藤原三寅が鎌倉入りして5日程経った7月25日、京都守護 伊賀光季の使者が到着し申し上げた。
その内容は、驚くべきものだった。
去る7月13日、酉の刻
右馬権頭、源頼茂を誅殺したというのだ。
「何じゃと!? 13日とは何故、今まで報せを寄越さなかったのじゃ!?」
千葉胤綱の驚きは当然であった。
13日といえば、都を発った三寅一行が相模国に入った頃だ。
このような大事件を今まで報せなかったのは理解に苦しむ。
大江広元は、頷き告げた。
「若君が都を発ったこともあり、頃合いを見計らったとある。後鳥羽上皇のお考えに背いた為に、兵が遣わされ討たれた――とも」
黙って聞いていた三浦義村が問う。
「上皇の考えに背く――とは何じゃ?」
「そうじゃ!何じゃ!?」
胤綱も追随する。
それに答えたのは、執権北条義時だった。
何か思案しているのか、顎に指を引っかけボソリ――と漏らす。
「上皇が申されるには、源頼茂が三寅君ではなく我が将軍になるべきじゃ……と騒いだとか」
「嘘じゃ!! 将軍になるべきだと思うたのなら、上皇ではなく鎌倉へ申す筈じゃ!三寅君を鎌倉へ遣わしたのが上皇だから?否じゃ!いくら在京御家人として都の暮らしに慣れ親しんでおっても、頼茂殿は御家人じゃ!将軍を決めたのが誰であるか位、わかっておるわ!!」
「落ち着け、千葉介」
「ぶっ!!……みふらのふけ!!」
柿色の袖から伸ばされた武骨な掌が胤綱の顔面を押さえつけ、その腕の持ち主はニヤリと嗤う。
「上皇が言うには……じゃ。伊賀光季も訝しく思うておるのじゃろうよ。だが上皇にまことか?などと聞ける訳もない、であろう?義時殿」
「その通りじゃ、頼茂の何が上皇の邪魔だったのか?……はたまた、実に将軍を狙って騒ぎをおこしたのか?もう、どうでもよいわ」
どうでもよい――、死人にくちなしということだろう。
知り得る人物が、後鳥羽上皇となれば諦めるしかない。
皆、そう思うのだろう。しん……と静まる。
まるで、源頼茂に哀悼の意を捧げるように。
「それにしても……亡き御所様の鶴岡八幡宮参拝の折り、鳩の夢を見、不吉を予感しておったが……自身の身に起こることは知っておったのかのぅ」
ポッリ……と呟く、大江広元の言葉に胤綱は、人の一生など分からぬものだ――と痛感した。
つい半年程前、鎌倉へ下向した源頼茂は、鶴岡八幡宮で夢を見た。
童が棒で鳩を打ち殺し、その棒で頼茂の袖を打ったのだ。
夢であった筈なのに、境内に鳩の死骸があり不吉だと騒ぎになった。
「……打ち殺された鳩が亡き御所様で、そのあと袖を打たれた頼茂殿は今回討たれた、それでは夢の童は誰であろうの?」
「ふふふ……それは此度、源頼茂殿を討った者であろう?」
「執権、三浦介。無礼である」
睨む千葉胤綱に、2人の重鎮は大笑した。
◆◆◆◆
この日は、空に雲ひとつなく
都へ続く稲村路には、賑やかな声が響き渡る。
秋空の特徴ともいうべき澄んだ空気にこだまする声音は、三浦胤義と千葉胤綱だ。
「やはり来なければ良かった!!」
「まぁまぁ、そう言うな。まさか下総権介様が見送りに来てくれるとは思わなかったから、嬉しくて本音が漏れただけじゃ!許せ」
「何が本音じゃ!」
三浦胤義が、勤めの為に都へ上洛することを知り胤綱は見送りに来たのだが、胤綱の姿を見るやいなや「俺がいなくなるのが寂しいのだろう」と言い放ったのだ。
胤綱は、すっかりヘソを曲げたのだが三浦胤義は機嫌良く笑う。
「千葉介、以前話したこと覚えておるか?賢くあれ――、これの真の意味じゃ」
「あぁ。考えを巡らせ、己の思うた所を真っ直ぐ――じゃな?」
三浦胤義は、満足げに頷いた。
「譲れぬと思うたら、死すことも恐れず……和田義盛は、考えを巡らせた。だが譲れぬ侍所別当と共に死んだ。結果、それをどう見るかは人によるかもしれぬ。1つ申しておく、俺は裏切った。だが後悔はしておらぬ。俺には俺の真っ直ぐがあるからな」
「わかっておるわ、儂は童ではない。人それぞれ事情があるのも知っておる。しかし、いい加減なそなたの真っ直ぐとは何じゃ?」
「いい加減とは無礼じゃのぅ」
そう言う胤義は楽しげに笑うと、腰をかがめ胤綱の目線に合わせた。
「宿世の妻じゃ」
「はぁ?」
「妻の為なら命も惜しくない」
「た、たわけ!こんな時にまでふざけおって!」
胤綱の気色ばむ様子に、三浦胤義は天高く笑う。清々しく響く豪快な笑いは和田義盛のようだと思ってはならないことを思ってしまった胤綱は、勢いよく首を振ると叫ぶ。
「そなた、都では検非違使であろう?九郎判官とは縁起が悪い」
三浦胤義は、検非違使判官だ。
そして三浦義澄の九男であることから九郎と呼ばれる。
九郎判官
源義経と同じなのだ。義経とは、初代将軍源頼朝の弟であるが都の思惑にまんまとのった結果、頼朝により攻め滅ぼされた。
縁起がいいとは思えない呼び名だった。
胤綱の考えに、胤義は優しく微笑む。
「心配してくれておるのか有難いのう!千葉介、俺のことは平九郎判官と呼ぶと良い。都の者らもそう呼んでおる」
平――とは、三浦家が桓武平氏の流れをくむことからきている。
三浦胤義は、家人が寄せた馬の轡を取る。
胤綱は一歩下がった、今から馬上の人となる胤義を見送る為だ。
「馬上から悪いな」
「気にするな」
「千葉介、都へ遊びに来い!光季と3人でまた呑むぞ」
「また妻自慢を聞かされるのか、御免じゃ」
「はは!」
うんざり顔の胤綱を、馬上から見下ろす胤義は強い眼差しを向けた。
「賢くあれ、真っ直ぐであれ!千葉介!」
「そなたもじゃ!」
馬の腹を蹴り上げ、土煙舞う稲村路に、一際高く笑い声が響く。
この日、三浦胤義は上洛した。
そして、これが千葉胤綱が最期に見た三浦胤義の姿だった。
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熊乃しっぽ
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2021年8月17日 14時48分
《「あぁ。考えを巡らせ、己の思うた所を真っ直ぐ――じゃな?」》にビビッとしました!
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熊乃しっぽ
2021年8月17日 14時48分
涼寺みすゞ
2021年8月17日 20時42分
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涼寺みすゞ
2021年8月17日 20時42分
MUNNIN
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2022年4月20日 18時46分
《「賢くあれ、真っ直ぐであれ!千葉介(ちばのすけ)!」》にビビッとしました!
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MUNNIN
2022年4月20日 18時46分
涼寺みすゞ
2022年4月20日 18時58分
少し打ち解けた判官胤義が去ってしまいました……
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涼寺みすゞ
2022年4月20日 18時58分
郭隗の馬の骨
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郭隗の馬の骨
2021年9月13日 21時34分
涼寺みすゞ
2021年9月14日 13時13分
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涼寺みすゞ
2021年9月14日 13時13分
あんこ
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あんこ
2021年8月16日 23時18分
涼寺みすゞ
2021年8月17日 6時42分
あんこさん!いつもありがとうございます!胤義殿との今生の別れでした。もうそろそろ承久の乱に入りそこで完結したいと思います。引き続きお付き合い頂けたら幸いです。
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涼寺みすゞ
2021年8月17日 6時42分
ななせ
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2022年2月20日 22時13分
《胤綱の気色ばむ様子に、三浦胤義は天高く笑う。清々しく響く豪快な笑いは和田義盛(わだ よしもり)のようだと思ってはならないことを思ってしまった胤綱は、勢いよく首を振ると叫ぶ。》にビビッとしました!
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ななせ
2022年2月20日 22時13分
涼寺みすゞ
2022年2月21日 7時03分
和田様と胤義は 年の離れた従兄弟であり 2人とも弓の名人です(^-^)
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涼寺みすゞ
2022年2月21日 7時03分
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