下総の犬~玉響~

読了目安時間:5分

エピソード:62 / 100

別れ

 藤原三寅(ふじわらの みとら)が鎌倉入りして5日程経った7月25日、京都守護 伊賀光季(いが みつすえ)の使者が到着し申し上げた。  その内容は、驚くべきものだった。  去る7月13日、酉の刻(18時頃)  右馬権頭(うまのごんのかみ)源頼茂(みなもとの よりもち)誅殺(ちゅうさつ)したというのだ。 「何じゃと!? 13日とは何故、今まで報せを寄越さなかったのじゃ!?」  千葉胤綱(ちば たねつな)の驚きは当然であった。  13日といえば、都を発った三寅(みとら)一行が相模国(さがみのくに)に入った頃だ。  このような大事件を今まで報せなかったのは理解に苦しむ。  大江広元(おおえの ひろもと)は、頷き告げた。 「若君(三寅)が都を発ったこともあり、頃合いを見計らったとある。後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)のお考えに背いた為に、兵が遣わされ討たれた――とも」  黙って聞いていた三浦義村(みうら よしむら)が問う。 「上皇の考えに背く――とは何じゃ?」 「そうじゃ!何じゃ!?」  胤綱(たねつな)も追随する。  それに答えたのは、執権(しっけん)北条義時(ほうじょう よしとき)だった。  何か思案しているのか、顎に指を引っかけボソリ――と漏らす。 「()()が申されるには、源頼茂(みなもとの よりもち)三寅君(みとらぎみ)ではなく(われ)が将軍になるべきじゃ……と騒いだとか」 「嘘じゃ!! 将軍になるべきだと思うたのなら、上皇ではなく鎌倉へ申す筈じゃ!三寅君を鎌倉へ遣わしたのが上皇だから?否じゃ!いくら在京御家人として都の暮らしに慣れ親しんでおっても、頼茂(よりもち)殿は御家人じゃ!将軍を決めたのが誰であるか位、わかっておるわ!!」 「落ち着け、千葉介(ちばのすけ)」 「ぶっ!!……みふら(三浦介)のふけ!!」  柿色の袖から伸ばされた武骨な掌が胤綱(たねつな)の顔面を押さえつけ、その腕の持ち主はニヤリと嗤う。 「()()()()()()()……じゃ。伊賀光季(いが みつすえ)も訝しく思うておるのじゃろうよ。だが上皇にまことか?などと聞ける訳もない、であろう?義時(よしとき)殿」 「その通りじゃ、頼茂(よりもち)の何が上皇の邪魔だったのか?……はたまた、実に将軍を狙って騒ぎをおこしたのか?もう、どうでもよいわ」  どうでもよい――、死人にくちなしということだろう。  知り得る人物が、後鳥羽上皇(ごとば じょうこう)となれば諦めるしかない。  皆、そう思うのだろう。しん……と静まる。  まるで、源頼茂(みなもとの よりもち)に哀悼の意を捧げるように。 「それにしても……亡き御所様(源実朝)の鶴岡八幡宮参拝の折り、鳩の夢を見、不吉を予感しておったが……自身の身に起こることは知っておったのかのぅ」  ポッリ……と呟く、大江広元(おおえの ひろもと)の言葉に胤綱(たねつな)は、人の一生など分からぬものだ――と痛感した。  つい半年程前、鎌倉へ下向した源頼茂(みなもとの よりもち)は、鶴岡八幡宮で夢を見た。  童が棒で鳩を打ち殺し、その棒で頼茂の袖を打ったのだ。  夢であった筈なのに、境内に鳩の死骸があり不吉だと騒ぎになった。 「……打ち殺された鳩が亡き御所様で、そのあと袖を打たれた頼茂殿は今回討たれた、それでは夢の童は誰であろうの?」 「ふふふ……それは此度、源頼茂(みなもとの よりもち)殿を討った者であろう?」 「執権、三浦介。無礼である」  睨む千葉胤綱(ちば たねつな)に、2人の重鎮は大笑(たいしょう)した。  ◆◆◆◆  この日は、空に雲ひとつなく  都へ続く稲村路(いなむらじ)には、賑やかな声が響き渡る。  秋空の特徴ともいうべき澄んだ空気にこだまする声音は、三浦胤義(みうら たねよし)千葉胤綱(ちば たねつな)だ。 「やはり来なければ良かった!!」 「まぁまぁ、そう言うな。まさか下総権介(しもうさごんのすけ)様が見送りに来てくれるとは思わなかったから、嬉しくて本音が漏れただけじゃ!許せ」 「何が本音じゃ!」  三浦胤義(みうら たねよし)が、勤めの為に都へ上洛することを知り胤綱(たねつな)は見送りに来たのだが、胤綱の姿を見るやいなや「俺がいなくなるのが寂しいのだろう」と言い放ったのだ。  胤綱は、すっかりヘソを曲げたのだが三浦胤義(みうら たねよし)は機嫌良く笑う。 「千葉介(ちばのすけ)、以前話したこと覚えておるか?賢くあれ――、これの真の意味じゃ」 「あぁ。考えを巡らせ、己の思うた所を真っ直ぐ――じゃな?」  三浦胤義(みうら たねよし)は、満足げに頷いた。 「譲れぬと思うたら、死すことも恐れず……和田義盛(わだ よしもり)は、考えを巡らせた。だが譲れぬ侍所別当(さむらいどころ べっとう)と共に死んだ。結果、それをどう見るかは人によるかもしれぬ。1つ申しておく、俺は裏切った。だが後悔はしておらぬ。俺には俺の真っ直ぐがあるからな」 「わかっておるわ、儂は童ではない。人それぞれ事情があるのも知っておる。しかし、いい加減なそなたの真っ直ぐとは何じゃ?」 「いい加減とは無礼じゃのぅ」  そう言う胤義(たねよし)は楽しげに笑うと、腰をかがめ胤綱(たねつな)の目線に合わせた。 「宿世の妻じゃ」 「はぁ?」 「妻の為なら命も惜しくない」 「た、たわけ!こんな時にまでふざけおって!」  胤綱の気色ばむ様子に、三浦胤義は天高く笑う。清々しく響く豪快な笑いは和田義盛(わだ よしもり)のようだと思ってはならないことを思ってしまった胤綱は、勢いよく首を振ると叫ぶ。 「そなた、都では検非違使(けびいし)であろう?九郎判官(くろう はんがん)とは縁起が悪い」  三浦胤義(みうら たねよし)は、検非違使判官だ。  そして三浦義澄(みうら よしずみ)の九男であることから九郎と呼ばれる。  九郎判官(くろう はんがん)  源義経(みなもとの よしつね)と同じなのだ。義経とは、初代将軍源頼朝(みなもとの よりとも)の弟であるが都の思惑にまんまとのった結果、頼朝により攻め滅ぼされた。  縁起がいいとは思えない呼び名だった。  胤綱(たねつな)の考えに、胤義(たねよし)は優しく微笑む。 「心配してくれておるのか有難いのう!千葉介(ちばのすけ)、俺のことは平九郎判官(へいくろう はんがん)と呼ぶと良い。都の者らもそう呼んでおる」  平――とは、三浦家が桓武平氏(かんむへいし)の流れをくむことからきている。  三浦胤義(みうら たねよし)は、家人(けにん)が寄せた馬の(くつわ)を取る。  胤綱(たねつな)は一歩下がった、今から馬上の人となる胤義(たねよし)を見送る為だ。 「馬上から悪いな」 「気にするな」 「千葉介、都へ遊びに来い!光季(みつすえ)と3人でまた呑むぞ」 「また妻自慢を聞かされるのか、御免じゃ」 「はは!」  うんざり顔の胤綱(たねつな)を、馬上から見下ろす胤義(たねよし)は強い眼差しを向けた。 「賢くあれ、真っ直ぐであれ!千葉介(ちばのすけ)!」 「そなたもじゃ!」  馬の腹を蹴り上げ、土煙舞う稲村路(いなむらじ)に、一際高く笑い声が響く。  この日、三浦胤義は上洛した。  そして、これが千葉胤綱(ちば たねつな)が最期に見た三浦胤義(みうら たねよし)の姿だった。

●千葉胤綱《ちば たねつな》 下総を治める齢、12程の御家人。 ●三浦胤義《みうら たねよし》 三浦義村の同母弟(20程離れている) 検非違使(警察のようなもの)判官。 ●伊賀光季《いが みつすえ》 京都守護。 ●北条義時《ほうじょう よしとき》 鎌倉幕府、執権。 ●三浦義村《みうら よしむら》 有力御家人。 ●大江広元(おおえの ひろもと) 遣り手の宿老。

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  • 魔法剣士

    熊乃しっぽ

    ビビッと ♡300pt 〇30pt 2021年8月17日 14時48分

    《「あぁ。考えを巡らせ、己の思うた所を真っ直ぐ――じゃな?」》にビビッとしました!

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    熊乃しっぽ

    2021年8月17日 14時48分

    魔法剣士
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    2021年8月17日 20時42分

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    「ビビッとありがとう」ほっぺげver.ステラ

    涼寺みすゞ

    2021年8月17日 20時42分

    文豪猫
  • アマビエペンギンさん

    MUNNIN

    ビビッと ♡300pt 〇10pt 2022年4月20日 18時46分

    《「賢くあれ、真っ直ぐであれ!千葉介(ちばのすけ)!」》にビビッとしました!

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    MUNNIN

    2022年4月20日 18時46分

    アマビエペンギンさん
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    2022年4月20日 18時58分

    少し打ち解けた判官胤義が去ってしまいました……

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    涼寺みすゞ

    2022年4月20日 18時58分

    文豪猫
  • 2周年記念ウルスラ&女子作家ちゃん

    郭隗の馬の骨

    ♡100pt 〇9pt 2021年9月13日 21時34分

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    見事なお点前で

    郭隗の馬の骨

    2021年9月13日 21時34分

    2周年記念ウルスラ&女子作家ちゃん
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    2021年9月14日 13時13分

    ※ 注意!この返信には
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    ▼▼

    ありがとうございます!

    涼寺みすゞ

    2021年9月14日 13時13分

    文豪猫
  • エリナ(QB)

    あんこ

    ♡2,000pt 2021年8月16日 23時18分

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    くっ!早く続きを書け!

    あんこ

    2021年8月16日 23時18分

    エリナ(QB)
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    2021年8月17日 6時42分

    あんこさん!いつもありがとうございます!胤義殿との今生の別れでした。もうそろそろ承久の乱に入りそこで完結したいと思います。引き続きお付き合い頂けたら幸いです。

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    涼寺みすゞ

    2021年8月17日 6時42分

    文豪猫
  • 女魔法使い

    ななせ

    ビビッと ♡500pt 2022年2月20日 22時13分

    《胤綱の気色ばむ様子に、三浦胤義は天高く笑う。清々しく響く豪快な笑いは和田義盛(わだ よしもり)のようだと思ってはならないことを思ってしまった胤綱は、勢いよく首を振ると叫ぶ。》にビビッとしました!

    ※ 注意!このコメントには
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    ななせ

    2022年2月20日 22時13分

    女魔法使い
  • 文豪猫

    涼寺みすゞ

    2022年2月21日 7時03分

    和田様と胤義は 年の離れた従兄弟であり 2人とも弓の名人です(^-^)

    ※ 注意!この返信には
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    涼寺みすゞ

    2022年2月21日 7時03分

    文豪猫

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