない。もし、それを貫けば 命はないだろう。   『(したた)かに、()()賢くあれ』  2人の視線は、誘われるように庭へ向かう。  もうすぐ、()()()がやってくる。  後悔などしていない、人の栄華は続いた試しがないのだ。  鎌倉の輝かしい侍所別当(さむらいどころべっとう)も、あの日 一族98名と共に膝を付いた日から暗転した。  それでも、手放さなかったのは和田義盛(わだ よしもり)が『侍所別当(さむらいどころべっとう)』として死ぬことを選んだ所以だ。  和田義盛(わだ よしもり)は、最後に刑部丞(ぎょうぶのじょう)に告げた。 『これは頼朝公(よりともこう)より与えられた責務じゃ、決して離してはならぬものじゃ』と。  この言葉通りに、幕府と和田一族の合戦は鎌倉の地を激しく揺さぶるものとなった――。

●千葉胤綱(ちば たねつな) 下総権介、通称 千葉介。 和田義盛に憧れる故に 土壇場で裏切った三浦義村を嫌悪する。御所でわざと上座に座り 『下総の犬は寝床を知らぬのか』と義村に嫌味を放たれた。 ●三浦義村(みうら よしむら) 一族の長であるが 分家である和田義盛が侍所別当なのが気に入らない。 土壇場で裏切り、消し去ったことを千葉介から 『三浦の犬は友を喰らうなり』と罵られた。 ●北条義時(ほうじょう よしとき) 和田義盛を討ち、幕府のすべての権限を手に入れた。これにより北条執権体制は 大きく前進した。

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